番外編TIPS:技術編:魔術
バッカスでは当たり前に使われている魔術だが、その正体は定かではない。
この世界には当たり前にある事象と受け入れられていたが、その本質を解き明かす事は出来ていない。全体で言えばいくつかのものを利用する事しか出来ていない。その「全体」すらどれほどのものかも解き明かされていない。
ただ、根本的なところは個々人ではなく、世界に依存すると思われている。
例えば異世界人が転生前は魔術が使えなかったのに、転生間もなく魔術の才を持っている事が明らかになる事から「世界が重要」とされている。
単に個の内側から漏れ出す力であれば、世界を選ばない筈であり、そうではない事が異世界人の存在によって観測され、異世界でも世界によっては魔術に類似したもの――あるいは魔術そのもの存在する事もわかっている。
魔術は正体不明の事象改変能力である。
だが、一つ明らかな事がある。
魔術には想いの強さが関わるという事だ。
「世話の、焼ける――!」
手練の騒乱者が操る機甲悪魔に射抜かれ、墜ちていくイアソンに向け、一人のエルフが空に手をかざし、全力で魔術を行使した。
その隣に立っていたヘラクレスが投げ槍で機甲悪魔を落とす中、エルフが使った魔術は治癒魔術だった。治療するイアソンは遠く離れている。
今まで何度も治してきたものの、今までより遥かに遠い場所。
初めて会った時を超える致命傷。
だがそれでも彼女は「必ず届かせる」と遠隔治癒魔術を行使した。
その結果は、
「ははっ!」
口から血を吐きつつも笑い、墜ちていくイアソンだった。
もはや飛ぶのではなく墜落するに等しい飛翔だったが、それでも治癒魔術でほんの僅かに延命されたゴブリンの身体は敵に届いた。
「助かった! 帰ったらいっぱい奢」
生き延びて、その身を炸裂させ、今度こそゴブリンは死んだ。
天魔・プロメテウスは自分の身体に張り付こうとしていたゴブリンを咄嗟にはらおうとしたものの、その片腕を爆破によって道連れにされていた。
『aZ――――』
取られたのはあくまで片腕。
まだ、死んでいない。
『0le<xgeh0』
だがそれは弓使いの天魔から戦闘能力を削ぐには十分なもので、アルゴ隊の弓使いの制圧射撃に援護された戦士が肉薄し、その命を断つのに十分な隙となった。
ここに、天魔・プロメテウスは討伐された。
「そうちょ……」
「まだよ。まだ終わってない。アイツが死んでも終わりじゃない」
魔女・メーデイアは呆然としているヘラクレスを急かし、エキドナ・アーセナル内部侵入のための工作を早急に進めていった。
工作班が必死に転移装甲に干渉し、巡航島の守備部隊は命がけでそれを守った。その過程で一人のゴブリン以上の血が流れた。
「はっ、はっ、はっ――」
誰のものかわからない血溜まりに足を取られつつ、戦い、生き残ったヘラクレスは無我夢中で剣を振るった。イアソン、アルカディア士族、そしていまなお戦い、死んでいくバッカスの兵達のためにも。
イアソンについて出ていたアタランテ達も何とかハバククに戻り、他の巡航島が戦闘不能になって戦線を離脱していく中、戦い続けた末――。
「きた! きたきたきた……! 繋がりましたメーデイア様!」
「アーセナル内部侵入、いけます!」
「よし、総員乗り込みなさい! ハバククはもう堕ちるわ。敵の中に逃げなさい」
何とかこじ開けた転移装甲の隙間に乗り込む一行を魔女は見送った。
最後まで応戦し、殿を務めている巨人の少年を呼び寄せ、彼を最後の突入班としてアーセナル内部へと送り出し、自分は残る事を決めていた。
「めーでいあさんいかない? なんで……」
「全員が入り切るまで隙間を維持しておかないといけないの。私は大丈夫だから行って。多分、こっから先が一番の難所よ。……アイツらの死を無駄にしないで」
メーデイアは少年に対し微笑みかけて送り出した。
本当に厳しいのは何が待っているのかわからないアーセナル内部。最悪の場合、体内に転移装甲を張られて足の踏み場もない状況に陥る可能性もあった。
生成されてくる魔物にも邪魔されずエキドナに辿り着ける可能性は非常に低いが――それでも誰かがやらなければならない決死隊。
作戦の成功と、決死の覚悟で向かった者達の無事を祈りつつ、残った魔女は一人、巡航島内部を歩いていた。逃げるのではなく後始末をするために。
「さっさと、終わらせて……さっさと休ませて貰いましょう」
魔物達は獲物としていた決死隊が自分達の創造主内部に逃げ込んだ事で矛を――敵意をさまよわせていた。
