第1話:旅立つ神子
旅をするのに、理由なんて必要ない。
だが、彼には旅に出る理由を作る必要があった。
彼の名は、アイヲエル。アイヲエル・ウィンドと言い、『風神国』の神王の第一後継者である神子だった。
何故、彼は旅をしたいのか。
そんな理由は何もない。強いて言うならば、自分探しと言うべきか、世界探しと言うべきか。
でも、理由なく宛てもない旅に出るには、立場が特殊過ぎた。
そこで相談した相手が、剣の師匠でもあり、前天星国王、ヴィジー・セレスティアルだった。
そして、第一に言われた言葉が。
「お前、婚約者いるだろ。彼女に相談もなく、宛ても無い旅に出ると云うのは通じんぞ?」
そこで、アイヲエルは婚約者である、光朝国王女、ミアイ・ライトを相談の場に呼び出した。
呼び出されて用件を訊いた返しの第一声が、こうである。
「神子ともあろうものが、宛ても無い旅に出るなど、人に聞かれたら『放蕩神子』と呼ばれますよ?」
怒りではない、呆れてそう言ったのだ。
「事実だから、仕方がない」
それに対する第一の手段が諦めでは、この神子は神王を継ぐに相応しくないのではと、ミアイは思ってしまった。
因みにこの二人、お見合いからの婚約状態へと移行している。文句があるのならば、婚約しなければ良かったのだ。
「ワタクシは連れて行って頂きますよ?」
そして、彼女の視線はヴィジーに向いた。ヴィジーはその眼つきで悟った。
「分かった、儂も同行する」
「師匠は来なくていいですよ!保護者付きの旅とか、旅する意味がないじゃないですか!」
「まさか、保護者無しで旅が出来る立場で居られるなんて思ってないよな?」
アイヲエルは最初に相談する相手を間違えたと思った。だが、まず真っ先に相談する相手となると、他に居ないのも確かだ。
はぁー、っと息を吐いて、アイヲエルは妥協のラインを見極める。
「分かりましたよ、二人にも同行して頂きます」
「分かってると思うが、ミアイちゃんに手を出したら、即帰国だからな!」
「誰がそんなことするか!」
アイヲエルは、立場を弁えていない訳では無い。ただ、周囲からどう見られているのかを、意識しなさ過ぎていた。
「ところで、何で旅をするのか、その動機を訊きたいなぁ」
「……ちょっと、世界を探しにと云うか……」
「そこは素直に『自分探し』と言った方がそれらしいし、説得力があるぞ」
「自分が如何にちっぽけな人間なのか、ってことぐらいは分かってますよ!」
「そう言いながら、結局していることは自分探しだった、って結末はワタクシにも見えていますわよ?」
「──コイツら……」
アイヲエルは、旅立つ前から躓きそうになっていた。だが、この二人だけを付き添いにしてなら、旅に出る許可は下りそうだなと思っていた。
「それで?最初の目的地は何処なんだ?」
ヴィジーが問う。アイヲエルはすぐさま答える。
「『氷皇国』。まぁ、一ヵ月ぐらいは『風神国』内を旅しながら、準備して──」
「おい!それなら防寒着が要るぞ?あの国は常冬の国だぞ?!」
「まぁ、そんな辺りを用意しながら、ゆっくりと──」
「ワタクシは三年以上の旅は認めませんからね!」
そんな、とアイヲエルは嘆いた。
逆算して、八ヵ国を巡る日程を計算する。各一ヵ月で八ヵ月。各四ヵ月で三年以内に帰って来れる。充分だ。
否、『光朝国』は日の出から日没まで、『闇夜国』は日没から日の出まで存在していて、場所は大陸中央部で一緒なのだから、各五ヵ月でもギリギリ三年以内に帰って来れる。
なんだ、各国半年近くも滞在出来るのだったら、充分だとアイヲエルは判断した。
まずは、ゆっくりと自国を満喫する。その目的に向けて、アイヲエルは二人と相談して、旅のプランを考えた。
『風神国』は大陸北西部にある。とある事情で、今でこそ富んだ国だが、とある事情と云うのがかつて、『禁呪』と言われる『風の空間破壊呪』の完成までは、試し打ちで強く激しい風の吹く、貧しい国であった。だが、『風の空間破壊呪』の完成を機に、本当に使うことを禁ずる『禁呪』指定されたことで、穏やかな風の吹く豊かな国となった。
『風の空間破壊呪』とは言え、実際には空間を破壊は出来ない。そのレベルまで風のエネルギーを集めた結果、発動する魔法だった。
実際に完成した『風の空間破壊呪』は、風の渦を光の速さを越えて粒子をタキオン化すると云う魔法だった。
完成に至った最大の理由として、『魔法の名前』が正しく判明している、と云う側面もあった。
他の属性の『空間破壊呪』は、『魔法の名前』が正しく判明しておらず、従って完成にも至っていない。
だがしかし、『八属性全てを結集した空間破壊呪』と云うのは『魔法の名前』が正しく判明しており、過去の天才魔法使いが、唯一度、行使したと言われている。
それが故に、『風神国』以外の七ヵ国──正確には六ヵ国は、自国の属性の『空間破壊呪』を完成させようと躍起になっており、実験として行使して、国土に大きな爪痕を残している。
大陸南西部にある『氷皇国』も、本来なら過ごし易い国の筈だった。だが、年に一度と言われている『氷の空間破壊呪』の試験実行で、極寒の国と化す。
『氷皇国』がその実験をする時期は、直前になって発表される。作物の収穫の済んだ時期が選ばれることが多い。
よって、防寒対策は万全に行なわないと旅に行ってよい国ではない。
そうして、アイヲエルは旅の計画書を三人で相談の上で書き上げ、それを国に提出して許可が下りれば、晴れて旅立つことが出来る。
許可が下りるまで、四ヵ月を要した。
それは、アイヲエルが四ヵ月もの間、不貞腐れていた事をも意味する。
許可が下りた時には、アイヲエルは狂喜乱舞と云った様子だったと国の上層部には伝わる。
斯くして、アイヲエルはヴィジーとミアイとの三人で、三年以内に帰る旅路に就いたのであった。