表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

348/358

09 終幕

『どうもありがとぉ。名も無き四人の演奏隊でしたぁ』


 浅川亜季がそのように告げると、店中からものすごい勢いで歓声と拍手が届けられてきた。

 そして、もっともはしゃいでいるのはステージの目の前に陣取った町田アンナである。和緒は普段通りのポーカーフェイス、栗原理乃はいくぶん曖昧な笑顔、北中莉子は仏頂面、嶋村亨と山田美琴は屈託のない笑顔――そして、野中すずみはぽろぽろと涙をこぼしながら、拍手を打ち鳴らしていた。


 けっきょくめぐるたち四人は、三十分にも及ぶステージをこなすことになったのだ。

『あまやどり』の次には『V8チェンソー』の『夏が欠けた世界』を演奏して、それで夏の合宿で築いた持ち曲は終了であったが、さらに浅川亜季が続々と新たな提案をしてきたのである。


 その内容は、『KAMERIA』がSNSで公開している持ち曲の別アレンジバージョンであった。

 バラード調の『転がる少女のように』、テンポを落としてダークな雰囲気を強調した『凝結』、ファンク調の『小さな窓』といったラインナップである。そうしてさまざまな曲調にチャレンジすることで、コッフィがどれだけの力量を備えているかがあらわにされていた。


 それにやっぱり、浅川亜季とハルの力量も大したものである。彼女たちは動画を参考にして多少の前準備をしてきたのであろうが、それでも準備期間は一日しかなかったのだ。それでも彼女たちは『KAMERIA』の楽曲から新たな魅力を引き出した上で、コッフィの自由奔放なる音色を真正面から受け止めてみせたのだった。


 いっぽう、めぐるは――疲労困憊である。

 めぐるこそ、もっとも楽曲の内実をわきまえている有利な立場であったのに、コッフィたちの演奏についていくのがやっとであったのだ。


 しかしそれでも、めぐるも最後まで駆け抜けることができた。

 自分の演奏を客観視することは難しかったが、みんなの笑顔や野中すずみの涙であるていどは察することができる。めぐるはめぐるなりに、自分のベストを尽くせたようであった。


「いやー、楽しかったのー! 小動物ちゃんもにゃんこ美人ちゃんもボーイッシュちゃんも、みんなサイコーじゃー!」


 と、いきなりコッフィの声が響きわたるや、めぐるの首に彼女の腕が巻きついてきた。

 横合いからめぐるの肩を抱きつつ、コッフィが頭に頬ずりをしてくる。メンバーたちの目の前であったのでめぐるは気恥ずかしい限りであったが、今は脱力して逃げることもかなわなかった。


