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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Side:V-

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334/363

07 一夜が明けて


     --SIDE:N--


「あれ……? どこだ、ここ……?」


 土田奈津実が目覚めると、頭上に見慣れない天井が浮かんでいた。

 落ち着いたアイボリーの配色で、くすみのひとつも見当たらない。照明器具も、まるでアンティークのように瀟洒なデザインをしていた。


「あ、おはよー。昨日はついつい飲みすぎちゃったねー」


 と、朗らかな声が足もとから聞こえてくる。

 土田奈津実が首だけ起こして視線を向けると、そこには壁にもたれてスマートフォンを操作している中野晴佳の姿があった。


 そこはホテルのように小綺麗な一室で、大きなベッドがふたつ並べられている。もう片方のベッドに横たわっているのは、下着姿の浅川亜季であった。


「ああ、ええと……昨日は布由井のマンションに泊めてもらったんでしたっけ……」


「あはは。口調がもとに戻っちゃってるよー? 一歳しか変わらないんだから、タメ口でいいってば」


 中野晴佳はボリューミーな頭が寝ぐせで爆発していたが、それ以外は起き抜けとも思えない朗らかさであった。


 昨日はけっきょくダイニングバーの閉店時間まで居座ってしまい、それでも飲み足りなかったため、布由井照美のマンションで宅飲みすることになったのだ。そして、闖入者たる三名はこの立派な客間で泥のように眠りこけることになったのだった。


「もう十時を回っちゃってるんだよねー。まあ、みんな昼まではフリーだって話だったけど、そろそろ起きたほうがいいんじゃないかなー?」


「ああ、あたしも午後からバイト……なんですよね」


「あはは。タメ口でいいってばー。おたがいの恥をさらした仲じゃん」


「……なかなかそう簡単にはいかないんですよ」


 土田奈津実は頭をかきながら、ベッドの上に半身を起こした。布由井照美のマンションは海浜幕張にあるので、いったん自宅に戻ってシャワーを浴びることまで考えると、そうそうゆっくりもしていられなかった。


