息子③
――ふむ。片岡はこんな深遠な話に興味があるのか。それにしてもずいぶん大風呂敷を広げたもんだな。どうなるんだこれ。
「本当にこの世界は実在しているのか。ミクロの世界、量子力学が暴いた残酷な真実は、世界は客観的に存在しないということです。シュレーディンガーの猫は、箱を開けるまで生死のどちらでもないのではなく、観測されるまで世界から『隔離』されているのです。私たちが現実だと信じているものは、脳が電気信号を都合よく編集し、再構成しただけの主観的な幻影に過ぎません」
このあたりで、ピラミッドに目が描かれた象徴的な図形や、お札を印刷する工場の映像が、不安を煽る重低音と共にフラッシュバックのように高速で切り替わる。
「あなたが見ている赤色は、隣の人が見ている赤色と同じではない。それでも私たちは、それが同じだと信じ込むことでしか、この世界を維持できない。つまり、現実は外側にあるのではなく、あなたの内側で常にレンダリングされ続けている、孤独な仮想空間なのです……」
動画の再生が終わった。次の動画が自動再生されるまでの間に流れる洗剤のCMを、数秒間ぼうっと眺めた。隣にいる片岡の方を見ると、ずっと前から動画を見終わるのを待ち続けていたのか真っ直ぐにこちらを向いていた。片岡は、目を輝かせながら静かに僕の言葉を待っていた。
「そうだな……うん。なんかよくわからないな」
他に言いようがなかった。十二分四十秒も集中して聞いたのに、その動画には中身がまったくなかった。だから、感想の述べようもない。
「そっかあ」
目の前にあった片岡の顔が、遠のいた。




