番外編TIPS:魔術編:転移魔術
バッカス王国で最も重宝されているのは転移魔術だろう。治癒も蘇生も有用だが転移魔術を利用した都市間転移ゲートはそれらを上回るほど重要なものだ。
転移魔術は重宝はされているが習得は難しい魔術で、バッカスで使われているものの殆どが魔王のものとなっている。それを広く一般に「貸与」している状態だ。
魔王の転移魔術を使った都市間転移ゲートは兵力を効率よく各都市に送るだけではなく、普段の生活でもバッカスでは欠かせないものとなっている。
人の行き来、食料品や重要資源の輸送――水源乏しい土地では別都市から大量の水を都市間転移ゲートを経由して送る事も可能で、全ての移動に関わっている転移ゲートはまさしくバッカスの大動脈である。
だが、転移魔術はバッカスの弱点とも言われている。
都市間転移ゲートありきの生活を送っている以上、仮にゲートが使えなくなった場合、世界各地に飛び地で存在している都市の大半が1年と持たず陥落するという試算が出ているほどだ。都市によっては半年と持たないとも言われている。
そのためバッカス政府はゲート不通という緊急事態を考慮した対応も行っている。ゲート不通になっても近隣都市で連携し都市防衛を行い、あるいは中核となる都市への集結経路の選定、籠城用の非常物資の蓄積を行っている。
行ってなお、都市の大半が1年も持たないと言われているのが現状だ。それほどまでに転移魔術に依存してしまっているのだ。
魔王の膝下である首都・サングリアは1年以上持つとされているが、首都であってもゲート不通の影響はとても大きいものである。
最たるものが兵力の移動――ではなく、水資源の獲得である。多くの国民が住まうバッカス最大の都であるサングリアは数多いがゆえに常に水問題を抱えている。
これはゲートにより複数の水源地から水を引っ張っている事で解決してはいるものの、解決策の大前提であるゲートが不通となった場合、ゲート無しで人力で他所から水を調達してくるのは不可能に近いと言われている。
ただ、仮にそうなっても直ちに死者が多数出るわけではない。節水と首都南部に接している海から特殊な手段で調達する方法が用意されているが、そうしてもなお様々な弊害が立ち上がる事になる。
依存問題があるものの、転移魔術は人を救う可能性に満ちている。
その転移魔術によって魔物の本能に飲み込まれず、人としての心を守られた少年・ヘラクレスはイアソン達のもとに戻ってくる事が出来た。
彼は魔物となる事を期待され作られた存在ではあるが、それでも本来は人間であり、転移魔術によって人魔を切り離された事で精神汚染からも逃れていた。
ただ、糾弾からは逃れられなかった。
「あんま気にすんなよ!」
「ァゥ……」
イアソンを頭に乗せ、トコトコと歩いているクレスは少しヘコんでいた。
魔物から人間に戻れた当初は――人造集合的無意識での記憶は神に封じられていた事もあり――イアソン達と再会出来た事を純粋に喜べていた。
母の事を、一時的に忘れさせられる事で。
だが、彼が魔物・第十一試練であった事には変わりがない。
魔物であった時にサーベラスが起こした被害を被っていようが被ってなかろうがサーベラスの責任を糾弾するものは少なくなかった。
また、サーベラスを「討伐」ことがエキドナ・アーセナルの転移装甲解除へ導く鍵であったのを討伐出来ずに終わった事を責める声もあった。
「お前はぜんぜん悪くないからな! 無視しとけ、無視!」
「ぼくわるい。かんけいある」
「そんな思いつめんなよー……!」
「んーん。ぼく、まものだた……それホント」
サーベラスは――ヘラクレスはヘコんでいたが、思いつめながらも「何とかしなくちゃ」と思い、前向きに考えていた。
被害を出した事は事実で、その事は謝らないといけない。そして転移装甲を解除に導けず、「みんなをガッカリさせた」ことについても何とかしようとしていた。
「でも、しなない。しにたくない。そうちょたちと、みんなといきたい」
「…………」
「だから、ほかのほうほ……かんがえる」
「お前……」
「ぼく、ばかだけど……なんか、やる。戦う」
イアソンは少し泣いた。
鼻をすすりつつもクレスの頭をポンポンと叩き、「こうなったら最後まで行くか」と言い、対エキドナのために戦う事を決めた少年の同道を許可する事にした。
「でも、ぜったいに無理とか駄目だからな。まあ無茶はする事になるんだけど」
「だいじょぶ。そうちょいる。そうちょいるぼく、むてき」
「おっ! 言うようになったなぁ」
そんな話をしながら一時、首都まで帰ってきたイアソンとヘラクレス、そしてアルゴ隊を迎えたのは政務官達と魔王だった。
政府の人々は武装もしていた。
「……コイツ処刑するって言うんなら、相手になりますよ魔王様」
「信用ないのね、私」
「いや、だって向こうにカヨウ様とナス士族の愉快な仲間達いるし……」
『おかげで、それなりに大事に見えるでしょう?』
魔王はこっそりと交信魔術で声を伝えた。
政府の面々は物々しい装いをし、苛烈さで恐れられているナスの士族長が出向いている事でその物々しさはより一層際立つものになっていた。
ただこれは国民向けの「アピール」であった。諸手をあげて魔物と化していたヘラクレスを迎えず、表向きは臨戦態勢で出迎えるという殆ど格好だけのものだった。「怖がらせてごめんなさいね」と魔王は告げていた。
『とりあえずヘラクレス君は政府施設に連行って形をとって、検査させて頂戴ね。魔物化から完全に脱しているのは観測魔術で把握しているけど、ゴテゴテの精密検査をしましたって対外的に喧伝する事も必要なの』
『検査して、クレスはもう完全に大丈夫って政府の太鼓判が貰える、と』
『そうそう、そういう事。なのでもう少しガマンしてね』
『いやぁ、ぼかぁ、魔王様の事を100%信用してましたよぉ!!』
『イアソン君はホント調子の良い事を言う』
魔王は外面は厳しい顔を向けつつ、内心では苦笑せずにはいられなかった。
ただ、新たに現れた存在に対しては内心でも厳しい顔を浮かべていった。
「やあやあやあ、どうもどうもどうも、無事? 戻ってこれたねぇ、化物クン」
「かみさま」
やってきた神はクレスに向かってニヤつきつつ、いつでも大魔術を放てるよう構えた魔王に「落ち着けよ」と告げた。
「サーベラス討伐、今ならまだ間に合うよ~? 当然、蘇生魔術で生き返らせるのは無しでね。完全に殺すならまだ、アーセナルの転移装甲は剥いでやる」
「お断りだ」
「ふん、後悔するなよぉ~? まあ! 殺さないなら殺さないでオマケして……エキドナを含めた残り三体の試練を倒す事が出来たら教えてやるよ」
「…………」
「化物クンの、母親の居場所をな」
母親に「お母さんね、もう死んでるから」と告げられた巨人の少年は神の言葉に少し、頭が痛んだ。
母に告げられた記憶を神に封じられ、それを微かに思い出しかけたために痛んだが――思い出す事は出来なかった。
神は嗤った。
仮に少年が十二試練を突破したところで「お母さんはもう死んでるよ」と告げた時の少年の表情を夢想し、嗤った。
神であってもそうなった時の表情を知る事は出来なかった。神はあくまで創造主であり、管理者であり――自在に未来を見通す事が出来ないゆえに。
「精々、抗ってみろよ人類」




