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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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344/358

05 不発

 予約をしていた五時半になるのを待って、一行はスタジオに足を踏み入れた。

『KAMERIA』の四名にコッフィと浅川亜季という、六名連れだ。見物人の浅川亜季は電子ピアノの搬入と設置を手伝ってくれた。


 いっぽうコッフィは脱いだスカジャンをハンガーに掛けると、うきうきとした面持ちでサックスのケースを開帳する。そして、横目で様子をうかがっていためぐるににぱっと笑いかけてきた。


「王子様ちゃんのアドバイス通り、けっこう稼げたんじゃ! 昼メシもドカ盛りで食えたけぇ、全力で吹いちゃるけぇなー!」


「そ、そうですか。どうぞよろしくお願いします」


 めぐるは期待と不安が入り混じった心持ちで、準備を進めることにした。

 そんな中、早々にコッフィのサックスが吹き鳴らされる。手伝いを終えて椅子に座った浅川亜季は、「おおー」と笑いを含んだ声をあげた。


「スタジオで聴くと、なかなかの音圧だねぇ。それなら、生音でもそこそこ対抗できそうだぁ」


「いやー、かわいこちゃんズは極悪な音じゃけぇ、さすがに心もとないのー。しっかりマイクもつなげさせていただくわ」


 そのように語りながら、コッフィはサックスのベルに小さなマイクを装着した。ステージでも、コッフィはそのマイクとワイヤレスの受信機でサックスの音色をPA卓に送っているのだ。あとは歌声や電子ピアノの音色と同様に、スピーカーから鳴らすことがかなうわけであった。


 めぐるたちも音を鳴らすと、コッフィはそれに合わせてミキサー卓のボリュームを調節していく。

 試し弾きの段階でコッフィのサックスが加わるだけで、めぐるにとっては十分に刺激的であった。


 いっぽう和緒はいつも通りのポーカーフェイスであるし、町田アンナは楽しげな笑顔、そして栗原理乃は――いくぶん、硬い表情だ。朝方や昼休みにも感じていたが、コッフィの招待に対してもっとも気を張っているのは栗原理乃であった。


(栗原さんはちょっと完璧主義なところがあるし、サックスの音とぶつかるのは歌やピアノだもんな。気を張るのが、当然なのかもしれない)


 そんな風に思案しためぐるは、音作りを終えたところで栗原理乃のもとに参じることにした。


「あ、あの、栗原さん……あまり緊張せずに、いつも通りの演奏を楽しみましょう」


 栗原理乃はきょとんと目を丸くしてから、「はい」と微笑んだ。


「心配をおかけしてしまって、申し訳ありません。……どんなに気を張ったって、自分の実力が上がるわけではありませんもんね」


「は、はい。栗原さんはいつも通りで、十分に素敵ですので……ペースを乱さないのが一番だと思います」


「ありがとうございます。私なんて、まだまだですけれど……遠藤さんにそんな風に言ってもらえるのは、とても心強いです」


 そのように語る栗原理乃は、とても安らいだ眼差しになっていた。

 めぐるは安堵の息をつきながら、ベースアンプのもとに戻る。そこで町田アンナが、マイクを通して宣言した。


『じゃ、準備はオッケーかなー? まずは腕ならしで、チイマドでもやってみよっかー!』


「こっちは何でもかまわないけど、コッフィさんはどうするの?」


『コッフィさんは、ご自由に! どうせたいていの曲は、ぶっつけでバッチリ合わせられるんだろーしさ!』


「ほうじゃのー。うちはテキトーに参加させてもらうわ」


 コッフィは散歩前の子犬のように、うきうきと身を揺すっている。

 その姿に心を和ませながら、めぐるはベースを構えなおした。


「そ、それじゃあ、始めますね」


 すべてのメンバーがうなずくのを見届けてから、めぐるはラインセレクターのエフェクターを踏んで歪みのサウンドを解き放った。

 スラップ奏法による、『小さな窓』のイントロである。

 その攻撃的なリフが二小節繰り返されたところで、おもむろにコッフィのサックスが重ねられた。


 狼の遠吠えを思わせる、勇ましい音色である。

 それだけで、めぐるは背中がぞくぞくとしてしまった。


 そうしてコッフィと二人きりでもう二小節を駆け抜けると、残る三名も音を重ねてくる。

 いつも通りの、心地好いサウンドだ。

 また、部室よりも機材の質が高いため、心地好さも跳ね上がる。そこに、コッフィの音色がぐいぐいと絡みついてきた。


 ギターとベースとドラムとピアノでみっしり埋め尽くされている音の渦の中に、のびやかなるサックスの音色がごく当たり前のように割り込んでくる。これだけの音の密度でも、コッフィはすぐさま自分の居場所を発見できるようであった。


 その圧倒的な存在に負けてしまわないように、めぐるはぐっと心を引き締める。

 だが――コッフィの音色は彼女らしい鮮烈さで跳ね回りながら、楽曲の調和を乱すことはなかった。


(あれ……なんだか、思っていたよりも……普通の感じかも……?)


