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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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05 荒ぶる新年⑤

 町田家の居間でめぐるたちが見守る中、ついにユーリの試合が開始された。

 そうして試合開始のブザーが鳴らされるなり、めぐるはすぐさま息を呑むことになった。相手選手が、それこそ野獣のような勢いでユーリに襲いかかったのだ。


 凄まじい勢いで振るわれる拳や蹴りが、ユーリの身に容赦なく叩き込まれていく。

 ユーリは懸命に頭部を守っていたが、その手足や胴体は一発の攻撃をもらっただけで血のように赤くなっていた。


「うわー! すごいな、こりゃ! こんなんで、スタミナはだいじょぶなのー?」


「この選手は、スタミナも化け物じみてるんだよ。それは、ユーリさんも同じことだけど……この勢いで攻められると、まずいね」


 ユーリは何とか反撃の隙をうかがっているようだが、相手の猛攻がそれを許さない。迂闊に手を出せば、あいた顔面に拳を叩き込まれそうだった。


 これでは、サンドバッグである。

 知らず内、めぐるは痛いぐらいに拳を握り込んでしまっていた。


 客席からも、悲鳴のような喚声があげられている。

 日本の会場であるのだから、おおよその観客はユーリを応援しているのだろう。しかしユーリが一発の攻撃も返せないまま、時間だけが無情に過ぎていった。


 しかしまた、ユーリはどれだけの攻撃をくらっても倒れない。

 そしてそのまま、あっという間に第一ラウンドが終了してしまった。


「いやー、一方的だったね! ま、いつも通りといえばいつも通りなんだろうけどさ!」


「うん! ユーリはいっつも、逆転勝ちだからねー! 今日だって、きっと最後には勝てるよー!」


 町田アンナと町田エレンはそのように語らっていたが、残るご家族は難しげな面持ちだ。格闘技を引退した両名よりも、大きな危機感を抱いていることは明らかであった。


 そうして第二ラウンドが開始されると、今度はユーリが攻勢に出た。

 相手選手が近づく前から、いきなり連続攻撃を繰り出したのだ。


 その動きの流麗さと迫力に、めぐるは思わず身を震わせてしまう。

 美しいユーリは、攻撃の挙動さえもが美しかった。


 しかし相手は手足の届かない位置に留まっているため、攻撃が当たるわけもない。

 それでユーリが動きを止めると、相手が猛然と前進して――そこでユーリが、足もとに組みつこうとした。


 しかし相手選手は弾かれたような勢いで跳びすさり、その仕掛けも回避してしまう。

 そうしてマットに突っ伏したユーリが仰向けの体勢になると、その足を容赦なく蹴りつけた。


「ユーリさんが得意なのは、寝技なんだってよ。だから、ユーリさんが勝つには寝技に持ち込む必要があるってわけだね」


 和緒が、また説明をしてくれた。

 画面上では、レフェリーがユーリに立つように指示を送っている。どうやら試合が停滞すると、立った状態で再開させられるようであった。


 その後は、また相手選手の猛攻だ。

 これでユーリに勝ち目があるのかと、めぐるは胸が痛くなってしまった。


 それでけっきょく第二ラウンドも終了し、一分間のインターバルが入れられる。

 一方的に攻撃をくらい続けているユーリは、もはや満身創痍だ。手足の内出血は青紫色に変色して、目尻や唇にも血がにじんでしまっていた。


 しかしユーリは、それでもきらきらと瞳を輝かせている。

 笑ってこそいないものの、その表情も穏やかだ。まるで痛みや疲れを感じていないかのように、ユーリは試合前と同じ生命力を保持していた。


「……これは確かに、化け物じみてるかもね。なんだか、背筋が寒くなってきたよ」


 和緒は、そんな風に言っていた。

 確かに、人間離れした猛攻を見せているのは相手選手のほうであるのだが――その猛攻にさらされて悠然としているユーリのほうが、さらに常識外れであるのかもしれない。ユーリの浮世離れした容姿が、そんな印象をいっそう深めるのかもしれなかった。