「本当は、爆音で楽しみたかったんじゃがのー! でも、アコースティックではサイコーの出来栄えじゃ! みんな、げにありがとのー!」


「うんうん。あたしも、楽しかったよぉ」


「ほんとだよねー! この前のステージとは、またひと味ちがう楽しさだったなー!」


 そうしてステージのスペースで四人が騒いでいると、エプロン姿の店長が笑顔で近づいてきた。


「みんな、お疲れさん。いやぁ、ひさびさに胸の躍る演奏を聴かせてもらったよ。一杯ずつおごるから、好きなドリンクをオーダーしてくれ」


「やったぁ。あたしは、ビールでよろしくぅ」


「あたしは車で来ちゃったから、ジンジャーで! めぐるちゃんは、どうする?」


「あ、はい……それじゃあ、ウーロン茶で……」


「うちは、バーボンでお願いするわー! 今日はめでたい日じゃけぇのー!」


「了解。テーブルで待っててくれよ。片付けは、あとでいいからさ」


 ということで、めぐるたちは楽器をそのスペースに置いたまま、『KAMERIA』の面々と合流することになった。


「いやー、マジですごかったよー! コッフィさんも、満足できたっしょ? カンペキにブレーキ外れてたもん!」


 まずは、満面に笑みをたたえた町田アンナがそのように告げてきた。


「でも、羨ましいし、悔しいなー! ウチも暴れまくるめぐるとセッションしてみたいよー!」


「あはは。それは、ないものねだりかもねぇ。めぐるっちのリミッターが外れたのは、自分よりキャリアのある相手に食らいつこうっていう火事場の馬鹿力だろうからさぁ」


 テーブル席の一画に腰を下ろしながら、浅川亜季は年老いた猫のような笑顔でそのように答えた。


「対等の相手と今みたいなセッションを楽しむには、全員のスキルアップが必要だと思うよぉ。ま、来年や再来年には実現するんじゃないかなぁ」


「よーし! それなら、練習あるのみだねー! みんな、がんばろー!」


「何を頑張りゃいいのか、さっぱりだけどね。……あんた、なんか食べたほうがいいんじゃない?」


 クールな面持ちをした和緒が、優しい言葉を投げかけてくる。

 めぐるは放埓な心地で、「うん」と笑ってみせた。


「でも、今は疲れてて何も咽喉を通りそうにないから……飲み物を飲んで、様子を見てみるね。心配してくれて、ありがとう」


「ふん。骨は拾うっていう約束だったからね」


 和緒は優しく目を細めながら、めぐるの頭をそっと小突いてくる。

 そこに、コッフィがにゅっと首をのばしてきた。


「みんなもあれこれ、ありがとのー! 次はバンドでセッションできる日を楽しみにしとるけぇのー!」


「浅川さんいわく、それには一、二年かかるそうですよ。その頃には、バナトリも手の届かない存在になってるんじゃないですか?」


「そがいなもん、関係ないわ! あんまり待たしたら、また押しかけちゃるけぇのー!」


 コッフィはなめらかな頬を紅潮させつつ、子供のような笑顔であった。

 まあ、コッフィが無邪気であるのはいつものことだが、今は目の輝きが違っている。いつでも明るく輝くその瞳は、それこそ恒星のようにきらめいていた。


 そこに四人分のドリンクが運ばれてきたため、あらためて祝杯が交わされる。

 コッフィは声も高らかに「かんぱーい!」とグラスを掲げたのち、褐色にきらめくバーボンとやらをがぶりと口に含んだ。


「うーん、勝利の美酒は格別じゃのー! 今日は好きなだけ飲んだくれて、寝袋で寝るとするかのー!」


 すると――めぐるの背後から、「いけんよ」という小さな声が響きわたった。

 めぐるの頭上を見上げながら、コッフィはもともと丸い目をいっそう丸くする。そんな中、さらに何者かが言いつのった。


「深酒して野宿は危ないて言うたじゃろ? というか、野宿そのものも危ないわ」


「あれ……なんでギーナがおるん?」


「浅川さんが、連絡くれたんじゃ」


 めぐるが背後を振り返ると、そこに立ち尽くしていたのはまさしくギーナその人であった。

 ショートヘアーのインナーカラーを鮮やかなペールブルーに染めあげた、中肉中背の女性である。本日は古びたキャップをかぶり、デニムのカバーオールにカーゴパンツといういでたちであった。


「ありゃ、ギーナっちも来たんだぁ? 演奏には間に合ったのかなぁ?」


 浅川亜季がのんびりとした声で問いかけると、ギーナはぽけっとした顔で「うん」とうなずいた。


「おおかた、最初から見れた思う。……コッフィは楽しそうじゃったね」


「おうよ。……ギーナは、何か怒っとるん?」


「怒っとらんよ。コッフィが心配じゃっただけじゃ」


 テーブル席の脇にぼんやりと立ち尽くしたまま、ギーナはそう言った。


「野宿は危ないて、いつも言いよるじゃろ? あと、金も持たんで遠出するのもいけんよ。気に入った相手に嫌われたら、悲しいなぁコッフィじゃろ?」


「うん。ほんじゃが、野宿はしとらんよ。小動物ちゃんが泊めてくれんさったんじゃ」


「今回は、たまたまよ。いつも優しい相手とは限らんけぇ」


 ギーナは表情も口調も茫洋としていて、いまひとつ内心がわからない。

 しかしコッフィは、とても困った様子で眉を下げていた。


「なんでギーナがしょんぼりしとるん? ギーナがそがいな顔しとると、うちも悲しゅうなってしまうわ」


「じゃけぇ、コッフィが心配じゃっただけじゃ。うちのせいで何かあったら、取り返しがつかんもん」


「なんでよ。ギーナにゃあ何の責任もないじゃろ?」


「あるよ。うちが曲作りに没頭しとるせいで、コッフィは家を出たんじゃろ?」


「そりゃあ、ギーナの邪魔をしとうなかっただけじゃ」


「コッフィは邪魔じゃないよ。じゃが、うちのせいで家にいづらいんじゃろ?」


「ほんじゃが――」と言いかけたコッフィは、途中で溜息をついた。


「言い合いしてもしかたないわ。うちが悪かったけぇ、勘弁してな?」


 ギーナは同じ表情のまま、「うん」とうなずく。

 すると、浅川亜季がのんびり声をあげた。


「丸く収まったみたいで、何よりだねぇ。じゃ、ギーナっちも何か食べていったらぁ?」


「うん。ほんじゃが、お腹は空いとらんけぇ」


「そっかぁ。じゃ、せっかくだしセッションでも楽しんでいくぅ?」


 ギーナが不思議そうに小首を傾げると、浅川亜季はふにゃんと笑った。


「コッフィっちのあんなサックスを聴かされたら、ギーナっちもうずいちゃうでしょ? そのまんま悶々として家に帰るのは、精神衛生上よくなさそうだしねぇ。よかったら、あたしのアコギをお貸しするよぉ」


 ギーナは浅川亜季の笑顔とステージのスペースに置かれたアコースティックギターを見比べてから、「うん」とうなずいた。


「わかった。行くよ、コッフィ」


 コッフィはギーナの顔をまじまじと見つめてから、にぱっと笑った。


「ギーナと二人でやるなぁ、ひさかたぶりじゃのぉ! うちも燃えてきたわ!」


 ギーナは「うん」とだけ言って、ステージのほうに向かう。

 コッフィはグラスに残されていたバーボンをがぶがぶと飲み干してから、それを追いかけていった。


「やれやれ。これで今日は、大人しく帰ってくれそうだね」


 肩をすくめる和緒に、めぐるは「うん」と笑顔を返す。

 やっぱりコッフィとギーナは、強い絆で結ばれているのだ。それでコッフィが破天荒であるために、ギーナが苦労を抱えてしまっているようだが――二人はいつもこうやって、ひょこひょこと乗り越えていくのだろう。二人きりのセッションを終えた後には、ギーナの心も晴れ渡るのではないかと思われた。


 そうしてその後は、コッフィとギーナの二人で『バナナ・トリップ』の楽曲が披露されて――めぐるたちが迎えた三日間の騒動は、華々しく終わりを迎えたのだった。

2026.2/17

今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