追いはぎをする
※
あれは、いったいなんだ
少し離れた場所で今は人間たちの荷物を漁っている巨大な存在を獣人の一人が呆然と見つめていた。
つい先ほどまでの出来事。
頭の無い異形の襲撃は初め異形が優勢だったが途中から人間側が優勢になっていた。
逃げ出すには絶好の機会しかしろくに力の出せない拘束がそれを遮る、
この拘束さえ緩めばあそこに加勢して戦える事もできるはずなのに。
そんな歯がゆさを噛み締めながら、人間たちの動きを見ていた。
しかし不意にどこからともなく現れたもう一つの異形
何処からと思った次の瞬間
空気を震わせる凄まじい咆哮が轟いた。
何が起きたのか理解する暇すらなかった。
人間たちが次々と倒れていく、まるで糸が切れたように地面へ崩れ落ちていった。
自分達のいる場所までは距離があったがその余波が届いたのか周りの同胞達もそのほとんどが意識を刈り取られ気を失っている。
見たこともない意匠の重厚で豪奢な装備
人間ではないが自分たちが知るどの種族とも似た者は居ない
だが、まとっている気配だけは本能が理解していた
圧倒的な強者。
争うという考えすら浮かばないほどの隔絶した力。
「……何なんだアレは」
意識のある誰かの掠れた声が、誰にも届かないほど小さく漏れた。誰一人として、答えを出せる者はいなかった。
※
「あーめんどくさい…」
書類らしきものを乱雑にめくりながらケイオスは声を漏らした。
先程の介入で向こうの戦力は解った、非常に弱い
レベルが自身より一定以下の相手なら気絶させるスキルの一つである咆哮で横入りしつつ黙らせる
ついでに戦利品として荷物からアイテムや情報を漁る、完璧な計画だった、しかし。
「文字が読めん」
手にした紙には見たこともない文字が並んでいる。
図らしきものも描かれてはいるが、記号なのか装飾なのか判別すらつかない。
他にも様々な道具があるが用途の見当がまるでつかない。
「俺は偵察職でもなんでもないし、いや、それ以前の話か」
討伐すればアイテムがドロップし、勝手にインベントリに収まる。
情報は勝手にまとまって解りやすくUIで見れる。
それが当たり前だった世界で生きてきたケイオスにとって
こうして地面に転がった誰かの持ち物を一つ一つ物色するという行為がそもそも初めてであり勝手など何も解らなかった。
ケイオスは大きく息を吐き手にしていた書類を放り出した。
放り出した書類にもう一瞥をくれると、興味を失ったように立ち上がった。
「まあいいや、こいつら起きるまで待つのもめんどくさいし、邪魔したな」
誰へともなく、そう呟く
もとよりどちらの事情にも肩入れするつもりはなかった
ただ一方的に蹂躙されるだけの光景が気に食わなかった
それだけの理由で首を突っ込んだに過ぎないし目的はもう十分すぎるほど果たされている
きびすを返し唐突に現れた巨躯は唐突に去っていった
※
窪地に残された者たちは誰一人として動けずにいた。
人間の兵たちは地に転がり目を覚ます気配がない
獣人達も大半は同じ有様、何名か意識を残している者は居るがそれでも体は石のように固まったまま動かない。
目の前で示された隔絶した力の差、蛇に睨まれた蛙のように動くことそのものが叶わなかった。
それでもいつかは人間たちは何処かで目を覚ますし、痺れが解けた獣人は逃げ出すだろう。
そんな中でただ一人、そこに当てはまらない者がいた
騒動の始まり、隙を見て兵に反抗した獣人の女性
彼女がふらつきながらも体を起こし遠ざかっていく巨躯の後ろ姿を確認し
そして次の瞬間には、強く大地を蹴りその足でその後を追い始めていた。
※
夕暮れの色が濃くなり始めた草原にケイオスの巨躯の影が長く伸びていた
蛙と猫を継ぎ合わせたような異形の顔立ち幾重にも重なる無骨な鎧
その輪郭は薄暗くなっていく景色の中でもなお異様な存在感を放っている
周囲に生い茂る草が風に揺れるたびケイオスの巨体だけが不自然なほど動かない黒い塊のように浮かび上がった
