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ハルよ-こい  作者: 廿日 三月
第一章 神巫(かんなぎ)
11/11

紡がれていく縁

桐谷くんがこの家を出ていった翌日の放課後、

私たちはもう一度桐谷くんが拾ったというハンカチを家のリビングで見つめていた。


この状況を作り出した霞さんが言う。


「たしかに。双芭くんの言うとおり、妖の持ち物のようだわ」


そう。昨日霞さんから聞いた頼み事とは、桐谷くんと私が同じクラスだと聞いていた霞さんが、私にもう一度桐谷くんを家に連れてくるようにと言ったのだった。

霞さんが続ける。


「これの持ち主を探したいのでしょ?」

「……はい」


少しためらった後、敬語で返事があった。

術にかけていた昨日までは、かなり砕けた言葉遣いだったはずだ。

無理にでも距離を詰める必要があったのかもと思った。


霞さんが笑顔で話した。


「じゃあ、探しましょ。こういうのはね、人に聞くのが一番よ」


霞さん、やっぱり少し楽しそうに見える。


「萌葱、ゆいのところへ行って見せてみて? 双芭くん、結って私の友人が隣駅で喫茶店をやっているの。彼女に見せたらきっとすぐよ」


「お母さん、私、気乗りしない、のだけど……本気で、探すの? だって、術者、だよ? 知らない、うちに、催眠なんて、されたのに」


「萌葱、彼に悪意ないこと分かって言ってるでしょ? まあ妖術なんて使わなくても直接相談してくれればよかったのだけど」


萌葱ちゃんは言い返すことなく黙っている。不機嫌そうではあるけれど。

霞さんは桐谷くんに向き合った。


「結の直感はね、必ず当たるの。何か困ったことがあったり、気になることがあったり、そんな時は結に相談すれば良いわ」


あと……と少し考えてから付け加えた。


「あなた、あわいの子よね?」

「? ――はい。よく分かりましたね」


タイミングを恐らく間違えているけれど、ここで聞かないとずっと聞けなそうなので私は思い切った。


「えっと、割って入ってごめんなさい。あわいの子って何ですか?」


たしか萌葱ちゃんに、ハンカチの持ち主探しを術をかけるほどまでする理由を尋ねられたときも、その言葉を聞いたはずだ。

桐谷くんが答える。


「人間と妖との間の子をそう呼ぶ。おれは母が人間、父が妖狐。能力的には人間と変わらなかったり妖と変わらなかったり、あわいの子でもけっこうバラバラだよ。おれはわりと妖力ある方だけど、父さんのがまあ強いよね」


