-Track 2- 01 冬支度
2026.3/11
今回の更新は全6話です。毎日更新いたします。
コッフィを迎えた三日間が無事に終焉すると、その後の日々は瞬く間に流れ過ぎていった。
コッフィがやってきた時点で、時節は十二月に突入していたのだ。十二月の中盤には期末試験という楽しからぬイベントがはさまっているため、いっそう慌ただしい日々であった。
部室を使用できない試験期間を乗り越えたならば、ついに楽しい冬休みである。
めぐるの冬休みの予定は『ジェイズランド』における年越しイベント一本であったが、楽しいことに変わりはない。なおかつ本年も、十二月の三十日から年明けの三日まで町田家に滞在しては如何かというお誘いを受けることになったのだ。これではめぐるの幸せな気持ちも、上昇するいっぽうであった。
そしてその前に待ちかまえているのは、クリスマスである。
めぐるたちの通う高校では、本年もクリスマスイブが冬休みの始まりであった。それでまたもや、町田家のクリスマスパーティーに招待されたのだ。つくづく『KAMERIA』の冬休みは、町田家のご家族の温情によって彩られているのだった。
さらに今回は、二名のゲストが増えている。
誰あろう、野中すずみと北中莉子である。
事の発端は、野中すずみであった。こちらの事情を知らない彼女が、軽音学部の部員一同でクリスマスパーティーをしないかとおずおず提案してきたのだ。
「クリスマスイブには、ウチの家でパーティーをする予定なんだよー! よかったら、すずみんたちも来るー?」
野中すずみは二つ返事で了承し、北中莉子は一蓮托生である。なお、森藤と小伊田は受験勉強の真っ只中であり、嶋村亨と山田美琴は二人きりでクリスマスイブを過ごす予定を立てていたため、追加のゲストは彼女たち二名のみであった。
意外というか何というか、野中すずみと北中莉子が町田家にやってくるのは、これが初めてのこととなる。
まあ、めぐるたちが町田家に集まるのはいつも『KAMERIA』のイベントがらみであったので、余人が加わる機会もなかったのだ。今回はバンド活動と関係のないクリスマスパーティーであったため、ようやく参加の機会が生まれたのかもしれなかった。
そこでめぐるは、ひとつの事実を再確認させられることになった。
世間的に、妙齢の女子が外泊することはそうそう簡単には許されないのだという事実である。
町田アンナが「もしよかったら」という前置きをつけて一夜の宿泊を提案したところ、なかなかの騒ぎに発展してしまったのだ。
結論から言うと、両名の宿泊は無事に許されることになった。ただその前段階として、両家の親御さんが手土産を持って町田家を訪れることになったのだ。なおかつそれは、町田家があやしい家でないかを確認するための視察に他ならなかったのだった。
「うちの親は、けっこうこういう話に厳しいんです。ご迷惑をおかけして、本当にすみません」
と、野中すずみはとても申し訳なさそうにしていたが、べつだん彼女が謝る筋合いではないだろう。彼女のご両親も大事な娘の身を案じているだけなのだから、それを非難することはできなかった。
「『KAMERIA』のライブに通うようになってから、帰りが遅くなることもしょっちゅうでしたしね。せっかく進学校に入った娘が非行に走ったんじゃないかって、親御さんも心配してるんですよ」
仏頂面でそんな風に語っていたのは、北中莉子である。
ただし、もっとも厳しい態度で町田家にやってきたのは、彼女の父親であったらしい。彼女の父親は現役で柔道の道場に通っており、きわめて厳格な気性であるようなのだ。母親のほうがおっとりしているぶん、父親は決闘に臨むような迫力であったとのことであった。
「……でも、うちの父親はすっかり懐柔されて戻ってきましたよ。町田先輩のご両親は、ずいぶんなやり手ですね」
「あはは! うちはとにかく、マイペースな家風だからねー! りっちーの親父さんも、こっちのペースに呑まれちゃったかー!」
「しかもうちの父親は、総合格闘技ってもんに否定的なスタンスなんですよ。あんなものには武道精神の欠片もないって、しょっちゅう息巻いてたんです」
「ふーん! ま、考え方は人それぞれだし、ウチは引退した身だからなー! 何にせよ、二人とも外泊にオッケーをもらえてよかったねー!」
