幸福なさよなら 2/3
ヘラクレスはイアソンを頭に乗せ、母親の病室に戻った。
母、エキドナはまだ眠ったままで――少しでも長く話をするために起こし、魔術で眠気を取るのも一つの手だとイアソンは提案したが、クレスは首を横に振った。
「まぁま、ねてる。……こわいゆめみてないなら、おこしたくない」
「そっか」
二人は部屋で待つ事にした。
クレスは落ち着かない様子でいたが、やがて部屋の隅っこで三角座りをし、母親が眠っている様子を見つめた。そしてポツリポツリと話し始めた。
「そうちょ……」
「ん?」
「ぼく、はなす、にがて。そうちょに、いぱい、たよるかも……」
「任せとけ。ぼくは頼ってもらうためにここにいるんだ」
「……ぼく、ことばへた。それでも、いーのかな……」
「確かにちょっとつたないところはあるな。でもきっと、お前自身の口から……お前が口にする言葉こそがママさんを救うんだ。お前にしか出来ない事だぞ」
「ん……」
「どうしても話す事に困った時は、ぼくに合図しろ」
「ん……」
そこからはもう、クレスは黙ったまま夜を明かした。
三角座りをしたまま考えた。母に話したい事、話すべき事を考えた。
「…………」
バッカス王国に来て、色んなものを見聞きした。
色んなものを知った。その中には目を背けたくなるような暗いものもあった。
それでも、それとは真逆のものも沢山知っていた。
「…………」
話したい事はいくらでもあった。
両手の指ではとても数え切れない出来事があった。
伝えたい事も沢山あった。
きっとそれは話しても話しても尽き果てないものだった。
日々を過ごしいくうちに降り積もっていく思い出は、前を向いて生きていく限り、両手では抱えきれないほどの出来上がる。
沢山遊んで、一生懸命働いて、日が暮れた後に家に帰る。そうして帰ったところで夕食を食べながら「今日はこんな事があった」と母に話す、穏やかな生活。
少年はそんな未来を夢想した。
「…………」
そんな未来があれば、どんなに良かったかと思った。
時間は限られている。
だからこそ、彼は――ヘラクレスはより重要な事を伝えようとした。
せめて幸福な最期が迎えれるようにしよう――と、唇を噛み締めた。
そう気負った。
「クレス」
「ぁ……」
朝になり、母が目覚めていた。
イアソンに促され立ち上がったヘラクレスは母の傍に近寄った。
床に伏せた母親は息子の顔を見上げ微笑んだ。
声は上手く出せずとも、笑顔ぐらいは送りたいと強く願い、微笑んだ。
「――――、――――」
ヘラクレスは喋ろうとした。
伝えたい事は沢山あった。
伝えるための時間も限られていた。
だからこそ、この刹那を大事にして口を開くべきだと思っていた。
「っ……ぁ……」
口は開いた。それでも言葉が出てこなかった。
何から伝えていけばいいのかわからなくなり、想いばかりが先行した。
母親は微笑んだまま、辛抱強く息子の言葉を待った。
イアソンも待った。
ヘラクレスが合いの手を求めなかったがゆえに。
待ったうえで口を挟もうとしたが、その必要は無かった。
イアソンより先に口を挟んだ者達がいた。
「おはようございまーす」
「どーも、はじめまして……かな? 一応」
「あ、全員は待て。順番だ、順番、大勢入ったら酸素が薄くなる」
「そういう問題か?」
病室に入ってきた者達が口を挟んだ。
それはアルゴ隊の面々だった。
クレスがアルゴ隊の乱入に呆けているうちに、一行はエキドナに対して挨拶をしていった。花束などの贈り物と共に短く声をかけていった。
「いつもクレスに世話になってます。こいつ、俺らより後輩の冒険者なんだけど……めちゃくちゃ強くってね。絶対、歴史に名を残す大英雄になりますよ」
「そうそう。あ、これ快気祝いの贈り物って事で」
渡された贈り物はどれもクレスが知っているものだった。
手に取り、思い出と共に母親に説明出来るようなものばかりだった。
サプライズの快気祝いとして、アルゴ隊の面々が夜を徹して買い求め、あるいは都市郊外まで急ぎ出向いて取ってきたようなものだった。
皆で意気揚々と戻ってきて、待っていたメーデイアに「残り時間」について聞いて――その事を聞いていないふりを出来るよう、表情を整えたものから病室へと入り、贈り物を渡していった。
そして、クレスがどれだけ自分達を助けてくれている仲間であるかを語った。
「…………」
クレスは黙ったままでいた。
ただ、その表情は気恥ずかしそうなものになっており、黙っていたのも喋れないからではなく――皆が喋り終えてから口を開きたくなったがためのものだった。
「まぁま」
少年は笑顔で語りかけた。
「ぼく、仲間できたよ……」