「布由井は、まだ寝てるんですか? 勝手に帰っちゃうのは、やっぱりまずいですよね」


「うん。ひと言ぐらいは、挨拶しておかないとね。アキさんも昼から仕事って言ってたから、起こしてあげよっか」


 スマートフォンを胸ポケットに仕舞った中野晴佳は、死んだように眠る浅川亜季のもとに歩み寄った。


「アキさーん、朝ですよー。今日は昼から仕事なんでしょー?」


「ぐむう……」とおかしな声をあげたのち、浅川亜季は枕に埋めていた顔を上げた。


「おやおや……? そっかぁ、昨日はフユっちのお世話になったんだっけぇ……いやぁ、こんなふかふかのベッドはひさびさだったから、熟睡しちゃったなぁ……」


「うんうん。どこもかしこも立派だよねー。フユさんって、お嬢様なのかなぁ」


「お嬢様っていうよりは、女王様って貫禄だけどねぇ……ただ、意外に隙は多そうだけどさぁ……」


 寝ぼけた声で語りながら身を起こした浅川亜季は、寝起きの猫のように「うーん」と身をのばした。

 しかし、下着ひとつのあられもない姿である。服の上から想像していた通り、彼女はそれなり以上に肉感的なプロポーションをしていた。


「……あんたさ、メンバーたちにそんな姿を見せつけてないだろうね? じゃなきゃ、色目をつかわれても文句は言えないよ?」


「これは同性の気安ささぁ……本当は素っ裸になりたいぐらいだったけど、さすがに初対面だしねぇ……」


「あはは。これだけ顔を突き合わせてると、もう初対面って感じはしないけどね」


 中野晴佳はにこにこと笑いながら、寝ぐせだらけの髪を撫でつけた。


「さてさて。あたしは一日フリーだけど、二人は昼から仕事なんでしょ? フユさんに挨拶をして、帰る準備をしたほうがいいんじゃない?」


「あたしはただの店番だから、少しぐらい遅れても文句は言われないさぁ……」


「あんたがよくても、あたしは困るんだよ。二度寝したいなら、お好きにどうぞ」


 土田奈津実は宿酔いでふらつく身体に活を入れながら、ベッドから下りた。

 すると浅川亜季もしかたなさそうに枕もとのTシャツをひっつかみ、もぞもぞと袖を通す。そして下半身は下着姿のまま、立ち上がった。


「やれやれ……それで、家主様はどこなのかなぁ……?」


「どこかに寝室があるんだろうね。みんなで探してみよっか」


 子供のように笑いながら、中野晴佳はスライド式のドアを開いた。

 外には、フローリングの廊下がのびている。土田奈津実の記憶に間違いがなければ、右手の側の突き当たりが酒宴の会場となったリビングだ。そちらは二十帖の広さで、壁には何本ものベースが掛けられていた。


「雰囲気的には、あっちの突き当たりかな? いざ、しゅっぱーつ」


 はしゃぐ中野晴佳を先頭に、三名は廊下を左手側に突き進む。

 そして、中野晴佳は突き当たりのドアをひかえめにノックした。


「もしもーし。フユさん、起きてますかー?」


 返事は、ない。

 それで中野晴佳が細くドアを開いて、室内を覗き込むと――何か、お香のような香りが廊下にこぼれ出た。


「うん、いるいる。眠ってるみたいだけど、お邪魔しちゃおっか」


 中野晴佳はドアを全開にして、寝室に忍び込んだ。

 そちらは十二帖ていどの洋室で、奥に大きなベッドが設置されている。しかし浅川亜季は足を止めて、側面の壁際に立ちはだかる巨大なラックを見上げた。


「へえ……CDとレコードがぎっしりだぁ……さすが、いい趣味してるねぇ……」


 逆側の壁際には、巨大なオーディオのセットとスピーカーが鎮座ましましている。また、カーテンはいかにも上等そうなエスニック調の柄であり、枕もとにはアロマオイルを拡散させる電動のディフューザーだ。布由井照美は羨む気持ちも失せるぐらい、優雅な生活に身を置いているようであった。


「フユさん、おはよー。もう十時を過ぎてるけど、フユさんは用事とかないんだっけー?」


 中野晴佳がベッドの上に盛り上がった毛布に声をかけると、「んん……」という色っぽい声が聞こえた。


「起こしちゃって、ごめんねー? ただ、フユさんの予定を聞いてなかったからさ。なんにもないんなら、寝てていいよー」


「…………」


「んー、なになに?」


「……コーヒー……」


 中野晴佳はきょとんとした顔で土田奈津実のほうを見てから、また毛布のほうへと顔を寄せた。


「コーヒーがどうしたの? コーヒーを飲みたいのかな?」


「……コーヒー……」


「あはは。お姫様は、コーヒーをご所望のようだねー。ベッドを借りたご恩もあるから、準備してあげよっかなー。二人は、どうする?」


「まだもうちょっとは余裕もあります。……よければあたしも、カフェインでアルコールを吹き飛ばしたいところですね」


「じゃ、キッチンに移動しよっか。……アキさんは、ずいぶん熱心だね」


「うん……これはなかなかのコレクションだし……ちょっと予想外のラインナップも並んでるからさぁ……」


 こちらを振り返った浅川亜季は、年老いた猫のようにふにゃんと笑った。


「あたしにはわけのわかんないジャンルもどっさりだけど、こっちにはヘヴィロックだとかガレージロックだとか、けっこうマニアックなインディーズの盤だとかもそろってるんだよねぇ……」


