番外編TIPS:技術・研究編:原典聖剣
上位存在が作りし最高の神器にして、現存する全ての神器の原典。この剣からこぼれ出た破片をもとに環境管理型神造兵器などの665の神器が作成されている。
バッカス王国の騎士達が握る魔剣も近い方法で製造されているが、製法が違うため性能は――本来の力さえ出す事が出来れば――魔剣を圧倒するものが作成可能となる。
原典聖剣が元々持ち合わせていた力は最初の使い手に忌み嫌われたがゆえに封印されたが、あまりにも強すぎる力であったがゆえに合一状態からの摘出は出来ても完全に封じる事は出来ず、ある意味、類似した性能へ変質する事となった。
原典聖剣の担い手は歴代3人おり、望まずして担い手となった2人目は■■しているが、聖剣を回収した神により性能に制限をかけられ、3人目の担い手の手に渡る事となった。あくまで制限であるため、最初の変質とは違い、制限を外せば本来の方法で使用可能となるが制限解除権限は神が握っている。
2人目が握っていた時点での基本能力は「記憶を対価に■に干渉する事」であったが、凶悪さに関しては原点の原典聖剣よりはまだ「可愛らしいもの」であった。
原典聖剣は3人目の担い手の前に奇しくも――神本人にとっては知らず知らずのうちに「選定の剣」として現れる事となった。選定と言っても殆ど神が仕掛けたヤラセではあったが、ともあれ、聖剣はバッカス連合首長国に立ち向かう力となっていった。
3人目の担い手が、2人目の■であった事もあり、聖剣に適合。完全な適合では無かったため大いに苦しむ事になったが、紆余曲折を経ながらも3人目の担い手であるミカド・タイラーの目的は、最終的には達成される事となった。
その目的に向けた道のりが、まだ始まったばかりの時の事。
放浪者であったミカド・タイラーが聖剣を抜き放ち、勇者として挑んだ最初の戦いは鬼二体とのものであったが、何とか切り抜けていた。
切り抜けるといっても、まだ聖剣の性能に振り回され、蝕まれ、苦しめられているだけの彼では本気を出していない鬼に「今後の楽しみにする」と退いて貰う事しか出来なかったが、それでも何とか統覚教会の総本山は守られる事となった。
青年は戦後、1人、部屋で身体を休めていた。
「あの……勇者様……?」
「…………キミは」
その身を蝕む聖剣に耐えていた青年のとこに訪れた――というよりは忍び込んできたのは、1人のゴブリンであった。青年に助けられたゴブリンの少年だった。
少年はオーガに殺されかけていたところから助けてもらい、両目と両足を治癒魔術で元通りにしてもらった礼を告げていた。
そして、青年に「気晴らしに付き合ってほしい」と言われ、暫し話をした。
「勇者様は――」
「その呼び方は嫌だな。ミカドって呼び捨てにしてくれると助かる」
「勇者の称号が、誇らしくないんですか?」
「うーん……教会の人達には悪いけど、正直、恥ずかしい。ここに住んでいるって事は、キミも教会の教えを信じてるから不快かもしれないけど……」
青年にそう言われた少年だったが、もはや信仰心も薄れてきている事もあって、青年の主張を「そういうものなのか」と思い、受け入れていた。
「ミカド様は――」
「様もつけなくていいよ。僕なんて単に武器の力に寄生している男だから」
「み、ミカドさんは……この世界の人間様じゃないんですか?」
「うん、多分」
「たぶん?」
「記憶が、とても曖昧なんだ……。日本って国で暮らしていたはずで……向こうの文化も結構覚えているんだけど……自分の事をよく覚えてないんだ」
青年は「数少ないわかっている事と言えば、神様に名前を教えてもらっただけ」と言ったが、それも真の名前であるかわからないと肩をすくめていた。
いくつか話をした末に、青年は「この子になら話してもいいか」と判断し、問いかけていった。一つ、提案をするために。
「キミは、教会の教えをあまり信じていないのかな?」
「そっ……! そんな、ことは……」
「ああ、いや、咎めるつもりは無いんだ。むしろ僕は統覚教会は間違った存在だと思う。キミ達の事を差別し、虐げてる悪い組織だと思っている」
「…………」
「僕は連合首長国と戦うけど、それと共に教会とも交渉をしたいと思っている。具体的には亜人と言われているキミ達の権利を主張していきたいと考えている。聖剣の武力を背景にね。あまり褒められた手段では無いけど……」
「権利……?」
「キミ達もヒューマン種と同じように、人間として平等に生きていける居場所を作りたいと思っている。いまの世界じゃ難しいだろうから、最終的には教会と決別するかもしれないけど……その時は……例えば、別に国を作るとか、かな?」
「そ、その権利って……ゴブリンだけじゃなくて、エルフとか、他の亜人にも与えられるもの、なんですか……!?」
「もちろん。亜人なんて区別もせずに、同じ人間って事で暮らしていけた方がきっと楽しいって……言ってた人がいてね。そういう世界なり、国を作りたいんだ」
そのために自分の命を使う事にした、と言って青年は微笑んだ。
少年は訝しみつつも、「居場所を作る」という提案を魅力的に思っていた。そんな世界が出来れば、あの子と一緒にいれると、微かな希望を抱いていた。
「勇者様はなんで」
「ミカド」