 あの夏の野外イベントのときのように、すべてを支配されてしまいそうな圧迫感を覚えることもない。どちらかというと、『KAMERIA』の周年イベントでミサキたちをゲストに迎えた際と似た感覚であった。


 そうして楽曲がAメロに突入すると、コッフィのサックスはフェードアウトしていく。

 ピアノの演奏もいったん消えて、歌の始まりだ。栗原理乃はいつも通り、アイスブルーの稲妻めいた歌声を響かせた。


 コッフィはケースから拾いあげたクロスでサックスのマウスピースを拭きながら、ひとり小首を傾げている。

 それは、何かを不思議がっているような面持ちであった。


(なんだろう? わたしたちは、いつも通りの演奏ができているはずだけど……コッフィさんは、しっくりこないのかな?)


 めぐるとしても心配なところであるが、さりとて演奏に不備があるわけでもないので改善のしようがない。和緒のドラムも町田アンナのギターも栗原理乃の歌とピアノも、本来通りの魅力と迫力であった。


 そうして楽曲がBメロに差し掛かると、コッフィのサックスがじわじわと入り込んでくる。

 サビの盛り上がりに備えた、音圧と音数を控えたフレーズだ。とたんにめぐるは、目前に津波が迫るような圧迫感を覚えた。


 そして、サビに入ったならば――すべての音色が、鮮烈に響きわたる。

 まさしく、津波にでも見舞われたような感覚だ。


 しかし、めぐるの心がその勢いに押し流されることはなかった。

 コッフィの音色は鮮烈であるが、『KAMERIA』の音色もまったく負けていないのだ。やっぱりこれは、ミサキたちをゲストに迎えた日とよく似た感覚であった。


(コッフィさんが、手加減してくれてる……? いや、そんなはずはないよね)


 コッフィは、心地よさそうにサックスを吹き鳴らしている。

 しかしその目は、しきりにスタジオ内を見回していた。


 サビが終盤に近づいたところで、その視線がめぐるの視線とぶつかる。

 するとコッフィはサックスを吹きながら、また小首を傾げた。


 ――なんでじゃろ?


 コッフィは、そんな風に問いかけているかのようだ。

 しかしめぐるには、コッフィが何を疑問に感じているのかもわからなかった。


 そうしてその後も、『KAMERIA』とコッフィによる合奏はつつがなく進んでいき――『小さな窓』は、無事に終了を迎えた。


『いやー、初めての曲でこんなにバッチリ合わせられるなんて、やっぱコッフィさんはすっげーね! ……でも、今のは腕ならしだったのかなー?』


 町田アンナが笑顔で問いかけると、コッフィはキャスケットごしに頭をかいた。


「そがいなつもりはなかったんじゃがのー。楽しいこたぁ楽しいけど、なんか突き抜けられんかったのー」


『うんうん! フツーにかっちょよかったけど、コッフィさんはフツーじゃないもんねー! 心残りがないように、ガーンとかましちゃってよー!』


「うん……ちいと様子見で、何曲か見物させてもらうわー」


『オッケー! じゃ、好きなときに参加しちゃってねー!』


 とりあえず、その後はセットリストの定番である『孵化ハッチング』と『青い夜と月のしずく』を披露することにした。

 サックスを首から掛けたコッフィは、うずうずと身を揺すりながら見学に徹している。演奏が進むにつれて、その丸っこい目はどんどん輝きを増していった。


「やっぱ、あんたらは面白いのー! 次の曲から、もういっぺん参加させてもらうわー!」


『りょうかーい! じゃ、コッフィさんも知ってるニジタワをやってみよっかー!』


 夏の野外イベントにおいて九名でセッションした、『虹の戯れ』である。さらに先日のスリーマンライブでは、『V8チェンソー』のステージでもこちらの楽曲がセッションで使われていた。


『KAMERIA』バージョンはまるきりアレンジが異なっているものの、基本の進行は同一であるし、あの日もコッフィはバックヤードで秘密の合奏に勤しんでいたのだ。コッフィにとっては、もっとも馴染みのある曲であるはずであった。