「へー、ジャズとかファンクばっかりじゃないんだ? あたしもインディーズには、ちょっとうるさいよー?」


 と、中野晴佳は瞳を輝かせてラックの中身を覗き込む。

 そして、その口から飛び出た言葉に、土田奈津実もぎょっとすることになった。


「わー、ほんとだ。リトプリまであるじゃん。これは、マニアックだねー」


「へえ……ハルっちも、リトプリをご存じで……?」


「うん。ついこの前、インディーズで初めての音源を出したんだよね。こんなマニアックなバンド、他にも聴いてる人がいたんだなー。ちょっと感動しちゃったよー」


「うんうん……あたしも、そう思ってたのさぁ……まさか、ハルっちもご同病とはねぇ……」


 浅川亜季はふにゃふにゃと笑いながら、土田奈津実のほうを振り返ってきた。


「あ、リトプリってのは、『リトル・ミス・プリッシー』っていうインディーズバンドでさぁ……」


「馬鹿みたいに凶悪な音で、馬鹿みたいな完成度だってんでしょ? それぐらい、知ってるよ」


 土田奈津実があえてぶっきらぼうに答えると、浅川亜季と中野晴佳は二人仲良くきょとんとした。


「ナツっちも、ご存じだったのぉ……? それはますます、意外だねぇ……」


「うんうん! ずいぶんマニアックなバンドまでチェックしてるんだねー!」


「……動画で見かけて、つい気になっただけですよ。あんな無茶苦茶なバンド、見習う気にもなりません」


「うん、あれは別次元だよねぇ……真似をしたいとは思えないけど、あたしは心から感心しちゃうなぁ……」


 浅川亜季は、のんびりとした顔で笑った。

 いっぽう土田奈津実は、鼓動が速くなるのを自覚している。動画で見かけただけという言葉に嘘はなかったが、土田奈津実はその暴虐なる音色と完成度の高さに度肝を抜かれることになったのだ。


(あんなバンド、売れるわけがない。インディーズでお山の大将を気取るのが精一杯さ)


 そんな風に思わないとやっていられないぐらい、土田奈津実は『リトル・ミス・プリッシー』の存在に打ちのめされていたのだった。



     --SIDE:A--


 親切な中野晴佳がキッチンでコーヒーの準備をしていると、こちらが声をかける前に家主の布由井照美が姿を現した。

 ただし、スパイラルヘアーをざんばらに垂らしてふらふらと歩く、幽霊のごとき姿である。それは普段の颯爽とした彼女からは想像もつかないぐらい、無防備で頼りなげな姿であった。


「あ、おはよー。勝手にコーヒーをいれちゃったけど、よかったかなぁ?」


 コーヒーメーカーの前に陣取った中野晴佳が笑顔で呼びかけると、布由井照美は両足を引きずるようにして通りすぎた。


「私は、ブラックで……ミルクが必要なら、冷蔵庫にピッチャーがあるから……」


「りょうかーい! もうすぐできるから、みんなと待っててねー!」


 こちらのマンションはちょっと変形のオープンキッチンで、リビングに繋がっているのだ。土田奈津実とともにソファに陣取っていた浅川亜季が手を振ると、布由井照美は無反応のままのろのろと近づいてきた。


「おはようさぁん。フユっちは、低血圧なのかなぁ? なんだか、ジェイさんを思わせる迫力だねぇ」


「うるさい……」と陰気な声で言い捨てながら、布由井照美はくずおれるようにして空いているソファに腰を落とした。

 長い前髪の隙間からは、シャープな銀縁眼鏡が覗いている。きっと普段は、コンタクトレンズなのだろう。また、綺麗にメイクを落としているため、切れ長の目の印象がいくぶんやわらかくなっており、十九歳という年齢相応の面立ちになっていた。


「お待たせー。色んな豆があったんで迷っちゃったけど、ブルマンでよかったかなー?」


 中野晴佳が四人分のカップをのせたトレイを手に戻ってくると、布由井照美はまだ眠そうな声で「ん……」とだけ答えた。


 中野晴佳は慣れた手つきで、カップやミルクピッチャーを配膳していく。彼女は普段、地元のカフェでアルバイトをしているそうなのだ。そしてこのマンションには、本格的なカフェにも負けないアイテムがそろっていた。


