第3話:奴隷
翌朝、薄く白い雲が走る空の下、竜人二人は買い与えられた木刀を素振りしてから、程々の朝食となった。
朝食後、少し食休みしてから、竜人たちの稽古が始まる。
最低限の戦闘力。それを求められていた。
模擬戦なんかをやらせると、二人は面白がりながらも、お互いに本気で木刀を当てて、少し痛がったりもしていた。
「痛くて嫌になったら言うんだぞー」
「面白いのです、親分!」
「楽しいのだす、親ビン!」
楽しんでいる内はいいかと、模擬戦を見ながら負けた方には助言する。そうやって、少しずつ形になっては来たのだが。
「うーん……どうも、二人とも木刀を鈍器として使いがちだな」
そう思って、一緒に眺めていたヴィジーの言葉を貰おうとした。
「武器は、棍棒かメイスが良いんじゃないだろうか?」
「メイスで充分です、親分の師匠!」
「コンボ―で充分だす、親ビンのシショー!」
鍛錬はそれで充分と、あとは実戦で鍛えるとして、一行は二人の装備を買いに出掛けた。
メイスを一本ずつ、片手使いのものを。それと、片手用のラウンドシールド。革鎧を買い与え、ギルドで登録も済ませた。
尚、装備を揃える際にアイヲエルの金貨がもう一枚砕けた。
翌日からは、『風神国』国内の迷宮に潜った。
初めての獲物は、シャイ・アント。アクティブに攻撃を仕掛けては来ない、初心者向けの獲物だった。
勿論、危険が無いようにヴィジーが選定した獲物だ。小型の犬程もある蟻のモンスターだ。
これが、ジャイ・アントと濁ると、大型の犬程もある、アクティブに攻撃してくるモンスターになる。
中々厄介な獲物になるので、ヴィジーは見極めをしっかりしてアイヲエル達に相手をさせた。
シャイ・アントは倒す手間の割に金にならない獲物だった。
その点に、アイヲエルが不満を述べた。
だが。ヴィジーは一つの問題点を看破して、アイヲエル達に他の獲物を許さなかった。
それは、アイヲエルは刀剣一本を手に戦っている為、ミアイの回復魔法があって、何とか戦えると云う点についてだ。
それを指摘されると、アイヲエルも弱い。その為、アイヲエルは盾を買い求める事にした。
だが、結果、アイヲエルが買って来たのは、一人の女の子の奴隷と、回復魔法用の杖だった。
「どうして奴隷!?しかも女の子?!盾を買ってくるのではなかったの!?」
ミアイのヒステリックな程の言い様に対しては、アイヲエルはこう反論した。
「俺の専属の回復魔法使いだ。盾に頼って戦うと、盾が通じない相手に当たった時に困ると思った」
「腕は確かなんでしょうね?」
少女は頷いてこう言った。
「フラウと申します。十二歳です。村で、こっそりと回復魔法の練習をしていたら、口減らしに売られました。
回復魔法が使える事は、アイヲエル様に買って頂けるまで誰にも言っておりませんでした」
ココで、ミアイが「ん?」と首を傾げた。
「回復魔法を使える事を告げる前に、アイヲエルに買われたの?」
「はい……いけなかったでしょうか?」
「──ア・イ・ヲ・エ・ル~!」
ミアイは軽くキレた。
「どうしてこの子を買って来たの!?」
「……安売りしてくれる子の中で、一番可哀想だったんだ……。口減らしに売られたって聞いて……。
せめて、一度位は鱈腹食べさせてあげたいな~、と思って。……まぁ、最終的に『戦闘で役に立てる?』って聞いたら、『場合に応じては!』って、自信たっぷりに言い放ったし」
「最終的に責任を取れるの!?」
「……」
アイヲエルは黙り込んだが、そこへヴィジーが「あー、コホン」と口を挟んできた。
「大丈夫じゃないかな?その子、『聖女』の資格持ちだし」
「『聖女』の資格持ち?!ワタクシですら持っていないのに!?」
「ミアイは攻撃魔法も得意だからなぁ……」
「えっ?ってことは、この子、回復魔法以外は役立たず!?」
「役立たずと言ってやるな。疫病も治せるレベルの回復魔法使いだぞ?」
先ほど、小さくなっていたアイヲエルが態度を大きくした。
「俺が神王になったら、国で雇ってもいいだろ?それなら、最終的な責任を取れるだろ?」
「場合によっては、アイヲエルの側室候補にしてもいいだろ?」
「えっ!?こんな幼い子を側室候補?!」
そのヴィジーの台詞にはアイヲエルも引いた。
「何を言っている。お前、三年近く旅をするつもりなんだろう?
旅を終える頃には十五歳。あと三年も待てば、美しい盛りだぜ?」
「……そうか。うーん……」
「アイヲエル、悩まないで頂ける?
ヴィジー殿も、正室がほぼ決まっているとはいえ、未だワタクシが正室として迎えられていない内から、側室の話をすると云うのは如何なものかしら?」
「うわぁ、アイヲエル、ご愁傷様」
突然の不謹慎なヴィジーの台詞に、アイヲエルはたじろぐ。
「な、なにを仰いますか、師匠!」
「だって……なぁ?」
「親分、尻に敷かれる?」
「親ビン、カカア殿下?」
「あー、成る程」
竜人姉妹でも理解した程だ。アイヲエルも言葉を形にされると流石に気づく。
「ミアイ嬢、せめて、政治には口を挟まないでやってくれよ。
世の中、女房から政治に口を挟まれて、不幸になった国が何期もあるんだ。
アイヲエル、ミアイから政治に口を挟まれるようになったら、政権の移し際だぞ?」
「あら。ワタクシ、政には興味は御座いませんわ」
「そう言って、『悪女』の異名を付けられた王妃が何人居たか……」
こうして、何となく話題が逸れていく事で、アイヲエルに因るフラウの買い上げの件は、有耶無耶になりそうになっていた。
「アイヲエル?」
「──は、はい。何でしょう?」
「次は許しませんからね!」
「は、はいっ!」
裏を返せば、今回は仕方なしでも許すと云うことだ。
その晩、フラウは晩御飯を鱈腹食べて。
「──私、もう二度と、鱈腹までは食べなくて結構です……」
遠慮したのか、懲りたのか。どちらにせよ、身体が重くなるまで食べるのは避けたいと、フラウは未だ若く美しいそのスタイルを考えて、そう断った。
尚、フラウがミアイの丁寧なマナーで程々に食べて済ませる姿を見て、憧れを抱いたのは、その台詞の根拠にもなっていたのかも知れない。