しかし、直ぐに八つ当たりのように巡航島に攻撃を仕掛け、大きく揺れ動くハバククは沈没の危機にあった。内部に侵入してくる魔物の姿もあった。
魔女は邪魔する魔物を打ち払いつつ、満身創痍になりながらも巡航島の中心部にある中核が眠る機関部へと向かった。それを暴走させ、群がっている魔物達を少しでも多く道連れにするために。
「ごめんねハバクク、回収されるまで墓標になっ――」
そう呟き、操作盤を動かしていた魔女は――後ろから射たれた。
内部に無理やり侵入してきた機甲悪魔に背中から射抜かれ、それでも操作を止めず、機関部に海水を呼び込み、それを凍らせて盾とした。
もはや自分ではどうしようもない致命傷を負っていたが……。
「……わたしたちの、勝ちよ」
全ての操作を終えた魔女は氷の壁越しに悪魔へと微笑んだ。
それから、深く、長い溜息をついた後、操作盤に背を預けて座り込んだ。
暴走に巻き込まれ、全身を氷漬けにされながら目をつぶった。
「…………つかれた」
よく働いて疲れたから、眠る。
魔女はそう思いつつ、一仕事終えた安堵の中で意識を手放した。
『好きだ! け、結婚してくれっ!』
今際の際。
魔女は、人生で最も幸福だった頃の夢を見ていた。
今なお、一番大切にしている過去の夢を見ていた。
夜景の綺麗な料理店にいた彼女の目の前には、机の上に「ちょこん」と乗り上がって顔を赤くしながら小さな箱を差し出すゴブリンの姿があった。
小さな箱と言っても、それは魔女と比べた時のものであってゴブリンの身体と比べれば大きな箱だった。中身は大きさに関わらず高価なものだった。
ただ、金額は対した障害では無かった。
彼にとって、一番苦労したものは勇気を振り絞る事だった。
自分と相手は種族が違うどころか、子孫も残せない間柄。
容姿端麗な彼女と違い、自分はチビで短足で、恋人というよりペットのような小さな存在。皆の尊敬を集める魔女と違い、自分は一人では何も出来ない日陰者。
釣り合わないのは最初から理解しているつもりだった。
それでも、諦めきれずに小さな身体いっぱいの勇気を振り絞り、今まで生きてきた中で一番緊張しながらも告白した。逃げたくなっても逃げずに告げた。
『…………』
『…………』
返ってきたのは、眉根を寄せた魔女の不機嫌そうな顔だった。
『あのね』
『はい』
『……告白の前に、言う事があるでしょう?』
『えっ、そうだっけ?』
ゴブリンの言葉に魔女は一層不機嫌そうな顔になった。
ゴブリンはオロオロした。
『ま、まだ借金してたっけ!?』
『してない』
『あっ、あっ、アレだろ? 城の近くに出来た新しい料理屋に行きたいって~』
『そういう、どうでもいい話じゃない』
『うっ、うぅぅぅ……?』
ゴブリンは魔女の反応に戸惑い、オロオロして、机の上を右往左往し始めた。
魔女は長く、深い溜息をついた。
ただそれは無意識に出たものではなく、わざと出したものだった。
溜息をつき終わった後、彼女はポツリとつぶやいた。
『…………きいちご』
『え?』
『木苺……いっしょに探しに行く、約束……』
それは最後の方は尻すぼみに消えていった言葉だった。
そう言った表情は、どこか拗ねた少女を思わせるものだった。
それを見たゴブリンはポカンとした表情で呆けた。
『えっ? そんな約束したっけ? いつ?』
『こっ……! こ・い・つ……ッ!』
『ふひゃああ!? いひゃい、いひゃい!』
『単に木苺が食べたい気分なだけよ! いま直ぐ取ってきなさい』
『えええええ、いまから? どこに生えてるかな……』
『8丁目に売ってるのでいいから買ってきなさい』
魔女は手早く木苺ジャム販売店の住所を書き、ゴブリンに渡した。
ゴブリンは「えぇ、ホントにいま買ってこいと……?」と口答えしたものの、不機嫌そうな魔女に睨まれると「はい!! いますぐに!!」と飛んでいった。
『…………』
ゴブリンが去った後、魔女は頬を押さえていた。
そうしないとニヤけてしまいそうだと思っていた。
既にニヤけて、不機嫌を装っていた表情はほころんでいた。
照れくさかったのだ。
正直に感情を表すのが。
『……生きてきた甲斐があったわ……』
微笑してそう呟いたエルフは贈られた小箱を開けた。
箱の中にあった指輪をこっそり取り出し、左手の薬指にはめ、月にかざした。
かつて盲いていた両目で指輪を眺め、微笑して呟いた。
『私の……いえ、私達の勝ち、ね』