すると、北中莉子は八つ当たりのように『KAMERIA』のメンバーを見回してきた。
「先輩がたのご家族は、『KAMERIA』の活動に何の文句もつけていないんですか?」
「おうよ」と真っ先に応じたのは、和緒である。
「何せうちは、名うての放任主義だからね。……あーだけど、去年は年越しイベントの関係で里帰りをボイコットしたら、血が出るまでぶん殴られたなぁ」
「……冗談でも、そういうことを言うのはよくないと思いますよ」
「じゃ、デコレイトした部分を取っ払おう。怒り狂う母親にビンタされたら、爪が当たって顔面を引き裂かれたんだよ。ま、一週間ていどで完治したけどね」
和緒が真顔でそのように語ると、北中莉子は疑り深そうに眉をひそめた。
しかしそれは、厳然たる事実である。それでめぐるは昨年のクリスマスイブに、たいそう心を痛めることになったのだった。
しかもあれは、娘を思いやってのことではない。親族間の体面を重んじる母親が、怒りにまかせて暴力を振るっただけの話であるのだ。北中家や野中家のご家族とは比べるべくもない、非道な行いであるはずであった。
しかし現在では和緒も里帰りの慣習から解放されて、自由気ままに過ごしている。そしてそれ以外の私生活に関しては、最初からノータッチであったのだ。
また、祖父母と絶縁状態であるめぐるも、ピアノをやめたことで家族に愛想を尽かされてしまったという栗原理乃も、いっさい干渉を受けることなく町田家に宿泊し放題である。それがどれだけ特殊な例の集まりであったかを、今回の一件で思い知らされたわけであった。
(わたしは、気楽な身分でよかったなぁ)
めぐるなどは、そんな風に考えてしまっている。
もとよりめぐるは、家族が健在であった頃から折り合いが悪かったのだ。どれだけ頭をひねっても、家族との心温まる思い出などはどこにも存在しなかった。
だからめぐるは家族を失ったときも、取り立てて悲しみは感じなかった。当時のめぐるは熱を出して寝込んでいたため、夢うつつの間にすべてが終了していたというのが正直なところであった。
だが――現在のめぐるが気楽な身分を喜べるのは、すべて『KAMERIA』のおかげである。
めぐるは『リペアショップ・ベンジー』でリッケンバッカーのベースと出会うまで、ふわふわと漂うように生きていたのだ。苦しさを感じることもない代わりに喜びを感じることもなく、ただ、和緒と接していた時間だけ温かな心地でいることができた。そんな時代には、自分の境遇を顧みる機会すらなかったのである。
そんなめぐるが、今では自分の境遇をありがたいとすら感じている。
誰に干渉されることもなく、好きなだけバンド活動に打ち込めることを、何よりありがたく思っているのだ。外泊ひとつで親が顔色を変えてしまう野中すずみたちのことが、気の毒に思えるほどであった。
しかしその代償として、めぐるは二十歳までに身を立てる算段を立てなければならない。二十歳になったら今の離れを追い出されてしまうため、自分で住む場所と生活費を確保しなければならないのだ。
だからそれで、差し引きゼロなのだろう――と、めぐるはそんな風に考えている。
めぐるよりも恵まれた人間はたくさんいるのだろうけれど、めぐるよりも恵まれていない人間もたくさんいるはずだ。めぐるは与えられた環境で、苦楽の両方を噛みしめるしかなかった。
◇
そうしてやってきた、十二月二十四日――冬休みの初日たる、クリスマスイブである。
その日は土曜日であったので、午後の六時までは部室で練習だ。一年生バンドは嶋村亨が山田美琴とデートであるために、『KAMERIA』が最初から最後まで練習を楽しむことができた。
目下の課題は、一週間後に迫った年越しイベント――そして、一月と二月のライブである。
この頃には、来年のスケジュールもついに確定していた。一月は若手バンドを集めた通常ブッキング、二月は『V8チェンソー』の周年イベントとなる。『KAMERIA』は本年も『V8チェンソー』の周年イベントに誘ってもらえたので、自動的に一月の内容も決定したわけであった。
「で、けっきょくその日は、ウチらがトリなんだもんねー! テンチョーの期待を裏切らないように、しゃかりきに頑張ろー!」