 だが――結果は変わらずである。

 コッフィのサックスは彼女らしい魅力にあふれかえっているものの、野外イベントや『V8チェンソー』のステージで発揮されていた爆発力が影をひそめている。『KAMERIA』はその一点を鑑みてゲスト参加をお断りしたというのに、コッフィのサックスは常識の範囲内の魅力に留まっていた。


 その後には『ピタゴラスの祝福』、『僕のかけら』、『あまやどり』と、さまざまな曲調を試してみたが、やはり印象に変わりはない。

 そしてさらに『線路の脇の小さな花』の演奏を終えたところで、コッフィがついに爆発した。


「この曲、ライブでぶちかっこえかったけぇ、セッションするのを楽しみにしとったんじゃ! それなのに、どーしてうちはこがいなサックスしか吹けんのじゃ?」


『いやー、今のサックスも、めっちゃかっちょよかったけどね! でも、ブイハチのステージのときみたいにバクレツしなかったよねー。なんでだろ?』


 町田アンナが視線を向けたのは、これまで無言で見学に徹していた浅川亜季である。浅川亜季は自分の膝に頬杖をついた体勢で、ふにゃんと笑った。


「あたしに聞かれてもわからんけど、やっぱ『KAMERIA』の音ががっちり固まってるからなんじゃないかなぁ?」


『ふーん? でも、ブイハチはウチらよりがっちり固まってるよねー?』


「うんうん。でも、『KAMERIA』ってまだまだ育ち盛りだから、がっちり固まろうっていう力の内圧が、えげつないと思うんだよねぇ。そこに割り込もうとすると、それこそ演奏をぶっ壊すことになっちゃうんじゃないかなぁ」


 のんびりとした笑顔のまま、浅川亜季はそのように言いつのった。


「夏の野外なんかはブイハチとコッフィっちとウェンっちの五人がかりだったから、それこそ『KAMERIA』の演奏をぶっ壊す寸前だったはずだよぉ。フユなんかはそれを心配して、この前のスリーマンではコッフィっちのゲスト参加に反対してたんだけどさぁ。今日のセッションを見る限り、そんな心配はいらなかったみたいだねぇ」


「……ようわからんのじゃ」と、コッフィは口をとがらせる。

 浅川亜季は年老いた猫のような笑顔になりながら、そちらに向きなおった。


「夏の野外ではブイハチが『KAMERIA』の音に乗っかってたから、もともと隙間があったんだよぉ。コッフィっちとウェンっちはその隙間にぐいぐい割り込んできたから、決壊を起こしかけたわけだねぇ。でも純度百パーセントの『KAMERIA』に割り込んでもいい結果になるわけはないから、コッフィっちは無意識の内に寄り添ってるんじゃないかなぁ? 実際問題、現段階ではこれが理想の演奏なんだろうしねぇ」


「んなこたないじゃろ。かわいこちゃんズはこんなにかっこええんじゃから、うちだってもっとマシなサックスを吹けるはずじゃ」


「だからそれは、四人で成立してるかっこよさなんだよぉ。それでもまだまだ発展途上だからさぁ。あと一年か二年もしたら、コッフィっちのリミッターを外したプレイも呑み込めるようになるんじゃないかなぁ」


「ようわからんし、一年も二年も待ってられんのじゃー!」


 コッフィは駄々っ子のように、地団駄を踏んだ。

 スリーマンライブでゲスト参加をお断りしたとき以来の、ネガティブな感情表現である。ただそれはきわめて愛くるしい姿であったため、めぐるとしては申し訳なさがつのるいっぽうであった。


「こればっかりは、『KAMERIA』の成長を待つしかないからねぇ」


 浅川亜季はのんびりと言いながら身を起こし、寝起きの猫のように「うーん」とのびをした。


「だから、『KAMERIA』と本気のセッションを楽しむのは、のちのちのお楽しみとして……ここはひとつ、めぐるっちに焦点を絞ってみたらどうだろぉ?」


「え? ど、どういう意味ですか?」


 めぐるが慌てて声をあげると、浅川亜季はのほほんと微笑んだ。


「めぐるっちも『KAMERIA』を離れれば、つけ入るスキが生まれるってことさぁ。めぐるっち、明日の夜は空いてるかなぁ?」


「はあ……明日は午後から部室で練習なので、六時以降なら空いていますけれど……」


「じゃ、こっちの段取りが整うようだったら、和緒っちに連絡を入れるよぉ。あたしはそろそろ約束の時間だから、ここで失礼させていただくねぇ」


 そうして浅川亜季は飄然と退室していき――その後もコッフィは、とても魅力的だが本人にとっては不本意な音しか鳴らすことができなかったのだった。

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