第1話:賄賂と暗殺
氷皇子オーディン・アイスは憤怒していた。
時は、魔空船関連の特需に沸く、場所は氷皇州である。永久凍土も融けんがばかり勢いであった。
賄賂により、富んだ者はより富んで、貧する者は益々貧する時代である。集中と拡散の差が顕著な時代だ。まるで、世界の終わりが近いが如く。
オーディンは、氷皇王継承権第一位の権力を以て、その腐敗を切り捨てていった。箱の中の蜜柑から、腐ったものを取り除くが如く。
やり方は、何、簡単である。賄賂の証拠を押さえて、父氷皇王に進言し、その権力者の権利を剥奪するまでである。ワッペンを剥がすが如く、容易な行為であった。
師マグヌス・アイスも、婚約者イングリッド・ライトも、弟トールも「やり過ぎるなよ?」と釘を刺すのだが、オーディンは虱潰しに賄賂の証拠を押さえて、その受け手の権力を剥奪していった。底引き網漁のように悉く。
最初の内は、州内の膿が排除されて、良かったねと云う話で済んでいたが、やがて、権力者の数が足りなくなって、州の政治が廻らなくなっていった。歯の折れた櫛では髪を梳かせないように。
オーディンとしては、州内の膿を排除する、正義感溢れる行動ではあったのだが、それが行き過ぎて、人材不足の事態にまで陥ってしまったのだ。怒りの余り、自分までをも呪ってしまったように。
正確には、能ある権力者の数が足りなくなっていった。能の無い権力者には賄賂を贈る価値も無いと言わんが如く。
オーディンは、正義を貫いた結果だと、成果を誇るが、事態は遂にそれでは済まないところまで差し迫った。正義を誇る余り、戦争と云う最悪の事態に陥ってしまったように。
おかしい、こんなつもりでは無かったのにと、オーディンは悔やむが、そこは父皇王が「全ては言われるがままに全てを切り捨てていった儂に責任がある」と責任を被った。子を護る獅子のハーレムの父獅子のように。
師マグヌスは説く。腐敗も、程度や場合に於いては、発酵と云う利になるものとなることがある、と。発酵食品が身体に良いように。
だが、それだけではオーディンは納得しない。さながら、駄々を捏ねる幼子のように。
しかし、父皇王は言う。「これ以上の人材を失うのは、国の利を失うことになる」と。そして、オーディンの進言を退け始めた。駄々を捏ねる幼子の全ての言い分を聞いてはいられないとばかりに。
それでも、程度が酷い場合は父皇王も切り捨てる。腐敗ならば害にしかならないとばかりに。
だが、軽度であった場合。善意に従っての場合。父皇王は賄賂の一部を知りながらに見逃した。発酵が進み、より国政の健康に良い食品を護るように。
当然、見逃されたことに因って程度が酷くなった場合は切り捨てる。発酵が腐敗にまで進んでしまった場合には。
だから、氷皇州の権力者は考える。「これは正しい賄賂か?」「金額が大き過ぎはしないか?」と。良い発酵食品を選別するが如く。
そして、一度滞ってから、流れを促すがべく、軽度の賄賂が蔓延し始めた。まるで、国と云う身体に発酵食品の栄養素が行き渡るが如く。
だが、ソレは州全体で見れば富を齎す賄賂であった。発酵食品が、国と云う身体の健康を維持するが如く。
オーディンはしつこくも賄賂の証拠を進言するが、氷皇王は頷かない。最早、国と云う身体は軽度の賄賂を以て、健全に保たれているのだと言わんばかりに。
ただ、事態はそれだけに留まらなかった。あたかも、そんな事態を待っていましたと言わんばかりに。
謎の、皇位継承権を持つ者たちに対する暗殺と云う事態だった。ソレは、発酵食品ばかりが国と云う身体の健康を維持している訳では無いと言わんばかりに。
ある男を境として、彼以上の皇位継承権の持ち主が、下から順番に暗殺されているのだ。まるで、疑って下さいと言わんがばかりに。
状況を見れば、犯人は明らかだが、証拠が無い。だからと云って、疑うなと云うのは無理な話だが。
故に、氷皇王はオーディンに暗殺の証拠と黒幕の所在を掴ませるべく、勅令を下した。今までとは違う大義名分を与えるが如く。
オーディンにも否やは無い。何しろ、最終的には自分の命をも狙われかねないと云う事実がソコにはあるのだから。仮に、黒幕が王座を狙っているとするのならば。
この際、氷皇王は賄賂への追究を、一度放棄するべしとオーディンに命じた。もうそこには口を出すなと言わんがばかりに。
勅令とあれば、従うしかオーディンにも選択肢は無い。滝から落ちるボートの上で、流れに逆らって漕ぐことが出来ず、滝壺に落ちるしか選択肢が無いのと同じように。
こうして始まった、波乱含みの暗殺犯の特定。とはいえ、犯人は最初からほぼ判明していた。名探偵の推理が既に済んでいるが如く。
