番外編TIPS:魔物編:トレットマン
スライムの一種。魔物なのだが珍しく人間を襲うように設計されていない。人がいると積極的に逃げ出す銀色のスライム。
人間に襲われても戦わず最期まで逃げ延びようとする。戦闘能力は皆無。個室にカンピドリオ士族長家の長女と一緒に閉じ込めても「アニャッ! アニャッ! ムフン♪」と踏みつけ攻撃を行った長女の方が一方的に勝つほど弱い。
ただ、トレットマンは他者の治療能力を持つ特異な魔物である。
他の魔物の傷に張り付いて治療する事が可能で、本来、遠からず死ぬ運命にあった魔物を治療して再び最前線に走らせる事ができる。
治療できるのは切傷、打撲痕、骨折だけではなく、毒に関してもある程度は治す事が可能。治療の仕組みに関してはバッカス王国の治癒魔術と類似している。
失血死狙いで逃げながら狩猟している冒険者には、せっかく致命傷を与えていた魔物を治してしまう事から蛇蝎のごとく嫌われている。都市攻めをしている魔物の群れの中にもちょくちょく混ざっているため、早めに抹殺しておかないと戦闘の長期化を引き起こす原因となる。
大抵、どんな魔物相手でも分け隔てなく治療し、同種すら襲う凶暴な魔物でさえもトレットマンの治療行為は大人しく受ける光景が多々見受けられる。神にそう設計されているという事もあるが、魔物にとっては聖母のような存在なのかもしれない。あるいは魔物界のマタベレアリ。
治療が終わると寄生するわけでもなく、さっさと移動していく。移動方法は丸くなってコロコロ転がるか、他のスライムと同じく這って移動するというもの。
平坦な道では転がって移動し、最高速度は60キロほどに達する。転がっている光景は微笑ましさのある可愛いものだが、見逃すと後で面倒な事になりかねないので射殺推奨。
生け捕りにしたトレットマンは薬品の材料として流通している。他、人間が使役するためのスライムに転用され治癒魔術の媒介にされたり、闘技場で闘技用の魔物の治療を行わせたりする。同じ魔物に対しては治療可能回数の制限もあるが。
サーベラスが要塞侵入のために用意した策はこのトレットマンであった。
バッカスと魔物、そして少年少女の騒乱者の戦いが起こっている現場に乱入していくために道中でトレットマンを捕まえ、それを無理やり自分の身体に取り込む事で治癒能力を増設。
避けきれず受けた攻撃で軋む身体を自己の再生能力で癒やし、同時に魔物による修復で無理やり前進するサーベラスの胸中には自分がもう完全に「魔物扱い」である恐怖心があった。
だが、それでも前へと進んだ。
「サーベラス!? 騒乱者の援護に来っ、ぎゃっ!?」
「ぐっ……所詮、魔物……人間以下のバケモ、きゃぁっ!」
人魔が入り乱れる大乱戦の最中、サーベラスは少年少女の騒乱者に対して尾刃を振るった。一本、二本では足りず――魔物としてさらに進化し――三本、四本、五本、六本、七本、八本、九本と増えていった尾を振るった。
騒乱者達は尾刃に武器を切り飛ばされ、尾で締め上げられて気絶していった。気絶した子供達はバッカスの兵に向けられ投げられていった。
「この、バケモノ……!」
「子供相手でも容赦無しか!?」
『うん。q@;tt@7oug'uo、ぼくがやらなきゃ。ぼくは、ばけもの。bkbqaf<jq@iy:@y。cpew@<egt5opwmoZwm……ひとにころされるなんて、b0hw、7u6mew@、ないほうがいい』
暴れまわるサーベラスに対し、多くの者が罵声を浴びせた。だがそれでもサーベラスは止まらなかった。暴走しかける魔物の本能を無理やり押さえ込み、抑えきれない場合は同じ魔物を殺して発散した。
助けて殺して立ち回り、血の海に沈みながらもそれでもサーベラスは諦めなかった。自分に出来る戦闘を成し、本能と恐怖を押し殺して走り回った。
『c4a)、いない。そーらんしゃのこ、もう、いない?』
騒乱者の無力化という目的を果たし、探し人がいない事を魔物の嗅覚を持って判断したサーベラスは魔物を殺しながら南へと進んだ。
飛翔して先行したエキドナを追い、アーセナルより落下してきた魔物達を倒しながら不眠不休で都市郊外を進んだ。
『あるごたい、xeg)4。つよい。だから、いちばんあぶないとこいる。そうちょも、みんなもいる。nuneh。みんなに、あいたい』
向かう先に希望がいると信じ、ひたすら走った。
行く先々で人々から罵声と攻撃を浴びたが、負傷した身体を無理やり治し、南へと向かった。痛みと恨みを飲み込み、自分が信じたいものを信じる事にした。
「がんばるねえ。がんばるねぇ、サーベラス君」
『かみ、さま』
もはや、誰のものかわからないほどの量の血を滴らせ進むサーベラスに対し、嫌らしい笑みを浮かべて話しかける者がいた。神が楽しげに近づいてきた。
「人間……怖いね~! 愚かだね~! キミがどれだけ尽くしても、誰も理解してくれない。キミは人間じゃなくて魔物だからねっ! もう何しても無駄だよ」
『むだ、ちがう』
「無駄に決まってんだろ。あぁ、元々馬鹿だったが、さらに馬鹿になったか。……もうかなり魔物側の意識に飲まれて駄目になってるみたいだねぇ?」
『ぼく、c4a)qaiいっぱいもらった。いっぱい、しあわせだった。いま、しあわせちがうでも、しあわせだったのはうそちがう。だから、むだちがう』
「ハッ……まあ、お前にもいずれわかるよ。人間の怖さがな」
『こわい、わかる。eqeから、わかる』
「そうだろ? だからさぁ……殺せよ、復讐しろ。人の都合で勝手に生み出されたお前は、創造主たる人間達に復讐する権利がある! なんなら私も手伝――」
『こわいひともいる。でも、やさしいひと、いる。……いろんなひといる。ぼくは、それ、わすれない。ぼくまもの。まものにかわった』
「…………」
『しあわせだったのは、いまもかわらない。だから……あきらめない』
「ハッ……ハハッ!」
『いたいけど、あいたいよ、そうちょと、みんなに……』
「馬鹿がッ! 所詮は、ケダモノだな……!」
神は笑った。意図して笑った。笑わなければ自分が負けたと思いかねないがゆえに笑った。読心魔術を使っても変わらず、打ちのめされかけた。
「まだまだ絶望が足りないようだな。……いいぜ、お前に人間の汚さを教え込んでやる。人類の愚かさを理解させてやる。楽に死ねると思うなよ」
『だいじょぶ。duue。eg.。ぼくは、c4a)と、くれぇぷたべる』
立ち去っていったサーベラスに対し、苛立ちを抱かずにいられなかった神は前言の通りの事を行う事にした。自身の理解者を作るという計画を捨て去り、サーベラスにとびきりの悪意を向ける事を決め、首都へと転移した。
「やあやあバッカス政府の政務官の方々!
キミらが知りたがってる情報を2つ進呈しよう。出血大サービスだよ!
1つはエキドナの目的。2つ目はサーベラスの現在位置だ。
リアルタイムでどこにいるか神託書で教えてやるから、頑張って殺してみろ。
サーベラスをブチ殺したら、エキドナの転移装甲を解いてやる」