 そうして開始された、最終ラウンドである。

 相手選手は変わらぬ勢いで突進し、ユーリは――真っ向から、それを迎え撃った。


 相手選手が右拳を出せば左拳を、左拳を出せば右拳を繰り出す。すると、おたがいの拳がおたがいの顔面を打つことになった。

 拳を出している間は、相手もその側の防御ができないのだ。それでユーリは、相手と対になる側の拳を出しているわけであった。


 相手の拳をまともにくらったユーリは、右の目尻が割れて出血してしまう。

 しかしその頃には、相手選手も鼻血を流していた。ユーリの流麗なる攻撃にも、相応の破壊力が備わっていたのだ。


「こいつは、上手いな! 相手だってきちんと頭を振ってるのに、逃げる先に拳を出してる! 相手のクセを、しっかりつかんだって証拠だ!」


「それでも普通は、この選手を相手に相打ちなんて狙えないでしょうけれどね。ユーリさんの人間離れした度胸と頑丈さがあってのことよ」


「あとは、規格外の破壊力もね。相手を怯ませるぐらいの破壊力がないと、成立しないもん」


 と、今度はご両親と町田ローサが熱っぽい声をあげる。

 それでめぐるが期待をして身を乗り出すと、戦況がじわじわと変わり始めた。相手選手が猛攻を取りやめて、距離を取り始めたのだ。


 そうして次に振るわれたのは、遠い距離からの蹴り技である。

 ユーリがそれを防御しながら前進すると、相手選手はいっそう遠ざかっていく。その弱気な態度に、客席からは歓声が吹き荒れた。


「うーん。でも、二ラウンドまではあっちが優勢だったもんねー。このまま逃げられたら、負けちゃうよー?」


「でも、相手のリズムを崩したからね! そーすると、今までの疲れがぶわーってのしかかってくるものさ!」


 町田アンナの言う通り、相手選手の動きは目に見えて鈍っていた。これまでは驚くべきスタミナで動きまくっていたのに、逃げる足取りも覚束なくなっていたのだ。


「うんうん! こいつも貫禄がついてきたけど、受けに回るのが苦手なのは相変わらずみたいだな! ここは、チャンスだぞ!」


 父親がはしゃいだ声をあげる中、ユーリは粛然と前進する。

 その横顔が大きく映し出されたとき、めぐるは思わず息を呑んだ。ユーリが眠たげに目を細めて、菩薩像のように静謐な表情に変じていたのだ。


 これが試合中とは思えないほどの、慈愛にあふれかえっているかのような面持ちである。

 そうして相手選手がフェンス際まで追い込まれると、ユーリはその足もとにつかみかかろうとした。

 すると相手選手は憤激の形相で、右膝を振り上げる。


 ユーリの顔面が無茶苦茶に粉砕される図を想像して、めぐるは思わず背筋が寒くなってしまったが――ユーリは何事もなかったかのように相手選手の軸足を絡め取り、横合いに引き倒した。


 どうやら相手の膝蹴りは、ユーリの顔面ではなく胸もとを叩いたらしい。

 それでも大層な衝撃であったはずだが、ユーリは同じ表情のまま相手選手の上にのしかかり、やがて馬乗りの体勢を取った。


 ユーリが右腕を振りかぶると、相手選手は両腕で自分の頭部を抱え込む。

 その前腕に、ユーリの肘打ちが叩き込まれた。

 同じリズムと同じモーションで、三回の肘打ちが振るわれる。それはまるで、機械のように精密な挙動であった。


 そうして三回目の肘打ちで相手選手の防御がゆるむと、ユーリはその右の手首をつかみとる。

 さらに間髪を入れずに、ユーリの真っ白な右足が相手選手の左肩と頭部の隙間にねじこまれた。


 一瞬前までは相手選手の腰にまたがっていたユーリの右足が、いつの間に移動していたのか――めぐるには、まったく知覚できなかった。機械のように硬質であった肘打ちの攻撃に対して、流れる水のような流麗さである。


