幸福なさよなら 1/3
治療師が退室した後、部屋に残ったイアソンは俯き、黙っていた。
メーデイアはそんなイアソンが口を開くまで黙って見守った。
「…………」
「…………」
「……クレスに、ママさんの事……伝えるべきなのかな」
「伝えるべきよ、もういつ死んでもおかしくない。もう避けられようがない以上、ほんの少しでも心の準備をさせてあげなさい」
「……そう、だよな」
「気が重いなら、私が伝えるわ」
メーデイアはそう言ったが、イアソンは止めた。
そしてエキドナが就寝した後、クレスを呼んでイアソンが伝えた。
母が快方に向かっているとばかり思っていたクレスはニコニコと微笑んでいたが、イアソンが母親の余命は幾許も無い事を伝えると頷いた。
「…………」
無言で、ゆっくり頷いた。
二度頷いた。
硬い表情のまま頷き、イアソンの言葉を必死に受け止めようとした。
「…………そっ、かぁ」
「身体は問題ないんだ。治癒魔術をかけていれば、痛みを感じる事もない」
「ん…………ん゛っ゛…………」
「ただ、寿命はな……。ぼくらみたいな定命のものには、いつか寿命が来るんだ。治癒魔術のあるバッカスなら身体は苦しまずに済むけど、それでも……」
「…………」
「寿命は、魂の限界だ。魂が死ぬともう蘇生魔術も効かなくなる。……そして魂が死に向けて弱っていくと、身体と魂の接続が切れていく」
「きれる、どなる……?」
「身体は健康体でも、上手く機能しなくなる。本当に、治癒魔術や投薬があれば苦しくはないんだ。それでも、例えば……目が見えなくなっていく」
「……そ、そうちょっ……」
「…………」
「ぼくっ、おかね、いっぱいだす……い゛っぱいがんばる」
「クレス」
「おか゛ね、いっぱいがんばる゛から゛っ……」
「…………」
「まぁま゛、た゛すけて゛……」
「寿命は、バッカスでもまともな解決方法は無いんだ」
「ぼくの゛、あげる゛から゛ぁ……」
「それも、出来ない」
「っ゛…………!」
少年はイアソンを手のひらに乗せ、必死に頼もうとした。
しかし、言葉が出なかった。もう状況を理解してしまっていた。
イアソンはしばし、少年の目の前で俯いていたが口を開いた。自分でも気の利いた言葉でない自覚を持ちつつも、何か言わずにはいられなかった。
「クレス、お前は……どうしたい?」
「…………」
少年は考えた。
総長の言う通り、考えようとした。
必死に考えた。
それでも――。
「わ゛かん゛ないよ゛ぉ゛……」
少年は言葉を覚えた。会話も覚えた。
自分で考える事の大切さも知った。
だがそれでも、さよならの仕方は知らなかった。
「傍にいてやれ!」
メーデイアが後ろから口を挟みかけた時、イアソンは叫んだ。
そうするべきだと思った事を率直に言った。
もし、自分が送られる立場になった時にしてほしい事を言った。
「ママさんの傍にいてやれ。寝てる時は、同じ部屋で寝てればいい」
「…………」
「そんで、起きたら話しかけろ。お前の声をいっぱい聞かせてやれ」
「な゛に、はなせばいーの゛……?」
「今日の天気とか……お前の……お前の話をしてやれ。ずっと一緒にいれなかったから気になってるはずだ。お前が元気にしてるって事を、しっかり伝えてやれ」
「ぼく、はな゛すの、にがて……」
「それでも、やるんだ」
「…………」
「大丈夫、ぼくも一緒にいる。お前が話すことに困った時、ぼくが間をもたせる。この国の事とか、この世界の事とか、お前の周りの事とか……」
「…………」
「ママさんが安心できる話をしてあげようぜ。お前が、ちゃーんとこの世界で、しっかり生きてるって事を伝えよう。楽しい話をして、ホッとしてもらうんだ」
「…………う゛ん゛」
「少しは、外の空気も吸わせて上げたほうがいいかもな。治癒魔術があれば外出は問題ない。お前が生きてる国を、実際に見せてあげるんだ」
「う゛ん゛っ……」
「ママさんが一番安心してくれるのは、きっとお前の声だ」
「ん゛っ」
「出来るだけ多く、お前の声を聞かせてやってくれ。どうしてもつらいなって時は……ぼくが手伝うからさ……。ぼくもお前の傍にいてやるから」
「ん゛……」
「出来そうか?」
「…………がんばぅ゛」
「そうか。…………そうかっ」
「へや、もどぅ゛……」
「まだ、ここにいていいんだぞ。ママさんの状況はしっかり観測してるから」
「ま゛ま゛のとこ、いく……」
「……ガマンせず、泣いていいんだぞ」
「な゛かな゛い゛」
少年は泣かない事を決めた。
母親を安心させたかった。
自分は大丈夫だと証明したかった。
涙を流したら「あんしんできない」と思い、最後まで泣かない事を決めた。
「ぜったい、なかない゛っ……!」
最後の最期まで、傍にいる事を決意した。