町田アンナは、そんな具合に気合をあらわにしていた。
『V8チェンソー』の周年イベントには、『マンイーター』や『バナナ・トリップ』も出演する。それで『KAMERIA』の一月のブッキングはそれらのバンドとの対バンが避けられて、若手バンドのイベントに定められたのだった。
「でも、ヴァルプルが出られないのは残念だったねー! まー、まりりんさんが日本にいないんじゃ、しかたないけどさー!」
鞠山花子はちょうどその時期、余所の選手のセコンドにつくために海外まで出向く予定があるそうで、『ヴァルプルギスの夜★DS3』は出演を見合わせることになったのだ。めぐるとしても、残念な限りであったが――しかしその代わりに、『バナナ・トリップ』が出演するのである。これで『ヴァルプルギスの夜★DS3』も出演していたならば、枠が埋まって『KAMERIA』の出番がなかった可能性もあった。
「それよりうちらは、リハができない深刻さを噛みしめるべきじゃないのかな。ブイハチの皆様方も、よくもまあこんな試練を与えてくれるもんだよ」
「あはは! 去年はたまたま日曜日だったけど、周年イベントだと日取りが決まってるから曜日を選べないもんねー! ウチらの周年はどうあがいたって夏休み期間だから、ラッキーだったねー!」
「そしてその前に、テンタイの周年イベントにもお呼ばれされるのかね。ちなみにそっちも、平日ど真ん中だよ」
「来年のことは、来年考えよー! まずは年越しイベントを乗り越えないとねー!」
とはいえ、年越しイベントの持ち時間は十五分であるので、『KAMERIA』は現段階から一月のライブに備えた練習も重ねている。さらに言うならば、一月のセットリストは二月のライブまで見越して決定する必要があった。
よって現在は、さまざまな曲順の組み合わせを試すことが練習の主たる内容になっている。
本日もそんな楽しい時間を過ごして、午後の六時を迎えたわけであった。
「れ、練習お疲れ様でした! 今日はよろしくお願いします!」
町田家の最寄りのバス停で降車すると、そこにはすでに野中すずみと北中莉子が待ち受けていた。
野中すずみはもこもこのダッフルコート、北中莉子は登山家のようなダウンジャケットだ。もちろん制服姿のめぐるたちも、スクールコートにマフラーや手袋まで着用した冬仕様であった。
「あ、めぐる先輩! よかったら、ベースをお持ちします!」
「あ、いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「そ、そうですか。それじゃあせめて、バッグだけでも……」
今回は、当日に着替えの詰まったバッグを持参したのだ。めぐるが熱意に負けてバッグを差し出すと、野中すずみはとても嬉しそうに瞳を輝かせた。
いっぽう和緒は無言のまま、北中莉子の顔をじっと見つめている。和緒もまたスポーツバッグを抱えつつ、めぐるのエフェクターボードも肩代わりしてくれていたのだ。北中莉子は仏頂面で、「なんですか?」と和緒の視線に応じた。
「いや。北中さんはどう動くかと思って、じっくり観察させてもらってただけだよ」
「……あたしだって自分の荷物があるんですけど、先輩の分まで肩代わりするべきなんですか?」
「そんなことは言っちゃいないさ。ただ観察してるだけだよ」
「……わかりましたよ。そんなに後輩をこき使いたいんなら、さっさとよこしてください」
「いやいや。膝に故障を抱える北中さんに、そんな真似はさせられないさ。お気持ちだけ、ありがたくもらっておくよ」
「だったら、このやりとりは何だったんですか!」
北中莉子がわめきたてると、町田アンナが「あはは!」と笑った。
「相変わらず、二人は仲良しさんだねー! じゃ、我が家に向かってしゅっぱーつ!」
そうして先頭を切って歩き出した町田アンナこそ、自前のギグバッグとエフェクターボードを抱えた一番の大荷物である。しかし彼女は誰よりも力感にあふれかえっているため、誰も肩代わりしようと言い出せないのかもしれなかった。
ともあれ――いよいよクリスマスパーティーである。
そしてその後は、野中すずみたちを迎えての初めてのお泊り会だ。めぐるとしては胸が高鳴るほどではなかったものの、ただ胸いっぱいにじんわりとした温もりを感じてやまなかった。




