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ハルよ-こい  作者: 廿日 三月
第一章 神巫(かんなぎ)
7/8

風が呼んだもの

ずっと覚束ない足取りだった男の子。

ついに喫茶【&】の前で倒れてしまう。

喫茶店の店主の女性が男の子を店の奥の部屋へ連れていき休ませてくれた。

店主は病ではないと話すが、心配でしばらく側にいることに。


布団をかけ直そうと男の子の肩に触れたとき、

あの【風】が吹いた。


ここまでの流れを振り返り、考えをまとめてはみたけれど、

特別なことはなかったはず。

強いて言えば、男の子の肩に触れたくらい――。


『このあたりで火の玉を…見かけませんでしたか?』


そういえばこの子、不思議な質問をしてきたっけ。

もしかして、何かすごい力を持った方なのでは?


胸元に手を当てて確信した。

やっぱり春の宝珠が熱を帯びていた。

ただ焼けるような熱さなどではなく、心を溶かすような温かさだった。


んん、と男の子がゆっくりとだがもぞもぞ動き出す。

先ほどまでの血色のなさは、すっかりと引いていた。


「大丈夫?」

「うん。たぶん。――すごく体が軽くなってる」


男の子はまたゆっくりと右腕を上げた。

それは自分に起きた変化を確かめるように見えた。


「元気になったのなら、良かった」


ゆいさんが笑みを浮かべた。


「あの、何か薬とかがあったんですか?

 最近寝ることもできてなかったのに。

 すごく、身体が軽くなってて」


不思議そうな男の子の様子に、少し疑問も残るが思い切って聞いてみた。


「これ、きみが使ったんじゃないかな?」


胸元にあった宝珠を見せる。


「綺麗なガラスですね。でも、初めて見ました」

「え、初めて見ても使えるものなの?」

「何か僕したんですか?」


あまりにも目を丸くするものだから、事の次第を説明した。


「……。そのガラスはお姉さんのなんですよね? そうしたら、お姉さんが僕を治してくれたんですよ」

「いや、私だって風の起こし方なんて分からなくて――」

「ありがとうございます」


礼儀正しいお辞儀を受けてしまい言葉が続かなくなってしまった。

そう、なのかな。私が治したのかな。



この日は結さんの勧めで男の子――夕日ゆうひという名だそうだ――は【&】に泊まることになった。


「何が起きたのかよくはわからなかったけど、動けるようになって良かった」


舞子ちゃんもそう言って気分良く歩いている。


夕日、という男の子と今日起きた出来事について、萌葱ちゃんや千里さんにも聞いてみる必要がありそうだ。

ただ、もう一つ頭を悩ませていることもある。


『今度は、そのガラスのペンダントの贈り主も一緒にカフェに来てほしいのだけど、どうかな?

