番外編TIPS:第十二試練:エキドナ
アルゴ隊に下されていた十二試練最後の標的。第九、第十、第十一の試練と合流前ながらタルタロス士族戦士団による防衛線を無傷で突破した脅威。
バッカス王国の前に姿を見せた「エキドナ・造兵廠装甲」と「第十二試練・エキドナ」は別個の存在である。
両者の関係はバッカスの「騎士と魔剣」の関係に類似している。人工的に作られたアーセナルは本体であるエキドナの外骨格であり、エキドナの力を強化する増幅器となっている。
魔力量だけは魔術王に匹敵する本体の魔力をアーセナルが「転移装甲」や「巨体の維持及び移動」などのために汲み上げ半自動的に使っている状態だ。
さらにエキドナが持ち合わせている「強力な魔物を出産する機能」もアーセナルが増幅し、莫大な魔力も使って無数の竜種を生成する事を可能としていた。
いわばアーセナルは「動く魔物工廠」であり、その作成者によりアーセナル内部に接続させられたエキドナは動力部となっていた。
アーセナルと対峙したバッカス王国は都市の自治権を背景に先走ったタルタロス士族が防衛戦を突破された事によりアーセナルの南下を止められず――ヴィントナー大陸への上陸を許す事になってしまっていた。
タルタロス士族は南下するアーセナルを追撃したが全ての攻撃を転移装甲に阻まれ、エキドナが生成した無数の竜種による反撃により大打撃を受けた。
バッカス政府はタルタロス士族戦士団に「追撃を止め一時後退」を指示していたものの、士族長はその指示を無視。士族というより個人の面子のために「死んでも追撃して殺せ」と通達し、タルタロスは初戦から一週間で追加投入した戦士団含めて11万人超の死傷者を出していた。アーセナルは当然のように無傷であった。
事はタルタロスの失態だけでは終わらない。
アーセナルはひたすら南下を続け、それに伴って魔物を大量生産。ヴィントナー大陸への上陸を許した事から陸伝いに大量の竜種が大陸中に蝗の如く広がっていき、バッカス側は広範囲の都市防衛のために兵力分散を余儀なくされた。
また、ヴィントナー各地を襲ったのはタルタロス士族戦士団の死霊軍勢も含まれ、タルタロスは自分達の尻拭いのためにヴィントナー各地に散らばる事になり、以後の追撃戦で汚名をすすぐ活躍をする事は無かった。
さらに、11万人超の死傷者の大半が保険による遠隔蘇生を使わざるを得なくなり、バッカス政府は保険用の霊子鉄の在庫を大いに削られ保険代高騰と「この調子でいたずらに損耗を繰り返していたら保険すらかけられなくなる」という恐れから「対アーセナル以外の都市郊外遠征自粛」という非常事態宣言を発令せさるを得なくなった。
タルタロスの独断専行は国に大打撃を与えた愚行であったが、政府も政府でタルタロスの行動を止めきれなかった責任があるとされている。
そのため現代でも「エキドナ事変」で被害を受けた者達の訴訟が続いているが、タルタロス士族解体に伴って元政務官長が大半の責任をタルタロスに飲ませ、解体前の士族財政から賠償金を搾り取る事に成功している。
「酷い死屍累々の惨状だな……」
タルタロスによる追撃戦に随伴したイアソンは人魔問わずに死体が折り重なる戦場にて、討伐対象であるエキドナ・アーセナルを見送り、一時後退していった。
追撃は一時中断とはなったものの――南下しているアーセナルの進路が「最悪の状況」に向かいつつある事から――追跡は政府主導で行われており、収集された情報により第二次討伐作戦も練られつつあった。
その情報収集により、政府側も造兵廠装甲と第十二試練が別個の存在である可能性に辿り着いていた。
「あの巨体の内部にいるはずのエキドナを殺せば、アーセナルは止まるわけか」
「多分。観測情報によると魔力そのものは巨体じゃなくて、内部にあるそれらしい反応……動力部由来の物みたいなんでー」
問題は「どうやってアーセナル内部に侵入するか」という事にあった。
そして、都市に帰還したイアソンは別の問題を知る事になった。
自分が目をかけていた巨人の少年が騒乱者に誘拐され、行方不明のままである事を知ったイアソンは激怒したが、誰かに当たり散らす前に「ぼくのせいだ」と傍にいなかった事を悔み、歯噛みしていた。
そんなイアソンに「救いの手」を差し出したのは神であった。
「イアソン君、そんなにあの子を助けたいんだね~」
「当たり前だろ……! いまどこにいるんだ! アンタなら知ってるだろ!?」
神はイアソンの問いに「もちろん」と答え、しかし肝心の居場所と状況に関しては答えず、一つの問いを投げかけていた。
「どこにいるか知りたいなら、試練を突破してくれなきゃねー」
「またそれか……! いい加減にしろよお前!!」
「いやいや、試練の対象は以前と変わらず、同じだよ。……ただ、突破したあかつきには『彼の母親がどこにいるか?』と『彼がどこにいるか?』のどちらかの答えしか教えてあげないよーwwwww」
イアソンは神に理不尽な二択を迫られていた。
彼は迷ったが、それでも少年の居場所を知る方を優先する事にした。
「へー、母親の方は見捨てるんだー」
「っ……! ああ、そうだ、ぼくの判断でアイツの方を優先する事にした。もう決めた。ぼくはアイツを助けたい。アイツを助けるためなら……第十二試練だろうが、第九試練だろうが、第十試練だろうが、第十一試練だろうが、全部まとめて――」
ぶっころしてやる。
アルゴ隊の総長はそう宣言し、配下の冒険者達もその決定に従う事にした。
愚連隊の彼らではあるが、この時、目指すところは同じだった。
彼らは自分達の仲間を救うため、邪魔するものを全て殺す事を決めていた。
この戦いの――エキドナ事変の真実を知らないまま、そう決断していた。




