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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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03 荒ぶる新年③

 アイネという選手が負けてしまった後も、町田家における試合観戦は着々と進められていった。

 次に登場したのは、灰原なる選手である。その名前には、めぐるも確かに聞き覚えがあったが――しかし彼女はバニーガールのようなレオタードの姿で、金色に染めた髪をウサギのように結っており、選手紹介の場においては『バニーQ』などという珍妙なリングネームでアナウンスされていた。


「この灰原さんは、猪狩さんと同じ海外の団体に所属しているんです。一度は王者にまでなったんですけど、怪我から復帰した猪狩さんにベルトを取り返されちゃって、今ではランキング二位ですね」


 親切な町田ローサが、そんな風に説明してくれた。

 そして、選手のプロフィール画面に表示された年齢に、めぐるは驚かされてしまう。彼女は美人で、ついでにきわめて女性らしいプロポーションをしていたが、すでに三十二歳という年齢であったのだ。彼女は秋葉原のライブ会場でも子供のようにはしゃいでおり、印象としては二十代の前半ぐらいに見えたものであった。


 そして彼女のファイトスタイルというものは、先刻のアイネよりも荒々しかった。

 アイネと灰原は同じ階級、つまりは同じ体重であったが、そうとは思えないほど力強い所作であったのだ。相手はやはり外国人選手でがっしりとした逞しい体格をしていたが、防御の上からくらったパンチで何度もよろめいていた。


 しかしこちらも時間内には決着が着かず、僅差で灰原という選手の勝利である。

 そこで喜びを分かち合っていたセコンドのひとりにも、めぐるは見覚えがあった。きわめて雄々しい容姿をした、格好のいい女性である。ライブ会場では、こちらの女性が要所で灰原なる選手をたしなめていたように記憶していた。


 そして、その次に登場したのは――犬飼京菜なる選手である。

 こちらの女性には、会ったことがない。ただ、『KAMERIA』のステージを観たユーリが、めぐるを見ているとこの人物を思い出すなどと評していたのだった。


「ほらほら、見た目はちょっとシバちゃんに似てるっしょ?」


 笑いながら、町田アンナがそう言った。当時から、外見はめぐるよりも柴川蓮に似ているという話であったのだ。

 確かに、ぎょろりと大きな目や不機嫌そうな仏頂面、それにちまちました体格などは、柴川蓮に似ているようである。また、柴川蓮の金色に染めたスパイラルヘアーに対して、こちらはおそらく天然で茶色がかったボリューミーな癖毛をひとつの三つ編みにまとめあげていた。


 ただ――迫力のほどは、比較にもならない。

 アイネや灰原という選手もたいそうな迫力であったが、こちらは殺気の塊のごとき風情であったのだ。その大きな目には、それこそ相手選手を喰い殺そうとしているかのような激情が燃えさかっていた。


 それでいて、彼女はめぐるや柴川蓮よりも小さかった。

 プロフィール画面に、背丈は百四十二センチ、体重は四十キロと表示されていたのだ。なおかつ、こちらの試合は四十八キロ以下という取り決めであったのだった。


「犬飼さんって、昔からちっこかったんだよねー。で、体重もぜんぜん増えないから、海外の団体にはスカウトされなかったんだってさー」


「その代わり、国内では絶対王者ですし、海外の強豪選手にも負けなしですよ。ユーリさんともども、無冠の王者なんて言われてます」


「あはは! 二人とも、日本の団体では王者なのにねー!」


 町田家の三姉妹が、そんな説明を施してくれた。

 然して、その試合内容は――壮絶のひと言である。犬飼京菜はフェンスに囲まれた試合場の中で生ける竜巻のように暴れ狂い、ものの一分足らずで相手をノックアウトしてしまったのだった。


「《ビギニング》の元王者が相手でも、これか! やっぱりこいつの実力は本物だな!」


「そんなことは、もう何年も前からわかっていたけれどね。でも、世界の舞台に進出できなくても腐らずに実力を上げているのは、立派なものだわ」


 町田家のご両親も、感じ入った様子でそのように評していた。

 そしてめぐるは、和緒に頭を小突かれる。


「ユーリさんはあんたを見て、このお人を連想したわけだね。ふにゃふにゃしてるけど、あんたの凶暴性を正しく見抜いてたってわけだ」


 めぐるとしては、返す言葉が見つからない。それぐらい、犬飼京菜というのは凶悪で鮮烈な存在であったのだ。何をどのように考えても、めぐるとの共通項などは見当たらなかった。


 そしてお次は、ついに鞠山花子の登場である。

 リングネームは、『まじかる☆まりりん』だ。たしか音楽活動の場でも、鞠山花子はその名を名乗っているはずであった。


 そんな鞠山花子も、先刻の灰原に負けないぐらい珍妙な格好である。

 ステージではアッシュシルバーの髪がアッシュブロンドに染めあげられており、首から下はフリフリのワンピースめいた衣装――いわゆる魔法少女のコスチュームであったのだ。こんな姿で試合をすることが許されるのかと、めぐるは呆気に取られてしまった。