 さらにユーリの左足は、相手選手の右腕の外側に回されている。

 腰から下が自由になった相手選手はユーリの背中に膝蹴りを叩きつけたが、ユーリは意に介した様子もなく横合いに倒れ込んだ。


 ユーリが倒れ込んだため、相手選手は猛然と身を起こそうとする。

 しかしその頃には、ユーリの両足が相手選手の頭部を右腕ごとはさみこみ、がっちりと固定していた。


 すると――驚くべきことが起きた。

 ユーリの両足に頭部と右腕を捕獲されたまま、相手選手が強引に上半身を起こしたのだ。


 ユーリの身は無防備な状態で、高々と持ち上げられてしまう。

 相手選手は一メートル以上の高みから、ユーリの身をマットに叩きつけた。


 だが、ユーリは背中を丸めつつ、墜落の瞬間に右腕でマットを叩き、柔道の受け身の要領で衝撃を分散させた。

 そしてその衝撃で、ユーリの両足はいっそう深く相手の首をくわえこむ。


 相手選手は再び身を起こそうとしたが、片膝をついた状態でぴたりと動かなくなった。

 そうしてユーリが拘束を解くと、相手選手はユーリの腹の上にくにゃりと沈み込む。頸動脈か何かを圧迫されて、意識を失ったようであった。


 怒号のごとき大歓声とともに、試合終了のブザーが鳴らされる。

 そして試合場には、何やら医療機器らしきものを抱えたスタッフが何人もなだれこんでいた。


 そして――そのひとりが意識を失った相手選手を脇にどけると、残る三名がユーリを取り囲んだ。

 医療機器も、相手選手ではなくユーリのほうに繋げられていく。どうやらユーリも意識を失っているらしく、スタッフたちにされるがままであった。


「ど、どうしたんでしょう? 勝ったのは、ユーリさんのほうですよね?」


 めぐるが誰にともなく問いかけると、町田アンナが「うん」とだけ答えた。

 その鳶色の瞳は、食い入るように画面を見つめている。そして、町田家の全員がひどく真剣な表情になっていた。


 画面上では、ユーリを取り囲んだスタッフのひとりが何か大きな声をあげている。

 すると、客席の熱狂もおさまっていき、ついにはしんと静まりかえった。


 何だか、異様な雰囲気である。

 そもそもどうして、ユーリまで意識を失ってしまっているのか――めぐるはどんどん不安な心地になってしまった。


「ユーリさんは――」


 と、和緒が何か言いかける。

 その瞬間、ぐったりと横たわっていたユーリがぴょこりと半身を起こし、ねぼけまなこで周囲を見回した。

 それと同時に、客席から歓声が爆発する。そして、町田家の面々も安堵の息をついた。


「うー、ひやひやした! でも、今回も大丈夫だったねー!」


「ああ。見てるこっちまで、心臓がどうにかなりそうだよ」


 町田家の父親もどこかぐったりした様子で、湯飲みのお茶をがぶりと飲み干す。

 そして和緒が、あらためて発言した。


「ユーリさんは試合が終わると、いつも意識を失っちゃうんだってよ。その間は呼吸も心拍も確認できないって聞いたけど……どうやら、冗談じゃなかったみたいだね」


「うん。ウチが格闘技をやめる、一年ぐらい前からかなー。こんなんだから、日本の外では試合ができないんだよねー」


 町田アンナの返答に、めぐるは泡を食ってしまった。


「こ、呼吸や心拍が確認できないって、どういうことですか? それじゃあまるで、死んでるみたいじゃないですか?」


「うん。ユーリはずいぶん前の試合で、頭を大ケガしてるんだよ。それで一年がかりで復活したら、髪も肌も真っ白になっちゃってたの。で、こーゆー風になっちゃったんだよねー」


「あれからもう、四年以上も経ってるわけね。相変わらず、原因はわからないそうよ」


「でも、あれからユーリはいっそう強くなったからな! きっと神様か何かが、強さと引き換えに何かを持っていっちまったんだろう!」


 町田家の父親は元気を取り戻したが、めぐるは惑乱するいっぽうである。

 すると和緒が、さらに言葉を重ねた。


「あたしはネットの適当な記事しか目にしていないんですけど、それはみんな演出や芝居だって噂もありますよね。実際のところは、どうなんですか?」


「わはははは! それはありえんな! このイベントなんかは海外の団体との共催なんだから、そんな茶番にはつきあってくれないさ!」


「そーそー! だいたいユーリはこのわけのわかんない症状のせいで、海外の団体をクビになっちゃったんだしさ! それも、その団体のチャンピオンになってすぐの話なんだよー? あのまま海外で活躍してたらファイトマネーだってガッポガッポだったんだから、そんなウワサは的外れさ!」


 そう言って、町田アンナはにっこり微笑んだ。


「それに、ウチらだってユーリに会ったじゃん? ありゃーそんな大がかりなイカサマができるヒトじゃないっしょ! なーんか、本能だけで生きてるようなフンイキだったしさ!」


「まあ、そうかもね」と応じながら、和緒はめぐるの頭を小突いた。


「そんなわけで、ユーリさんはそんな状態でもう何年も選手活動を続けてるんだよ。初めて試合を目にしたあんたがやきもきしたって、しかたないさ」


 めぐるはいったんまぶたを閉ざし、騒ぐ心臓をなだめながら「そうだね」と答えた。

 それからあらためて画面のほうを見てみると、ユーリがレフェリーに腕を掲げられている。ユーリはまだ半分寝ぼけているような面持ちであったが、それでも嬉しそうに笑っていた。


 そのふにゃふにゃとした笑顔を見つめていると、めぐるの目頭が熱くなってくる。

 ユーリはそんな覚悟をもって、試合の舞台に立っているのだ。試合をするたびに呼吸や心拍が止まってしまうというのは――文字通り、試合に生命を懸けているということであった。


(本当に……なんて人なんだろう)


 それは格闘技の話であるために、めぐるなどには見習いようもない。

 ただ、めぐるの胸にはどうしようもないぐらい熱いものがあふれかえっていたし――今は無性に、ベースを弾きたくてしかたがなかった。

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― 新着の感想 ―
改めて別視点で大晦日の対戦読むと感懐ありますね。そして特に感銘を受けためぐるさんと栗原さんがどう反応するのか気になりますね。
久しぶりにユーリとうりぼうの試合が見れて感動です!怪我をしつつもトップランカーとしてやっていけて良かった・・・ でも未だに鞠山さんがトップランカーなのが一番凄いかもw
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