「そうだったんだね」


「まあでも、おれにはあわいでもないのに風を操ったり怪我を治したりできる、そのガラス玉のが気になるけど」


自分の持ち物とはいえ、それについては私も気にはなる。ただ聞く先がわからないので、いまはハンカチの持ち主探しから始めたほうが良さそうだ。

もう一つ、気になったことを聞いてみた。


「あの、桐谷くんはあわいの子って見たらすぐ分かるの?」


「うん、それは分かるよ。生き物は魂を持ってるよね。その魂の色が特殊だから、わりと分かりやすい」


「魂の色?」


「人間は白、妖は青。あわいの子は双方の色が必ず混ざっている。混ざり方はそれぞれだけどね」


萌葱ちゃんが呟いた。


「魂は、人間には、見えない。その色は、眩しく、美しいんだって。いつか、見てみたい」


「うーん、光ってる電球とかに近いかな。特別すごい輝いているかと言われると、普通だと思うけど」


そう答えた桐谷くんを萌葱ちゃんは睨んだ、と見えた。長い前髪で真相は分からないけど。


「まあ、人によってはすごく魂の光が強い者もいるらしいけどね」


そういえば……と桐谷くんは続けた。


「霞さんはどうやって、おれがあわいの子だと分かったんですか?」


「だって貴方、彩芭いろはさんにそっくりよ」


「…!? 母のことを知っているんですか?」


双芭ふたばくん、私はこれでも節季神社の宮司なのだから、大抵のことは知ってるのよ。これからも聞きたいことや調べたいことがあったら、遠慮せずに言ってね」


「術をかけずに」


萌葱ちゃんが補足をする。


「……ありがとうございます」


桐谷くんは困ったような顔で自嘲気味に笑った。



「いらっしゃい。霞から連絡はもらってるよ。まさかハルセちゃんが霞の知り合いだったなんて」


「結さん、こんにちは」


霞さんに勧められたように、私たちは喫茶【&】にハンカチのことを尋ねに訪れた。

今日は3人。桐谷くんと私、そして萌葱ちゃんなのだけど、彼女が店に入った瞬間、結さんの表情が輪をかけて明るくなった。


「萌葱ちゃんーー! 久しぶりだねええ、会いたかったよおおお」

「結ちゃん……近いって」

「最近全然来てくれないんだもん、遂に反抗期かと心配になってたんだよ?」

「反抗期くらい、来るから……ね、はな、して」


距離感のかなり近い霞さんと、少しでも離れてほしい萌葱ちゃんの攻防が繰り広げられていた。

何回か喫茶【&】には来たことがあるけれど、萌葱ちゃんが一緒に来なかったのは、このかなり熱烈な歓迎が理由の1つではないかと勘ぐってしまう。


「こんにちは。桐谷きりがや双芭ふたばです」

「いらっしゃい。私はこの店の店主、遠山とおやまゆいよ。霞とは幼馴染なの。あと、彩芭いろはさんのことも知っているわ。会いたいと思っていたの」


席に通してもらい、私たちは思い思いの飲み物を頼んだ。

萌葱ちゃんはアイスティー、桐谷くんはレモネード、私はホットココアにした。


今日はお店はお休みなのだそうだ。

霞さんに話しを聞いた結さんは興味を持ったそうで、すぐに日程を決めてくれたらしい。


ふわりと湯気が立ち、甘い香りが漂う。熱々の器を避けてこぼさないように細い取っ手を慎重に持ち、ゆっくり口に運んだ。濃厚な甘みがぶわっと広がる、世界で一番素晴らしい飲み物だと思っている。


丸い机を囲み、私の左から桐谷くん、萌葱ちゃん、結さんで座っていた。

珈琲を片手に右隣の結さんが話を切り出してくれた。


「さて、そろそろ本題を聞こうかな?」



「このハンカチの持ち主をお聞きしたいのですが、何か心当たりはありますか?」


机の上は私たちの飲み物でいっぱいなので、桐谷くんは両手でハンカチを広げ、掲げて見せた。


「霞が言うように、妖の持ち物なんだよね?」


――うーん。

結さんがまじまじとハンカチを見つめて考えてくれる。

空いてしまった少し間を埋めるように桐谷くんが補足した。


「見たところ、縫い目の長さはバラバラだし、線も……正直に言うとかなりガタガタで。上等な生地ということもなく、よくある白い普通の布。縫うときに分かりやすいようにだと思うけれど、派手な虹色の糸が使われてる。おそらく、小学校で配られる家庭科の教材じゃないかと思っています」


「そんな授業、あったかな……」


萌葱ちゃんの呟きに、私の考えを乗せた。


「別の小学校なんじゃない?」


「そうよ、別の小学校よ!」


ビビビッと閃いたと言わんばかりに結さんが立ち上がった。


「萌葱ちゃん、夕日くんとは別の小学校よね?」


「えっと……誰?」


「あ、そうか萌葱ちゃんは知らないんだっけ? こないだハルセちゃんに助けてもらったんだけど――」


先日のあらましをざっくり一通り聞いたあと、萌葱ちゃんが言った。


「この辺は、隣駅。だから、違う学校、と思う」


「決まりね! 夕日くんに聞いてみましょ」


ノリにノっている結さんに桐谷くんが少し不安そうに聞く。


「結さん、その……言いづらいんですけど夕日くんがハンカチの持ち主を知っている保証はないですよね」


「大丈夫。私ね、昔からけっこう直感は良い方なの。急に紡がれた縁というのは、だいたい皆つながっているものだよ」



夕日くんは先日体調を崩したところを喫茶【&】で休んだ後、一週間後にまた来る約束で家に帰っているそうだ。

私たちは夕日くんが来るという、明日また【&】に来ることにした。


帰りがけ、結さんが思い出したように私たちを引き留めた。


「そうだ。急な縁といえばウチで働いてくれるアルバイトさんが見つかったんだよね。私以外の従業員は初めてなのだけど、本当に助かっているの。そろそろ来ると思うから、会っていかない?」


「あれ、結さん以外に店員さんいたんですね? 私、何度かここに来ているけど、会えてないです……」


「そうなの。でもハルセちゃんにはたぶん名前だけは話してると思う。シュンくんて、覚えてない? ほら、私よりすごいお医者さんって紹介した……」


「あ」


結さんに最初に会った日のこと、夕日くんを病院に連れて行った方が良いのではと結さんに話したときに出てきた人のことだと思い出した。


蘇芳すおう瞬弥しゅんやくんて言うのだけど、ハルセちゃんたちと学校同じだからもしかして知っているかな」


「蘇芳くん……」


とくに思い当たる人物がいない。もちろん私がクラスメイトを覚えきれていない可能性もあるけれど、聞き馴染みがないので別のクラスな気はする。


「蘇芳……あ」


桐谷くんはどうやら知り合いのようだ。


「もしかして双芭くん知っている?」


「いえ、話したことはないんです。隣のクラスにいたなと。ただ彼は――」


「彼は……?」


結さんが次の言葉を促す。


「いえ、何でもないです」


「?」


「気にしないでください」


飲み込んだ言葉を、桐谷くんはこの後も教えてくれなかった。



翌日、もう一度私、萌葱ちゃん、桐谷くんで喫茶【&】に行くと夕日くんは既に来ていた。

例のハンカチを夕日くんに見せる。


私たちは続く夕日くんからの不意すぎる言葉に、思わず耳を疑った。


「これ、ぼくが作ったものだ……」

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