番外編TIPS:研究・計画編:代表的な戦闘用人体改造
治癒魔術による整形が当たり前に行われているバッカス王国において、筋肉増量や視力強化の戦闘用人体改造も所によっては当たり前に行われている。
代表的なものはカンピドリオ士族の人狼化であろう。世代を超えて魔術的肉体改造に励んできたカンピドリオ士族の人狼化は超再生能力をもたらし、桁外れのスタミナと継戦能力で陸戦最強格士族の屋台骨を支えている。
正面切っての殴り合いが得意な人狼達だが、単に強くなるだけであれば常時人狼化しておけばいいのだが、そうはしていない。これは様々な理由がある。例えば常に人狼化していると燃費が悪いという問題がある。
他、出来るだけ魔物と間違えられないように、という理由もある。人狼化は強力だが容姿は魔物に酷似したものとなり、人狼化して乱戦の救援に入ると間違って斬りつけられるという事が多々あるのだ。街中でも同様に一般人が魔物と見間違え、パニックに陥るという事件が起きやすくなっている。
カンピドリオ士族の場合は胴体を串刺しにされても「いてっ! 何すんだこのヤロー! あっ、治った」で済む事が多いが、再生能力が向上しない魔物的人体改造は不意打ちでそのまま死ぬという事件が何度か起きているので注意が必要だ。
カンピドリオ士族の人狼化に似た変生であれば、例えばメリサンド士族の竜化能力も存在している。が、こちらに関してはカンピドリオ士族ほど人体改造は行っていないものである。
メリサンド士族は希少な竜系獣人で構成される士族で、バッカス建国以前から竜に変生する能力を持っている。竜と一口に言っても様々な竜化があり、2メートル以下の人型から体長10メートルほどの大蛇になるもの、大きさはさほど変わらないものの全身が非常に硬い鱗に覆われるもの、飛竜に近い飛翔能力を有す竜化能力を持つほど士族内でもかなり多様である。
長らくバッカスには属さず埒外士族として外部との接触を絶っていたが、大地香織の説得と交渉によりタルタロス士族に合流。以来、自治都市をいくつか管理しつつタルタロス士族の戦士団の一翼を担う重要な戦力となっていたが、大地香織の死後、乱行の目立つフォン士族長とは距離を取りつつ、陰ではバッカス政府によるタルタロス士族解体に協力。再びメリサンド士族として独立を果たしている。
魔術で様々な事を可能にするバッカスでも、素の身体の強靭さは重要なファクターとなる。戦場に身を置く者は大なり小なり肉体改造を行っている者が多い。
そんな肉体改造の中でもカンピドリオ士族の人狼化は代表例かつ最上級のものだが、しかし、そのカンピドリオ士族にいながら人狼化無しで士族最強の座を手に入れた相手がサーベラスを追撃していた。
それと同格、あるいは同格以上に立ち回れるナス士族の戦士と共に。
「ウチの士族の再生能力にも限界がありますが、さて、あなたはどこを潰せば死ぬのでしょうか? あるいはどれだけ斬り刻めば死ぬのでしょうか……?」
『…………!』
「教えてくださいますか、その身をもって」
サーベラスにとってバッカス王国との戦いは本意ではなく、必要なものでは無かった。それゆえに追撃してくる者達を振り払おうとしたが、「エキドナの転移装甲解除という取引材料」と「武闘派士族の面子や功績」に突き動かされた強者達は容易に振りほどけるものでは無かった。
エキドナが産み落とした魔物の傍を通り、それで足止めをしようとしたところでカンピドリオ士族もナス士族も鎧袖一触に魔物を鏖殺し、その追撃速度はほぼまったく緩まなかった。
『i:@<g;uZ……! たたかう? たたか0u、きゃ』
サーベラスは逃走を大方針としつつ、瞬時に反転して爪牙と尾刃を使って反攻に打って出た。ただそれは相手を傷つける事への躊躇い混じりのものであった。
対するは、躊躇いがあろうがなかろうが彼を圧倒する魔人だった。
『ッ、ァ……!?』
「相変わらず、手癖の悪い狂狼じゃのぅ……」
「それはこちらの台詞ですわ、牝狐様。御老体なのによくついてきますね?」
「人様を老体老体と罵るなら少しは労ったらどうじゃ?」
「人様を小娘小娘と仰るなら老体らしく若人に道と首を譲るべきでは?」
「物を知らんなぁ。異世界では老体にこそ道と座席を譲るらしいぞ」
サーベラスが即死せずに済んだのは、ひとえに敵が二人いた事にあった。
彼が反攻に打って出る事など、彼が実行に移す前から先読みしていた相手にとってすれ違いざまに魔獣の総身をバラバラにしてみせるのは造作もなかった。
単騎であれば、造作もなかった。
斬り殺し損ねたのは追撃者二人――不老不死の狐系獣人と天賦の鬼才たる狼系獣人が互いに魔獣の首を取り合い、「相手には取らせまい」と邪魔した結果だった。
両者はサーベラスの肉と毛皮をバターのように斬り裂きつつ、サーベラスの肉の最中で鍔迫り合い、相手の太刀筋が魔獣の命を奪わないように弾き合うというやり取りを一瞬の交差でやってのけたのだ。
サーベラスはその事を理解出来なかった。
わかったのは、対峙している2人が自分では勝てないほどの強者である事。
そして強者2人の戦闘には混じれずとも、サーベラスを包囲している精鋭部隊が2つもある事のみ。その2つの事実は彼に「ここで終わり」と絶望させるものだった。少なくとも一時は諦めた。
『ま、だ……』
まだ死ねない。
相手は強い。強くても、挫けそうでも諦めてしまえば負ける。逃げ切る事が出来ない以上、何らかの方法で打ち勝つしかない。
今日この場でこの場の誰よりも強くならない限り、探し人に会う事は出来ない。それが嫌なら泣きそうでも歯を食いしばって抵抗するしかないと心に決めていた。
サーベラスは思考した。
魔物の本能のままに暴れまわるのではなく、理性を用い、勝つための方策を思考し――アルゴ隊にいた頃に受けた教えを思い出していた。
『いいか、■■■。戦いは力が強い方が勝つ。この力ってのは色んな要素が混じり合った概念だが……この世界の近接巧者は共通して尖ってるものがある。それが何かわかるか?』
『わかんなぃ』
『いや、少しは考えろよ……』
『?? ぽるっくす、おしえてくれる、ちがう??』
『んーッ……まあ、示唆ぐらいはやろう』
『おねがー、しま、す……』
『この世界のバケモノ連中はな? 未来が見えるんだよ』
『みらぃ』
『お前は強い。現状でも十分強いが、まだまだ強くなる余地がたくさんある。まずはバケモノ連中と未来を共有してみせろ。そこが強くなるための近道であり、バケモノになるための登竜門だ』