 ただしよくよく見てみると、その華美な衣装も材質はスポーツウェアのそれであるようだ。なおかつ遠目にはロングブーツを履いているように見えたものであるが、それもロングスパッツにプリントされたデザインに過ぎなかった。


 しかし、華美であることに変わりはないし、入場の際にはステージと同じくバトン芸を披露していた。

 入場曲も、自身の楽曲である。ただし、『ヴァルプルギスの夜★DS3』とはまったく異なるポップな曲調で、鞠山花子の独特の歌声が別の意味で際立っていた。


(鞠山さんにとっては、こういう曲調がメインなんだよね)


 鞠山花子は十年以上も前から音楽活動に取り組んでおり、ダークサイドと銘打ってヘヴィロックに着手したのはこの近年であるという話であったのだ。つまり、めぐるが見知っているのはのきなみ裏の顔であるわけであった。


 なおかつ、鞠山花子もユーリも本業は格闘技なのだと聞いている。

 めぐるはついに、鞠山花子の真の姿を目にするわけであった。


「前々から思ってたけど、鞠山さんは独特の体型だよね」


 と、和緒はそんな言葉をこぼしていた。

 鞠山花子はめぐると同程度の背丈であるという印象であったが、プロフィール画面によるとめぐるよりも二センチほど小さい。普段はブーツで底上げされているようであった。

 そして階級は、五十二キロ以下だ。それはアイネや灰原と同じ階級であったが、背が低い分ずんぐりとした体格であるわけであった。


 いっぽう相手選手は鞠山花子よりもわずかに背が高く、きわめて逞しい体格をしている。やはり外国人選手というのは、骨格からして違っているのだろう。これは鞠山花子に限った話ではなく、どの外国人選手でも日本人選手よりひと回りは大きいように思えてならなかった。


 そして、かねてより気になっていた鞠山花子の年齢は――『Age:forever 15 ???』という表記で隠蔽されていた。


「さあ、鞠山さんは正念場だな! これに勝てたら、大金星だぞ!」


 町田家の父親は、いっそう熱心に身を乗り出している。どうやら鞠山花子は、アイネや灰原よりも実績のある難敵と対戦するようであった。


「正直これは、相手選手に花を持たせようっていうマッチメイクよね。今では海外に進出した灰原さんのほうが鞠山さんよりも実績を積んでいるのに、それよりもランクの高い相手をぶつける理由がないもの」


「うん。去年なんかは、日本人選手が全勝しちゃったからね。海外のプロモーターとしては、どこかでバランスを取りたくなるんじゃないかなぁ」


「でも、まりりんだったら勝ってくれるよー! 無敵の魔法少女だもん!」


 町田家の面々が評する中、試合開始のブザーが鳴らされる。

 すると、鞠山花子はぴょこぴょこと円を描くようにステップを踏み始めた。その容姿から連想される、カエルのような挙動である。


 相手選手がそれを捕まえようとすると、豪快なパンチや蹴りで迎え撃つ。

 見知った相手が手馴れた所作で攻撃を振るうさまというのは、実に新鮮かつ非現実的な光景であった。


 しかし、鞠山花子の攻撃をくらっても、相手選手はびくともしない。

 やはり、体格の違いが影響しているのだろう。たとえ同じ体重であっても、力感がまったく異なっているのだ。


「ボクシングなんかでも計量の後に何キロも体重を戻すのが普通だって聞いたことがあるけど、MMAも同様なのかな?」


「そうだねー。この二人は、どっちも五キロ以上は戻してると思うよー。普段の花ちゃんさんは、どう見ても六十キロ近くあると思うもん」


 確かにめぐるも、鞠山花子が五十二キロというのは軽すぎるように感じていた。彼女は手足も胴体も指先までもがころころとしており、どこもかしこも肉厚であったのだ。いま画面上で跳ね回っている姿も、普段通りの丸っこさであった。


