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何で連絡も無しに来たんだ。とは言えなかった。理由なんて聞くまでもなく分かりきっている。
「とりあえず、中に入りなよ」
「うん――」
慌ただしく布団を畳む芽依と、三人分のお茶を淹れる俺。行き場を失くしてオロオロしている真知を気遣う余裕は、俺達にはなかった。
***
「それで、二人とも大丈夫なの? って、大丈夫なわけないよね。ゴメン……」
真知は分かりやすく憔悴していた。下手したら俺たち以上に。ひょっとしてコイツ、全然寝れてないんじゃ――。
「大丈夫、じゃない。でも、真知が気にすることじゃないんだよ。昨日も何度も言ったけど」
「そうかもしれないけど……でも違うじゃん! お姉ちゃんも央君も、他人じゃないんだもん。大切な――家族なんだもん」
“家族”という本来は暖かいはずの言葉が、俺の、芽依の心に冷たく突き刺さった。沈黙。重苦しく、糸口の見えない空気。俺は、俺たちはこの先どうするべきなんだろうか。
「――私たち兄妹は皆、辛い恋愛をしてるんだね」
湯気が出なくなったお茶を啜った真知が、唐突にそう切り出した。私“たち”?
「真知? 真知のそんな話、聞いたことないけど……」
「だってお姉ちゃんにも、誰にも話してないもん。央君には前言ったよね。何もせずに気持ちを断ち切るのが一番難しいって」
確かに聞いた。芽依へ気持ちを伝えるよう後押しされたあの日が懐かしい。そういえば、確かにあの時の真知は何かを抱えていて、それを知られまいとしていたような。
「これは三年前、私が小学五年生の時。お姉ちゃん覚えてる? 二人で名古屋に出掛けて、私が迷子になったあの日」
「ああ、あったねそんなこと! もうっ、あの時は本当に焦ったんだからねえ。親切な高校生のお兄さんが助けてくれなければどうなっていたことか――あっ、ひょっとして……!」
「そう! あの時の親切なお兄さん! 見た目は髪の毛がツンツンしててチャラいけど、落ち着いた低い声はイケメンなの! ああいうのをイケボっていうのかなあ。一人迷子になった私に優しく声をかけてくれて、自分の乗る電車を遅らせてまで付き合ってくれたの……後にも先にも、家族以外でこんなに優しくされたのってこれっきりで、だからこそ特別で。きっと思い出補正とかもあるんだけど、どうしても忘れられないの」
熱く語る真知に、懐かしい思い出に浸る芽依。話についていくのがやっとの俺には、入る余地が無い。
「でも、連絡先とか交換してないんだよね。真知あの頃まだ携帯持ってなかったし」
「そうなのよ……だから、気持ちを伝えることも、嫌いになることもできない。きっと、あれ以上の人に出会うまでずっと囚われ続けるんだと思う。でも、うん。辛い恋愛って言ったけど、お姉ちゃんや央君ほどじゃないよね」
どうなんだろう。そうだとも違うとも断言出来ない。自分自身が辛いからこその実感だけど、辛さの丈なんて計れない。縮尺なんて人それぞれで、わかるのは俺たち三人皆辛いというだけ。それがわかったところで、何の慰めにもならないんだけど。肝心の俺たちの今後の関係や真意のわからない(というか知るのが怖い)芽依の気持ちについては、昨日から何も変わっちゃいない。
「――ありがとう、真知。話してくれて。その気持ちだけで、私は嬉しいよ」
そう言って微笑む芽依は、余所行きの歳に合わない大人びた表情で、それが一層深い悲しみを表しているようで。俺にはかける言葉が見つからない。かけられない。何を言っても傷つけてしまいそうで、怖い。何も言わないことが一番残酷だって、わかっていても何も出来ない。
「お姉ちゃん、央君。私、一体どうすれば――」
「おーっす芽依ちゃん、ついでに央芽! 呼ばれてないのに遊びに来た剛史だよーん」
「ちょっとタケ! せめて連絡くらいしてから――あっ鍵開いてる。まあいっか。おっじゃましまーすっ!」
――今日ほどあの二人の友人の騒がしさに殺意が込み上げた日はないだろう。