 そのガラス玉のこと、私も気になっちゃって』


結さんからのお誘いに断ることもできず、聞いておきますと伝えてしまった。

断れば良かったのかもしれない。

そもそも火の玉をカフェに呼べるのだろうか。


「――痛っ」


結さんからもらった缶ジュースを開けようとして指を切ってしまう。血が滴るほどではないけれど、赤い筋が見えた。


「絆創膏あるよ。ちょっと待って――はい」

「ありがとう、使うね……あれ?」

「良かった、切ってなかったんだね」


舞子ちゃんが言うように指に切り傷はなかった。

さっき見た赤い筋は気のせいだろうか。

――ダメだこれ以上考えることを増やしたくない。


私は帰路を急ぐことにした。



「ハルセちゃん、おはよう」

「おはよう舞子ちゃん」


授業開始のチャイムが鳴る5分前、

昨日カフェであった出来事の振り返りを話しながら、鞄を片付け椅子に座る。


「あ、そうだ。昨日結さんから本を借りたのだけどこれ面白いからハルセちゃんも読んでみる?」

「【スカーレット・エンジェル】?」


喫茶【&】にはいくつかの本が展示されていたけれど、それを読んでいたら結さんが借りて行っても良いと話してくれたらしい。

えんじ色の装丁をしていた。


「うーん、どんな話なの」

「吸血鬼と人間の恋物語だよ」

「きゅうけつき?」


耳慣れない言葉だ。


「え? 知らないの吸血鬼。人間の生き血を吸って夜を生きる化け物だよ」

「え……怖い」


あれ。冷静に考えれば火の玉と毎日話をしている方がよほど怖いのかも。


「でもさ、素敵なんだよ。ずっと会いたいと思っていた人に会えて、お互いに思いあって。人間かそうでないかなんてもう、どうでも良いくらい――」

「「あり得ない」」


舞子ちゃんとの間の机に勢いよく鞄を置かれた。

驚いて3回くらいまばたきをしたあと、声の主の方に顔を上げた。

明るい髪、大きくて丸い目、潜めた眉が印象的だった。


「――え。どうしたの、夏羽」


舞子ちゃんの問いの答えなのか、夏羽なつはと呼ばれた少女が言った。


「ごめん、席、間違えた」


何事もなかったかのように鞄を机から離し、肩にかけ直していた。眉は潜めたままではあったが。

背中を向けたと思えばまたこちらを向いて言われた。


「違う世界の者は、その世界から出てこちらでは生きていけない」

夏羽なつは――」


また何かを尋ねようとした舞子ちゃんの声は通らず、夏羽ちゃんは席へと戻っていった。



「夏羽ちゃんってどういう人?」

「あ。気になるよね、朝のことだし」


放課後、喫茶【&】に向かう道中に舞子ちゃんに聞いてみた。

舞子ちゃんは夏羽ちゃんと去年同じクラスだったそうだけど、関わりは薄かったとのこと。


「だから、急に話に入ってくるものだからビックリだよ」

「ずっと怖い顔をしていたから、何か気に触ったことでもあったのかも」

「いや、変な話は何もしていないし思い当たることが全然ないよ……

 あ、そういえば男子が苦手だった気がする」

「そうなの?」

「ほら、ウチのクラスの桐谷きりがやくん、去年も同じクラスだったのだけどすごく苦手そうだった。まあたぶんイケメンが苦手なんだと思う」


冗談まじりに舞子ちゃんが話した。


駅についた。今日は舞子ちゃんに喫茶【&】に行くことは伝えていない。

何故なら連れが連れだからだ。


「ちょっと買い物する用事があって」

「そっか。じゃあまた明日ね」


連れはそろそろ着いている頃だろう。



「それでは次に行くときは私もご一緒しましょうか」


後先考えず聞いてしまった私も悪いが、千里さんは断らなかった。


「え。一緒にカフェに行くってことですか」

「ええ。もちろんですわ」

「だって、火の玉ですよね。その、どうやって食べたり飲んだりするですか」

「一日に数刻すこくは人間の姿になれるとお伝えしたではありませんか」

「その人間の姿ですが、青白く光ってますから。普通の人間に見えませんから」


思わず声が大きくなってしまった。

不安は除けないが、ええい、言ってしまった手前一緒に行くしかない。


「もう寝よう、明日学校だよ」


萌葱ちゃんの言葉で諦めて寝たのが昨日、

さて、喫茶【&】に着いた。

出ている看板はとてもオシャレな字体で、私には何が書いてあるか全くわからない。

とりあえず【&】だけはなんとなく読める。


「では入りましょうか」


あまりに自然すぎて不自然な、人型の千里さんと一緒に店の中へと向かった。




「いらっしゃいませ」