 いっぽう相手選手は腕や肩に筋肉が盛り上がっており、背中などは男性のように逞しい。骨格の違いばかりでなく、筋肉量にも大きな差がありそうだった。


 その体格差で、鞠山花子の攻撃はすべて無効化されてしまっている。

 そして、相手選手が満を持して右腕を振りかぶったため、めぐるは思わず目を閉じそうになってしまった。


 相手の拳の勢いに押されるようにして、鞠山花子は後方に倒れ込んでいく。

 ただし、その拳は鞠山花子の身に触れていない。それを回避するために、鞠山花子は自ら倒れ込んだのだ。


 そうして鞠山花子が背後に倒れ込むと、何故だか相手もつんのめるようにして倒れ込んだ。

 どうやらめぐるが上半身の動きを追っている間に、腰から下で何かが起きたらしい。そして、相手選手もめぐると同様に、まったくそれに気づいていなかったのだった。


 そして気づけば、倒れ込んだ鞠山花子が横合いから相手選手に絡みついている。

 虚を突かれた相手選手は対応が遅れて、瞬く間に上を取られてしまった。


 相手選手に馬乗りになった鞠山花子は、悠然たる面持ちで拳を振るい始める。

 相手選手は暴れ回り、なんとか鞠山花子の身を振るい落とそうとしたが、どれだけ暴れても効果はなかった。まるで、暴れ馬を乗りこなすロデオのようなたたずまいである。


 ただし、鞠山花子の拳もすべて防御されてしまっている。

 立った状態でも寝た状態でも、鞠山花子の攻撃はまったく効いていないようであった。


「やっぱ、相手は頑丈だねー」

「そりゃあこいつは、《アクセル・ファイト》の元王者だからな! 技術もフィジカルも一級品だ!」

「それに、ルーツはレスリングだしね。いくら鞠山さんでも、ポジションキープを続けるのは難しいわよ。マウントより、ハーフガードに持ち込むべきじゃないかしら」


 町田家の面々はそのように語らっていたが、画面の向こうには届かない。そもそもこれは、昨日行われた試合の映像であるのだ。


 なおかつめぐるも、若干の不安を覚え始めた。攻勢に出ている鞠山花子のほうが、いつしか滝のように汗を滴らせていたのだ。


「あれだけのパワーを持つレスリング巧者を抑え込むには、相当な集中力が必要だからな! 上を取ってるのに、スタミナを削られかねないぞ!」

「有利な状況でスタミナを削られるって、ずいぶんな話だよね。それだけ、相手のレベルが高いってことか」

「マウントまで取って手応えをつかめなかったら、この後の展開にも影響が出てしまうわね。まだまだ序盤だけど、ここが勝負どころよ」


 めぐるには理解しきれない言葉の数々が、いっそうの不安を煽っていく。

 すると――鞠山花子がこれまで以上の勢いで、拳を振るい始めた。


 相手選手も暴れるのをやめて、しっかり防御を固める。

 その逞しい両腕に、鞠山花子の拳が何度となく叩きつけられたが――相手選手は痛痒を覚えた様子もなかった。


「よくないな! 無駄なパウンドでスタミナを削るなんて、鞠山さんらしくないぞ!」

「うーん……下からのプレッシャーで、焦っちゃったのかなぁ」

「だとしたら、危ないわね。たとえこのラウンドを取ったとしても、その後が続かないわよ」


 それでも鞠山花子は、延々と拳を振るい続けている。

 大量の汗が飛び散って、いつしかその口も酸素を求めて大きく開かれていた。


 そして、鞠山花子がひときわ大きく右腕を振り上げると――相手選手が、いきなり腰を跳ね上げた。

 完全にバランスを崩した鞠山花子は、背中の側に倒れ込む。


 鞠山花子の重量から解放された相手選手は、すぐさま半身を起こそうとした。

 しかし、後方に倒れ込んだ鞠山花子はその過程で身をよじり、今度は相手の下半身に組みついていた。


 相手の右足を両足ではさみこみ、両腕で抱きかかえる。相手の右足一本に、鞠山花子が全身でしがみついた格好だ。

 そうして鞠山花子が背中をのけぞらせると、相手選手の右足が弓のように反り返り――相手選手は野太い絶叫とともに、鞠山花子のずんぐりとした背中を手の平で何度も引っぱたいた。


 それは、ギブアップの意思表示である。

 めぐるが呆気に取られている間に、身を起こした鞠山花子が貴婦人のごとく優雅な一礼を見せた。

 ただし、全身が汗だくで、ぜいぜいと息をついている。いきなりの逆転劇であったが、鞠山花子の疲労も決して芝居ではなかったようだった。


「うわー、勝っちゃったよ! アレを狙って、無茶なパウンドを続けてたってこと?」

「ありえるわね。鞠山さんは、計算高さで有名だもの」

「しかし、イチかバチかの勝負だったな! 実際にスタミナを削ったんだろうから、あれをかわされてたら危なかったぞ!」

「相手の力量を感じて、一気に勝負をかけたのかもね。鞠山さんは、勝負どころもわかってる人だから」


 町田家の面々は、大いに盛り上がっている。

 それでめぐるもひそかに息をついていると、和緒に頭を小突かれた。


「見なよ、あれ。下手したら、靭帯がどうにかなっちゃったかもね。……やっぱり、鞠山さんには逆らわないほうがよさそうだ」


「あはは。きっと鞠山さんは、外で暴力を振るったりはしないよ」


 めぐるが笑顔を返すと、和緒はやわらかく目を細めた。


「あんたも栗原さんも、意外と荒っぽいシーンに強いみたいだね。こっちとしては、ひと安心だよ」


「うん。途中では、ちょっと心配になっちゃったけどね」


 しかし今、鞠山花子はレフェリーに腕を掲げられて、にんまりと笑っている。

 そのふてぶてしさに、変わるところはなかったが――きっとその胸中には、喜びの思いがあふれかえっているのだろう。格闘技に興味を持てないめぐるでも、敬愛する相手が満足な結果を得られたならば、とても喜ばしい気持ちであった。

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