番外編TIPS:戦型編:魔術戦における「未来視」
人と人が魔術を交えた殺し合いが魔術戦である。バッカス王国において魔術戦で搦手無しなら最強と言われているのが魔術王・ベール。
彼女の場合は対人の域を遥かに超えた大魔術を使い、遥か遠くどころか別次元の相手も砲撃によって殺す事が出来るが、常人の基準では真似できないほど大量の魔力を消費する事になる。魔術王本人は桁外れの魔力の持ち主だからまったく問題ないが、彼女の真似をする事は難しいどころかほぼ不可能である。
だからこそ「普通の」対人巧者はもっと燃費の良い戦いをする。
この普通の対人巧者同士の戦い――バッカス王国上位実力者同士の戦いで重要とされているのが「未来視」と冗談混じりに言われる「先読み」の技術である。
先読みとは主に「対峙している相手の魔力の流れを読む技巧」の事を指す。
魔術で戦うバッカスの戦士達は剣や身体が動く前に魔力の流れを観測し、それによって相手の次の動きを予測して戦う事になる。
そのため対人巧者とその域に満たない者が戦うと、「動いた先に攻撃が置かれていた」と言うものが後を絶たないほどの速度差が生じる事になる。
どうやって先手を取っているかのカラクリに気づき、身体強化魔術で「見てから無理やり動く」のではなく「予測で先手を取る」事が当たり前に出来るかどうかがバッカス王国の戦士達の一つの壁となっている。
この技巧は対人の魔術戦のみならず、対魔物にも転用する事が出来る技術であり、対人など考えない者であっても上に行きたいのであれば自分で理解し、自分で習得する事が推奨されている。
サーベラスは、この予測技巧が出来ていなかった。
そんな事をしなくても十分に先んずる速度の持ち主だったが、天魔の敗戦を経て、再び数段格上の「戦士」を同時に2人相手する事になった時に至り、アルゴ隊の冒険者に知識としては教えてもらっていた観測と予測を使う事にした。
使えなくても、使えるようにならないと負けると追い詰められたがゆえに。
『fZ……はっ……』
全身を斬り刻まれ、消し飛ばされ、時に焼かれ凍らされる中、サーベラスは反撃の機会を伺った。痛みに耐えながら相手の動きの限界をよく観察した。
今まで軽んじていた情報――魔力の流れを見定める事の価値を理解し、それを最大効率で活かすにはどうすればいいかをよく考えた。
そして、演技をした。
一見すると致命的な隙に見える行動で相手の必殺を誘い、瞬きの時にも充たない刹那に反撃し、そのまま逃げ去るべく演技をした。
『きた』
その甲斐あって、彼の目論見通りの状況になった。
斬りかかってくる両者の魔力の流れが、大ぶりの必殺に向かう未来を視た。
『き、たっ』
だからこそ反撃に打って出た。
その瞬間、彼は自分が動いた先に剣と刀が走ったのを見た。
『え』
魔術戦において重要な要素となる「見」の技術。
想像によって動く魔術は無意識下でも魔力を動かし、それによって対峙している相手の次の動作を予測するという事は強者達は当たり前に使う技巧である。
だが、その先がある。
見えてしまう魔力の流れをあえて見せるという「演技と偽装」を交え、相手の先読みを鍔迫り合う事なく外し、「相手の先の先」へ征く騙しの技巧。
強者の中の強者はそれを瞬きにも充たない刹那にやってのける。サーベラスが対峙していた二人は、それをほぼ無意識にやってのける化物中の化物であった。
『あ、あっ――』
サーベラスは自分の両眼が脳の端切れと共に溢れるのを知覚した。攻撃を誘われ、視界を奪われ、完全に詰んだと思える隙を作られた事を自覚した。
しかし、最期の時は来なかった。
「いま、この獣。中々に器用な事をしたのぅ……」
「そうですね。……おっと、本部から交信が来たので出ます。戦闘一時中断です。女狐様、抜け駆け無きよう」
「この獣が勝手に動かなければな。こちらもカヨウ様から連絡が――」
都市部から飛んできた長距離交信に出た二人。
狐系獣人の方が「はあ?」と声を漏らす中、狼系獣人の方は「ええ、ええ」と別段驚く様子も無く、ほぼ同じ内容の連絡を受け入れる事になった。