珈琲の香りと少し薄暗い店内、心地の良い音楽がゆったりと流れる空間だ。


「こんにちは」


そんな空間を壊すように異質な青白い光を纏う女性の挨拶を、結さんはさもありなんとばかりににこやかな笑みで返した。

ここで私は拍子抜けしてしまった。

千里さんの見た目、所作で特段気になることが結さんにはないのだろう。


「ようこそ、お待ちしていました」


前に来たときは夕日くんの手当のためで、こうしてゆっくり食事や飲み物を楽しみに来たのは初めてだ。

メニューにある様々な甘いものに心が踊り、どんどん目移りしてしまう。

あるデザートが目に入った。


「フォンダンショコラ、をお願いします」

「私は食べられないので、後でお土産を買わせてくださいませ」


「少々お待ちくださいね」


メニューを受け取り結さんが軽やかな足取りでカウンターの奥へと向かっていった。


「千里さんは、ご飯食べられないのですね」

「私は霊体ですから、生きる者の行為はできないのです。ですが美味しそうな匂いはわかりますので、食事の場を共にすることは嬉しいことですわ」


家での食事は萌葱ちゃんと霞さん、私の3人だ。

千里さんは夜に出かけることも多く、また萌葱ちゃんもとくに食事に誘う様子はなく、疑問に思わなかったことに気付いた。

きっと萌葱ちゃんは千里さんが食べられないことを知っていたのだろう。


しばらく学校での出来事など日常の話をしたあと、お待ちかねのものが届いた。


「フォンダンショコラです。どうぞ」

「さ、召し上がってくださいハルセさま」


千里さんがフォークを手渡してくれた。


ケーキにフォークを刺すと中からとろりとソースが溢れてきた。絡めて食べると優しい甘さと苦さが口の中に広がる。ふわふわの食感ととろっとした感触が合わさるのが楽しく、手が止まらない。


「結さん、とっても美味しいです、これ」


甘いものは幸せを運んでくれるのだと改めて思う。

一口一口、食べるのが勿体ないのでよくよく味わって食べ進めた。


「ハルセちゃん、素敵な笑顔をありがとう」


結さんも素敵な笑顔だと私は思った。



宝珠を結さんに見せて訪ねたが、結さんも「見たことがない」とのことだった。

何やら千里さんと結さんは馬が合うらしく、和気あいあいと話した後、つまるところは宝珠の持ち主もわからず、また夕日くんの体調が急激に治った理由も不明のまま、この日は帰ることになった。


「ハルセさま、申し訳ございません。少し調べたいことがございまして、先にお戻りになってくださいませ」


千里さんはそう言うともう一度喫茶【&】へと戻っていった。

私は一人で帰ることになり、家の最寄り駅までたどり着いた。


外はすっかり暗くなり、雨も降り始めた。

春先の雨だ。雨脚はどんどん強まり、ザーと音を立てるものだから、駅からの道のりを歩くのに躊躇ってしまう。


小さな折りたたみ傘を広げて歩くこと数分、節季神社の階段下までたどり着いた。ここまで来ればあと一息だ。


思わず階段を見上げてしまい後悔した。

雨の日はなんだか、頂上があまりにも遠く感じてしまう。


最初の一段に一歩踏み出そうとしたときだった。

距離を見誤り足を踏み外した。

――盛大に転んだ。


「……」


容赦なく雨が打ち付けるもので、鈍くさくなる自分に少し泣けてくる。

膝から血だって出てきた。

――動けない。


「……」


しばらく雨に打たれて気持ちが落ち着くまで打ちひしがれようかと不貞腐れる。

その場にうずくまった。


「……」

「ねえ、大丈夫?」


投げやりになりかけた私の頭上から、男性の声がした。

顔を上げると見知った格好である。

どうやら同じ高校だ。


「あれ、桜井さんだよね。このままだと風邪ひくよ」


なんとか気持ちを立て直し、声の方へと向いた。

――違和感しかなかった。


「……あの、傘忘れたの?」


違う。そんなことを聞きたいのではない。

自分の言葉に自分でツッコむ。

目の前の彼は雨の日の普通の格好、いや世間一般の普通の見た目からはかけ離れていた。


ギラリと光る黄褐色の瞳。

傘がないのに濡れてない髪。

ふわりと揺れる、2本の、尻尾?


「あれ。もしかして初めて見る?」


頷くこともうまくできず首を傾げる私を見て彼は続けた。


「妖とか見たことあるのかと思ってたよ」


どういうことだと言い返す前に更に衝撃を重ねられた。


「君だって普通の人間じゃないでしょ?」

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