 そちらのカップに手をのばした布由井照美は、両手で包み込むようにしながら口に運ぶ。そうして真っ黒のコーヒーをすすると、しみじみ息をついた。


「ああ、生き返る……どうもありがとうね……」


「いえいえ! こっちこそ、泊めてくれてありがとーね!」


「べつにいいよ……それであんたは、なんでパンツいっちょなのさ……?」


「あはは。朝からデニムなんて穿いてらんないよぉ。フユっちも、だいぶ目が覚めてきたみたいだねぇ」


 浅川亜季もブラックでコーヒーを楽しみつつ、そんな風に答えた。


「じゃ、さっそくおしゃべりさせてもらおっかなぁ。さっき音源のコレクションを拝見したけど、フユっちもなかなかいい趣味をしてるんだねぇ」


「なんだよ、そりゃ……別に、普通でしょ……」


「アレが普通だったら、世間は異常者だらけさぁ。リトプリの音源を買うなんて、よっぽどの変人じゃないかなぁ?」


 すると、メイクを落としていっそう薄くなった布由井照美の眉がぴくりと動いた。


「あんた……リトプリを知ってるの……?」


「うん。驚くなかれ、この場の全員が知ってたんだよぉ。無意識の内に、変人が集まってたみたいだねぇ」


 布由井照美はざんばらのスパイラルヘアーをかき回しながら、残る両名の姿を見回した。


「そいつは確かに、天文学的確率かもね……あんたなんか、まったく興味なさそうじゃん……」


「ふん。あたしは、動画で見かけただけだよ」


 土田奈津実は素っ気なく言い捨てたが、浅川亜季はさきほど彼女が見せていた動揺の気配を見逃していなかった。どうやら彼女も、『リトル・ミス・プリッシー』が持つ爆発力に心を揺さぶられたひとりであるようなのだ。


「でも、それを言ったらフユっちもご同類なんじゃないかなぁ? 今のバンドとリトプリなんて、共通項は皆無じゃん。……フユっちはリトプリに負けないぐらい馬鹿でかいボードをひっさげてるけど、あそこまで入り組んだ音は出してないもんねぇ」


「……あんた、リトプリのボードを見たことがあるの?」


「うん。この前、都内までライブを拝見しに行ったんだよぉ。パーカッションのノバっちとは、連絡先も交換してもらったんだぁ」


「へー、ライブまで観にいったんだ? それはすごいねー!」


 と、中野晴佳が身を乗り出した。


「まあ、リトプリはいちおうロカビリーとかの要素もあるもんね! この中では、アキさんのバンドが一番近いって言えるのかな?」


「あはは。リトプリはリトプリだから、ジャンル分けする気にもなれないけどねぇ」


「確かに! あ、あたしとしては、トライとワンドとベイビーのシリーズが意外だったよー! あの三バンドの音源をコンプリートしてるなんて、なかなかだよねー!」


 中野晴佳の無邪気な発言に、布由井照美は「ふん……」と背もたれに身を預ける。


「ワンドとベイビーなんて、王道中の王道でしょうよ……トライに関しては、好きずきだろうけどさ……」


「うんうん! でも、音源だけじゃなくライブ映像のブルーレイまでコンプリートしてたでしょ? それはなかなかの入れ込みようだよー!」


「あいつらはいまだにシングルしかリリースしてないから、ライブ映像が頼りなんだよ……この前のやつなんて、ライブアルバムに仕上げろよってぐらいの音源が特典でついてたしさ……」


「あー、あれは確かにすごかった! あれってユーリの退院明けに一発録りしたって話だったけど、マジなのかなー?」


「あのバケモンだったら、それぐらいのことは……」


 そこまで言いかけて、布由井照美はうろんげな目つきをした。


「あんたこそ、ずいぶんくわしいじゃん……ていうか、あれで全作品をコンプリートしてるってことがわかるんなら……あんたも全作品をチェックしてたってことだよね……」


「えへへ。バレたかー」と、中野晴佳は寝ぐせの残る頭をかいた。


「やっぱ、あの歌声はどうしても無視できなくってね! ただ、うちのバンドでは不評なんだよねー! あんなの、色気が売りのアイドルあがりじゃんってさ!」


「そんな肩書き、どうでもいいよ……あの音を聴いて何も感じないなら、バンドなんて足を洗うべきなんじゃない……?」


「あはは! 手厳しー!」


 二人が話しているのは、この近年で音楽業界を騒がせている『トライ・アングル』というユニットについてである。

 それは、若手バンドの代表格である『ワンド・ペイジ』と『ベイビー・アピール』がユーリという得体の知れないアイドルシンガーを迎えて結成された、八人組のユニットであった。