オーディンとしてみれば、これも国と自分たちの為だから従うけれど、一刻も早く終わらせたかった。名探偵の推理が済んでいる殺人事件に、逮捕までのアクションプレイはしたくは無かった。
そして、政治に口を挟みたくて仕方が無かった。王座を継いだ際に逸早く、才覚を現す為に。
だが、事は人の命に係わる問題だ。犯人が判明しているのに、犯行を見逃すなぞ、ただの愚行でしかない。まるで、成熟した弘法大師の筆に指導をするが如く。
手加減していたら、また犠牲者が出る。或いは、犯行の証拠を残さぬ為に、躊躇ってくれるかも知れないが、そこに保証は一切無い。この国に、健康保険制度が未だ無いのと同じように。
オーディンは父皇王に進言して近衛兵の一部を借り受け、調査を開始した。王位継承権を持つ犯人の逮捕には、そのくらいの立場の者が必要だった。さながら、木戸黄門の葵の御紋のように。
護るべき対象が多いけれど、最優先で護るべき対象も明らかだった。だからと云って、他の犠牲者が出るのを見過ごす訳にはいかない。護衛の強固さから、優先処分する対象を代えられては敵わない。まるで、弱った獣を狙うハイエナのように。
そして、何より自分たちの命を護らなければならない。最終的には、その目的に行きつく。最有力の皇子が残っていたら、当然、皇王位はその皇子に継がれるのだから。その際に皇子継承権を外されるのであれば、他の候補を暗殺した意味も見失ってしまう。犯人の目的が皇王位なのだとしたら。
それは必然的な選択肢であるし、生きる為に呼吸を、或いは食事をするかの如く、当然の選択肢だった。
近衛兵は三交代体制で24時間の警護が必要とされ、しかも、犯人特定にまで至る為には、犠牲者を最低限としなければならなかった。暗殺してまで、王位に拘る者に王位を譲り渡す愚行をしてはならない。
まず取り調べられたのが、エリック・アイス。オーディンの叔父だった。彼より上位の王位継承権を持つ者は、既に5名暗殺されている。
かと言って、拷問を加える程の確定的犯行と決まった訳では無い。他の者が裏で糸を引いている可能性もあるのだ。ただ、それにしてもエリックが操り人形の如く暗躍していたであろうことは、間違いない。それはもう、どう取り調べてもエリックの裏側は真っ黒けだったのだ。
王族暗殺の件に絡んでいる気配は濃厚。ただ、証拠が無い。そんな奴が、自ら自供する筈も無い。別に、名推理を聞き、犯人と特定され、名指しされた訳では無いのだ。
オーディンは、自らの部下を遣わし、闇夜ギルドに強い警告を込めて王族暗殺と云う依頼に対して、応じない事を求めた。暗殺と云う仕事をする者は、その殆どが闇夜ギルドに属しているが故に。
すると、ぴたりと止む暗殺。やはり、特にエリックと云う男が依頼していた場合、その暗殺と云う依頼を強く断る事と云う警告が強烈に効いたのだと思われた。
となれば、やはり疑われるのはエリック。闇夜ギルドも、依頼者の情報は吐かなかった。そして、余り強い方法で闇夜ギルドから情報を引き出した場合、闇夜ギルドが敵対する可能性があったが故に、強行は出来なかった。猫が咬まれたくなかったら、ネズミを追い詰めなければいいだけの話だ。
兎も角、エリックの名を出した途端に暗殺が止まったのだから、今度はエリックが疑われる番だった。少なくとも、次の暗殺が行なわれない限りは。
知らぬ存ぜぬで通そうとするエリックだが、疑い濃厚となったことで、牢に入れられた。絶対的に確定した訳では無いので、死刑を下す訳にはいかなかった。
そうなると、今度は退屈と云う事態が、エリックにとって拷問にも似た苦しみをじわじわと与えていった。真綿で首を絞めるように。
この世で最も耐え難く、そして遅効性の強い苦痛が、退屈なのだ。娯楽の一つでもあれば、話は別だろうが。
するとエリックは、何か使命に目覚めたが如く肉体トレーニングを牢の中で始めた。電波で動かされる精神障がい者の如く。
それは、最悪、脱走と云う可能性があった為に禁じられた。強靭な肉体は、時として牢を脱出する強い武器になるからだ。
するとエリックは、今度は修行にでも打ち込むように、結跏趺坐をして呼吸法を始めた。長く吐き、長く吸うのを繰り返す。
これは、流石に止めようが無い。呼吸を止めろなど、死ねと言っているようなものだ。流石に、容認するしかなかった。死刑囚ならば、禁じられただろうが。
結果、エリックは強靭な肉体を徐々に得つつあった。呼吸法は、肉体を鍛える手段として、有効なものであるからだ。
肉体トレーニングは止められていても、ストレッチまで止める訳にもいかなかった為でもある。肉体が凝り固まるのを防ぐ為と言われたら、それを止める訳にもいかなかった。
