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八国史  作者: 月詠 夜光
〜風の章〜

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第1話:突然の旅立ち

「……ダメだ、我慢の限界だ」


 アイヲエル・ウィンドは唐突にそんな言葉を口にした。


「俺、旅に出る!」


 場所は、大理石で築かれた風神国の王城の、王族関係者が主に利用するティールームだった。宣言した相手は、師匠のヴィジー・セレスティアルと婚約者のミアイ・ライトだ。


「我慢の限界、って……許可取りを申し込んでから、未だ三日しか経っていないぞ?」


 ヴィジーはそう(とが)める。師匠故にだ。第一、国の王子──正式な呼称は神子(みこ)──が、許可も下りないのに世界中を見て回る旅に出るなど、許される訳も無い。


「今も正に、俺の持っている時間が浪費されていっているんだ!これ以上の無駄は許せない!」


「許されないのは、貴方の方ですわよ、アイヲエル。

 まさか、婚約者のワタクシを置いて出ていくとは言いませんわよね?」


 貧しい国の出身であるミアイは、折角豊かな風神国に神子の婚約者として招かれたのだ。この、紅茶の一杯も何の(うれ)いも無く飲めるこの国からは、離れがたかった。


「神子だからって、旅に出るのが許せないなんて、そんなルールがあるか!

 ルールは犯罪者を取り締まる為だけにあればいい!」


「やれやれ。儂はその思い上がりを正す為に、同行せねばならんな」


 ヴィジーは紅茶を飲むのを止め、白磁のティーカップをソーサーに置いた。そして帯剣し、取り急ぎ出発の準備を最低限、整えた。


「40秒で用意する!」


 アイヲエルも、帯剣は勿論、虎の子の金貨七枚の貯金を懐に入れた。服はオーダーメイドの、「着回しが楽で恰好良いものを!」と毎回注文を付けている奇抜なものだ。が、そんな服装でも旅に出るには構わないらしい。


「師匠、行って参ります!」


「おいおい、付いて行くって言っただろ?」


 ヴィジーの服装は、元天星国王とあって、アイヲエルと同様、オーダーメイドだが、「機能性の高い服を」と云う注文故、即旅に出るとしても、とりあえずは間に合う服装だった。一種の軍服にも見える服だった。


「では、参りましょう!」


「お待ちになって!」


 ミアイは、光朝国の王女だが、アイヲエルの婚約者になったことで、オーダーメイドで豪華なドレスを身に纏っていた。とても、旅に出られる服装とは言えない。


「待ってられるか!」


 アイヲエルは、ミアイを振り(ほど)いて旅に出るべく、ついて来るヴィジーをそのままに、周囲の制止をものともせず、旅立ってしまった。


「ミアイ嬢、適宜(てきぎ)、現在位置の連絡は入れる」


「……お気遣い、ありがとうございます。ヴィジー殿。

 ワタクシも、許可を取り付け次第、追い掛けますわ」


「ああ。その際には、『神子の婚約者』という立場を最大限利用して、権力を振り(かざ)して追ってくるといい。

 恐らく、許可は光朝国からも取り付ける事になるから、四ヵ月程掛かると思われる。

 出来るだけ近場に居るように、アイヲエルを押し留める。

 あとは儂に任せよ」


「よろしくお頼み申し上げますわよ、ヴィジー殿」


 カーテシーで丁寧に挨拶したミアイを置き去りに、ヴィジーも急いでアイヲエルを追う。ただ、ミアイに対してそれなりに丁寧な礼をする事は忘れない。


 そして、誰にも聞かれない場所で、思いっきり文句を呟く。


「あの野郎、三日坊主の癖はまだ直っていないということか!

 三日で大体の基礎は学び取るからか!応用まで学ばんと意味は無いと言うのに。

 まずは、風神国内で一ヵ月は足止めするぞ!」


 ヴィジーがアイヲエルの師匠になったのは、風神国と並んで豊かな天星国の元星王とあって、神王から直接請われたからだ。経験上、無責任なタチでは無い。だから、アイヲエルを放置することも出来ないのだ。


「おい、アイヲエル!」


 アイヲエルは、城の領域を出る一歩手前で佇んでいた。夜中には門を降ろされて閉じられる場所だ。石の城壁から城下街に出る、正にその一歩目を踏み出すべき場所にアイヲエルは立っていた。


「──師匠……」


 アイヲエルはヴィジーを振り返った。


「どうした?」


「いえ、この先は、お忍びで偶に出たことがある程度で、本格的に旅に出るのは初めてだなと、感傷に浸っておりました」


「──で、許可なく旅立つのか?」


「──はい!」


 アイヲエルは、初めの一歩を遂に踏み出した。蒼穹の下、旅立ちには絶好の日取りだった。


 別に、何が変わる訳でも無い。


 だが、その一歩を踏み出すことは、『命令違反』を意味する。軍隊なら、軍法会議モノだ。


「ハハハッ、踏み出しちゃいました」


 アイヲエルは笑った。爽快という気分でいるのだろうか?


「遂に命令違反を犯したな。本来なら、儂はお前を捕えなければならない立場なのだが──」


 それに対しては、アイヲエルは真剣な顔をした。


「師匠は判っていますよね?俺が、国を継ぐには、未だ経験が全然足りない事を」


「判っているなら、三日坊主の癖を辞めろ」


 アイヲエルは頷いた。


「この旅は、三日でなんて終わらせません!」


「……目的は何だ?」


「世界を見て廻ること。この国を含め、八ヵ国の政策の結果を見届けること。豊かな風神国を継いで、少なくとも豊かさを維持、良ければもっと豊かにすることを目指します!

 あと、個人的に、迷宮が無限の資源の産出場所だというから、迷宮探索もチョロッとやってみたいですね!」


「……本当に旅立つのか?今ならまだ、引き返せるぞ?」


「……踏み出しちゃいましたから」


 アイヲエルは、石造りの風に対して強い建物が並ぶ王道へと二歩、三歩、踏み出した。


「付いて来ないなら置いて行きますよ、師匠!」


「見張れる範囲にはいるさ」


 ヴィジーも足を踏み出す。この整備された石畳の道一本ですら、国の豊かさを支えていることに、アイヲエルが気付いているか……気付いていないなら、教えるべきか……。


 ヴィジーは迷って、とりあえず自身で気付くのを待つことにした。そして、あまりに気付くのが遅いようなら、教えるべきかと判断した。


 ヴィジーは振り返り、ミアイは見送りにも来ないのかと思った。だが、恐らく今現在、風神王に謁見の許可を大至急で依頼していることだろうと予測し、アイヲエルを追うことにした。


 迷宮に潜るのなら、二人では戦力として不足だ。ヴィジー一人で無双するなら兎も角、アイヲエルにも活躍の機会を与えなければ、機嫌を損ねるだろう。


 ならば、人を雇わなければならない。それも、信頼の置ける。


 ただ、アイヲエルが何を考えているものか。そればかりは、ヴィジーにも想像がつかないのだった。

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