 結成されたのは一昨年の終わり頃で、それから現在までの二年弱で何枚かのシングルとライブ映像集をリリースしている。あとは間遠にライブ活動を行っているぐらいで、いまだフルアルバムをリリースしたこともない状態であったが――その唯一無二の爆発力と存在感で、絶大な人気を獲得しつつあるユニットであったのだった。


「あたしも、ハルっちに同意だなぁ。あの甘ったるい歌声は、どうにも好みじゃないんだけど……あんな大怪獣、無視できるわけないよねぇ」


「うんうん! あれで本当におんなじ人間かーっていう迫力だよねー! 元気な曲だと勝手に胸が弾んじゃうし、切ない曲だと涙を我慢できないんだよー!」


 子供のようにはしゃぎながら、中野晴佳はくりんっと土田奈津実のほうに向きなおった。


「ナツさんは、どう? ユーリの歌は、否定派? 肯定派?」


「……ワンドとベイビーは、好きですよ。でも、あの女は好きになれません」


「ほうほう、そのココロは?」


「だって、あの歌声であのルックスなんて、ずるいじゃないですか。しかも本業は格闘家か何かで、音楽活動は片手間だってんでしょ? あんなやつ、地獄に落ちればいいんです」


 物騒なことを口にしながら、土田奈津実は子供のように口をとがらせている。

 きっと彼女は『トライ・アングル』の物凄さを理解した上で、拒絶しているのだ。それはアイドルシンガーあがりだと言って目を背けている人間とは、一線を画した感情であるはずであった。


「でもナツっちは、ワンドやベイビーを聴いてるんだねぇ。ハルっちは、どうなんだろ?」


「うん、もちろん! あたしはもともとそっちのファンで、『トライ・アングル』の結成にギョーテンしちゃったクチだよー!」


「そうかそうか。この四人には、それだけの共通項があるんだねぇ」


 浅川亜季は腹の底からせりあがってくる思いのままに、微笑んだ。


「それじゃあ、ちょいと提案があるんだけど……今度、この四人でスタジオにでも入ってみない?」


 土田奈津実は、「はあ?」と顔をしかめた。


「あんた、いきなり何を言ってんのさ? こんな四人でスタジオに入って、どうしようっての?」


「だって、上手い具合にパートがバラけてるじゃん? それに、あたしにとっては全員がベストプレイヤーなんだよねぇ」


「ベストプレイヤー?」


「うん。昨日観たバンドの中で、一番魅力を感じたプレイヤーが勢ぞろいしてるのさぁ。ヴォーカルはナツっち、ベースはフユっち、ドラムはハルっち……こんなドリームチームで音を鳴らしたらどんな風になるんだろうって、興味をそそられちゃうんだよねぇ」


 そんな風に説明しながら、浅川亜季は残る両名の姿を見回した。

 中野晴佳はきょとんとした顔、布由井照美はうろんげな顔だ。そして、ベストプレイヤー呼ばわりされた土田奈津実は顔をしかめたままもじもじとしていた。


「ついでに言うと、春夏秋冬の間柄だしさぁ。こんな偶然が積み重なったら、無視するほうが野暮ってもんでしょ」


 浅川亜季がそのように言いつのると、まずは中野晴佳が嬉しそうに笑ってくれた。

 土田奈津実と布由井照美は仏頂面だが、即座に断ろうとはしない。そして、彼女たちが断ろうとするならば、浅川亜季は力の限り詭弁を弄してやろうという思いであった。


 浅川亜季は、楽しい演奏に飢えているのだ。

 この一ヶ月は、一度として満足のいく合奏を行うことができなかった。それで音楽中毒である浅川亜季は、果てなき渇望を抱えることになってしまったのだった。

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