「はあ、イカだいこんさんでも居ればな」
漏れた愚痴はかつてのフレンドの名前だ。
「いや別に誰でも良い…誰か一人でも居てくれたら…それに拠点のNPCはどうなってるんだ今?」
ケイオスは基本的にソロでプレイするタイプだがギルドにも所属している。
大勢で運営するようなギルドではないがそれぞれがトッププレイヤーであり完全な戦闘職で小回りの利かないケイオスに取って頼れる仲間だ。
そこにはケイオスが手塩にかけて制作したNPCだって居る。
だが、今この場には、その誰一人としていない。
「そもそもこの場所に居るのかもわからないけど」
自嘲気味に呟きながら、ケイオスは歩みを止めなかった。
偵察職のフレンドがいればこの見知らぬ土地の地理ももう少し掴めていたかもしれない。
そうでなくても自分より頭の良いフレンドが居ればさっき投げ出した書類の文字も多少は解読の糸口が見えたかもしれない。
「全部たられば、か」
結局手がかりは無いまま自暴自棄な気分なままあてどなく歩いていた。
だが、背後から荒い息遣いと草を踏み分ける音が段々と聞こえてくるのにケイオスは気づいていた。
「…何か用事か?」
振り返りはしないが、歩みだけは止めて声だけでケイオスはそう話しかける。
※
「…何か用事か?」
獣人の女は改めて目の前の化け物の存在感に震えるが拳を握り震える足を叱咤し声を絞り出す。
「頼みがある、力を貸して欲しい」
「また唐突だな」
「私には、探さなきゃいけない相手がいる、離れ離れになった妹が、この国のどこかに居るはずなんだ…お前が何者かはわからない、だが、あの力は本物だ、あの数の兵隊を一声で全滅させられる奴なんて見たことがない」
「そうか…まあそうかもな」
ケイオスの声は特別荒々しいわけではない。だが先ほど窪地で目にした圧倒的な力の余韻が彼女に響いている。
震える、理屈ではなく本能が全身で警鐘を鳴らしていた。
目の前にいるのは格上などという言葉では到底片付けられない、規格外の存在。
それでも、レイラは膝を折らない。
「この王国を一人で探すのははっきり言って無理だ、だがお前の力があれば違うはずだ、力を貸してくれ!何でもする!だから妹を、見つけるのを手伝ってほしい!」
必死な訴えだった、その姿にケイオスはしばらく黙り込んでいた、しかし。
「悪いんだが」
ようやく口を開いた声は、いくらか困ったような色を帯びていた。
「俺は今、右も左もわからない身だ、いきなりそんな話をされても、な」
「…っ!」
正直な感想だった。
今この草原がどこなのかすらつ掴めていない、そんな状態で他人の頼みごとを引き受ける暇があるかと。
「ただ、そうだな…」
軽くケイオスは頬をかく、先ほどの襲撃を見た上で自分を追いかけてきた。
どれだけ力の差があるか理解してもこうして来た覚悟には興味が湧いていた。
そして何より
「…どうせ俺もあてなし、か」
このままあてどなく草原をさまよい続けるのもうんざりな所だった。
なら自ら自分を目的に来た相手の話を聞くくらいはいいだろう。
呟くように言うと、ケイオスはようやく体の向きを変えた、巨躯がゆっくりと反転する。
巨大な目が簡素な服を来て拘束されている獣人の女性を真っすぐ見据えた。
「俺の名前はケイオス、ケイオスだ、今はそれだけでいい」
素っ気ない自己紹介だったが、レイラはそれで十分だというように小さく頷いた。
「私はレイラだ、私もそれだけでいい」
互いにそっけない自己紹介だがそれで十分だった。
「そうだな、じゃあとりあえず知る限りお前の事や居た国やこの場所について話してくれ」
「全部か?」
「さっき言ったろ右も左も分からないんでな」
「…そうか、長くなるぞ?」
「ああ構わん」
そうして草原に夕暮れが訪れる。
傾いた陽が地平線へ沈み赤く染まった草原に長い影を落としていく。
その中に並んで座る巨躯と一人の獣人の姿があった。
二つの影は夕陽に照らされながら静かに伸びていった。