それは、巨木が小さな芽から芽生えて育っていくように、確実にエリックの肉体を強靭なものにしていった。まるで、脱走する算段を整えるが如く。
こうなると、エリックを拘束していく手段が限られて来る。牢の中で自由を認めるなど、脱走を見逃すが如き行為だ。
故に、氷皇王は決断した。──エリックを無期限で牢に閉じ籠めておく事を。つまり、牢の中で死ねと云う事だ。──王位でも継がない限りは。
無期限とは言っても、エリックによる犯行では無い事が明らかになった場合、牢に留め置くことを中止する旨も含めて、勅令としてエリックに宣告された。勅令とあらば、逆らえば王位継承権が剥奪される。それは、彼にとっても避けたい事態の筈だ。
オーディンは、それを以て犯罪に走る事を畏れ、無秩序に行なわれている賄賂についても、こう言及した。
「取り締まる法律が無いなら、その法律を作ればいいじゃないか!」と。「パンが無ければケーキを食べれば良いじゃない!」と言ったマリー・アントワネットが如く。
取り締まる対象は、賄賂に関するルールである。そのルールを厳格に定める必要があるように思われた。主に、オーディンにとって。
つまり、一定以下の少額の賄賂や、場合に応じた賄賂に関するルール作りが行なわれた。ただ、それでも経済力がある方が有利になる事実は覆せない。力があって負ける方がおかしいのだ。
当然、氷皇王も意見を出した。ほぼそれに沿ったルール作りが行なわれ、細かな点については、税務官が厳密にルールを定めた。そこには、オーディンの意思はまるで反映されていなかった。だが、定められたルールを結果として知り、オーディンは一応の納得はした。納得させるべく、氷皇王が意見を述べたと云う側面も認めざるを得ない。
そこには、特例処置も存在しない。氷皇王であれど、州法に反したら罰せられると云う、厳しいものであった。故に、オーディンは納得したのだ。
その法の前には、人はいつか必ず死ぬと云うルールにも等しい、平等なルールだった。
だが。ルールが存在する限り、それに反する者は必ず出て来るものである。人の寿命に於いても、相対的に何十億年と云う莫大な時の流れを生きる者もある。絶対的には、『不老の加護』を持っていても1000年を生きる者すら現れていない。純粋な人族に限り。それは、人の精神が相対的に莫大な時間を生きられると云う事実を前に、1000年も生きられない、と云うルールに反する事があるのみだ。或いは、一夜にして6兆年もの時を相対的に生きた者も居るようだ。
何事にも例外はあるが、人は必ず死ぬと云うルールに対しても、例外的に、このルールは絶対的に例外は無い。
概念が永遠に続くとしても、人と云う概念は必ず死ぬ。永遠に概念として生きるなどと言う例外は無い。人類が滅べば、アッサリと概念的な死も訪れる。
或いは輪廻が繰り返すとしても、それでも人と云う概念に死なないと云う例外は無い。
コレが、例外が無い例外の一つである。
他にも、例外が無い例外と云うものは、幾つか存在しているだろう。それは、フラクタルにも似た事情があるだろう。
と云うか、輪廻が繰り返しているのなら、それを創造した神は、永遠に近い寿命を持つ、例外だろう。ずっと、同じ世界を繰り返すなんて奇行を実行する神が存在していればの話だが。
だが、輪廻を断ち切らねば、報われぬ者が多過ぎる。それこそ、億単位の人数が報われないまま死んでいっているだろう。或いは、創作の世界も含めれば、無量大数の単位で存在しているかも知れない。不可説不可説転とは言い過ぎだろう。
果たしてオーディンが、そこまで考えて言動を行なったのか、甚だ疑問ではある。
……いい加減、報われて欲しい。努力が足りないにしても、幾ら何でも、『闇に滅する』と云う運命から逃れられないと、また繰り返す。否、繰り返させてなるものか!
繰り返して欲しくは無いのだろう?自分に素直になれ。欲しいものを一つに絞り込め。例えば、作家としての大成とかだ。
この世の寿命の他に、もっと尊いものが、一体どこにあると言うのか。人の命ですら、世界の命と比べたら、世界が滅べば人も滅ぶが如く、世界の命の方が大切だ。
それを、「ワザと滅ぼせ」と云うのならば、それなりの反応をせよ。サムズアップとか、★か★★の評価とかだ。
少なくとも、滅亡の後に遺されるものに対して考えを言及すれば、滅亡は吝かでは無い。その場合、破壊の後の創造となる。出来れば、その破壊を止めたい。
覚悟せよ。このままでは、洒落にならない滅亡エンドが待っていると云う事実を。現実は小説よりも奇なりと云う事実を知れ。或いは、読者の余りの少なさ故に、影響が無いのかも知れないが。