『ままぁ~! なんか、しっぽぶんぶんするまもの? 追ってるんるん?』
「目の前にいて、このあと殺すところですよ。我が愛しき高祖様」
『め~~~~! ころころ……め~~~~!』
「ふむ。理由を聞いても?」
『んに……にゃんか、へんなにぉい……しってる? におい? んと……とにかく、めめめっ! ころしちゃめめめっ! わるいこちがう、あんにゃオモタ!』
「なるほど。では直ぐに帰ります。はい、では総員帰投しますよ」
「ちょっ……ちょっ……!? 隊長? 帰るんですか!?」
「ここまで追い詰めておいて!?」
「二度は言いません。駆け足」
狼系獣人の長がすぐさま踵を返し――配下の者達が戸惑っているのにも構わず引き連れ、スタスタとその場を去っていった。士族長の命令も通り越し、自分の子の「おねがい」一つで撤退していった。
一方、狐系獣人は士族長からの連絡に対し、呆れ混じりに少し粘った。
「いや……カヨウ様よ。妾達は散歩に来たわけでは無いし、そもそもこの魔獣の首はカヨウ様が御所望ゆえに狩りにきたのに、それを目前にして帰れと?」
『ええ』
「理由は」
『さる筋からサーベラスを狩るなという命令があったのです。目前にしているとか、いま出発しましたとかそういうのはどうでもいいので帰還なさい』
「あー……はいはい、アンニア嬢に命令されたんじゃな……」
『黙秘権を行使します』
「酷い上司じゃ……。捕獲は? 殺さない程度に斬りつけていいのであれば、対カンピドリオ士族用の拘束器具も持ち込ませておりますゆえ、可能じゃが――」
『痛めつけるのも禁止という指示です。速やかに帰還なさい』
「はい、はい……。えーっと、皆のもの……撤収!」
「承知いたしました」
「はあ……まったく骨折り損のくたびれ儲けじゃ。帰ってうな重キメねば」
すっかり戦う気が失せた狐系獣人は士族長の命にため息をつきつつも、言われた通り速やかに、部下達を連れて風のように去っていった。
サーベラスは自分が命拾いした事を知ったが、その場で休む時間は無かった。
「カンピドリオだけじゃなくて、ナスも来てたのか……!?」
「いや、アンタらなんで帰っ……サーベラスは!?」
「構うな! 俺達は俺達で仕事を果たすぞ。今日こそサーベラスを仕留める!」
『ゥ……』
サーベラスは再び逃走を開始した。
軋みを上げてバラバラになりそうな身体に鞭打ち、限界に達しつつある再生能力を最低限の補修に回し、ボタボタと血を流しながら走り始めた。
カンピドリオとナスの兵が引いた後、後詰めとして――名を上げるためにも――やってきた戦士団や冒険者クランから必死に逃げ始めた。
彼にはもう、二重の意味で限界が迫っていた。
戦闘で激しく消耗した再生限界。そして、魔物の本能に蝕まれる理性の抵抗限界。その両方が決壊しつつある中、それでも探し人を求めて彼は逃げた。
『ぁ……』
逃げる最中。微かな光明を見た。
自分を追い、容赦なく殺そうとしてくるバッカスの兵の遥か後方――そこに微かな魔術の反応を――見覚えのある魔術の反応を捉えていた。
アルゴ隊が使う魔術の反応だった。
彼はそちらに向かって全力で駆けていきたかったが、消耗しきった自分ではアルゴ隊にたどり着く前に絶命すると考え、逆方向への逃走を続けた。
だが、その胸にあるのは絶望ではなかった。
悲嘆すら無かった。
人間としての意識が風前の灯火の如く消えかけていても、人々に罵声と共に敵意を向けられてもなお、アルゴ隊の存在が彼の胸に希望を抱かせていた。
アルゴ隊の存在だけではなく、一つの展望を思いついたがゆえに。
『ああ……そっか……』
魔物は駆けた。
霞む視界で、ボロボロの身体で最後の逃走を始めた。
刃のついた尾を動かし、何もない地面を引っかきながら逃げ続けた。
『こうすれば、よかったんだ……』
伝えたい想いを、伝えたい人に届かせるために逃げた。
声を無くしてもなお、彼にはまだやれる事があった。
その方法にようやく思い至り、魔物は微かに笑みを浮かべた。