「み、ミカドさんはなんで、そんな事をしようとしてるんですか?」
「うーん……一言で説明するのは、難しいなぁ……」
青年はここに至るまで、色んな事を経験していた。
拾われて命を助けられ、愛を育み、そして別れる事になり――旅を始めた。旅の最中、青年をよく思わない存在に命を狙われながらも、魔女や老戦士などの協力者を得つつ、ここに至っていた。
旅の途中、マティーニ以外の特別恩赦区も見てきた。
記憶が定かではなく、自分が「神に偽物の知識を植え付けられた作られた存在なのではないか」とも悩みつつ生きてきた彼だったが、彼なりの理念を得ていた。
その理念の根底を支える理由を、ゴブリンの少年に対して告げていた。
「僕はね。好きな人がいるんだ」
「好きな人……」
「実はその人が、連合首長国の主として担ぎ上げられてる魔術王でね」
「えっ」
「いや、王とか言われてるけど、本当はおっちょこちょいの金髪巨乳吸血鬼さんなんだよ。しっかり者として振る舞いたがってるけど、振る舞いきれないとこが可愛くて。抱きしめると凄く柔らかくて、恥ずかしがって赤面するんだ」
「ちょっ、ちょっ! 待って? 話がよくわかんないです」
「ああ、一言で言った方がいいかな?」
「はいっ!」
「敵方の王が最高にシコい」
少年は混乱した。
青年は時折、聖剣の侵食による痛みに震えつつも微笑みながら、敵方の王たる魔術王が「本当は優しい子で、今回みたいな戦争をするような子じゃない」「何か理由がある」と説きつつ、提案をした。
「キミも、良かったら協力してほしい」
「み、ミカドさんの好きなシコ王を倒して、助ける事をですか?」
「いや、さっきも言った皆の居場所を作る事を、だよ。その過程で彼女……魔術王も助ける。聖剣と彼女の力が合わされば盤石だ。……最悪、彼女さえ生き残ってくれれば問題はないだろう」
「何でそこまでするんですか」
「魔術王は優しい人だから、いまの世界事体が嫌いなんだよ。事はもう、彼女を救出するなり叱るだけじゃ済まない。彼女が心まで平穏に暮らせる世界を作りたいんだ。それにはキミ達を差別されない身分に引き上げるなり、統覚教会とは袂を分かって第三の国を作る必要がある」
「…………」
「世界を救いたいというよりは、惚れた女性を安堵させたいんだ」
青年は自分を「個人的な感情で動く人間」だと紹介しつつ、でも、自分の目的を達成する事は目の前の少年ゴブリンの利益にもなると、考えていた。
目的は違えども利益を共有出来るなら、手を取り合えると思っていた。
「僕の仲間になって欲しい。居場所作りには協力者が必要なんだ」
「…………ぼ、ぼくは」
「…………」
「ぼくは、ゴブリンです。弱い、です……」
「だが、空を飛べる。それはヒューマン種の人達にはない個性だ。それに、正直に言うと統覚教会内には僕の考えに同調してくれる人は少なくてね……いる事にはいるけど、教会の外にも敵がいっぱいいるんだ」
「…………」
「いま直ぐじゃない。僕が目的を達成して、ちゃんと有言を実行出来た時、そこがキミの望むものであれば来てほしい。そうしてくれる事だけでも、凄く助かる」
少年は迷った。自分なんかでいいのかと思い悩んだ。
だが、悩み終わったら直ぐに答えを告げていた。
「ぼくも、いまの世界が嫌いです」
「うん」
「だから、ミカドさんの言ってる世界が見たいです」
「うん」
「だから、協力します。ぼくの命を、ミカドさんに捧げます。使ってください」
「いらない」
「えっ……」
「命はいらない。キミの命はキミだけのものだ。……綺麗事かもしれないけど、命まで託されるほどの自信はないんだ。だから、命まで託されるのは困る」
「…………」
「僕は完璧な人間じゃない。間違う事の方が多い。だから、協力しつつ……自分の命を大事にしつつ……しっかりと、キミの視点で見定めてくれないかな?」
「見定める……?」
「僕が正しいかどうかを。間違った道に進みそうなら叱ったり、提案してほしい。駄目そうなら後ろから刺してほしい。僕はあくまで個人的な感情で動いてる生臭勇者だから、目的を達成出来てないと、そこそこ抵抗はするけどね」
「て、提案って……でも、あの、ぼく、ばかだから……」
「知能は関係ない。キミが自分自身の頭で考えて、判断する事が大事なんだ。現状に諦めかけていた僕が言うのもおかしな話だけど……いまが駄目だと思うなら、そこは改善していこう。考え、改めていくためにキミの頭はあるんだ」
少年は戸惑っていた。今までは言われた事をしているだけで良かった。
それでも、青年の考えを否定しなかったのは、自分自身でも――自分で考えて「このままでいいのか」と思い悩んでいたためだった。
「居場所を作るとか、国作りとか、そういうのわかんないです……」
「僕もわからない。なのでわかる人に聞いたり、皆で考えていこうよ。傍で意見を聞いてくれてるだけでもいい。時折、口を挟んでいるだけでもいい」
「…………」
「キミは、キミの頭でよく考えてくれ、イアソン」
「考え、る……」
「例えば……いま、こうしたい、という願いはないかな?」
「ぼく、は……」
青年に問いかけられた少年は、うつむいた。
うつむきつつ、一つの事を考えていた。
それは少年にとって、とても大事な事だった。
「ぼくは……あの子を……助けたい! です!」
難しいことはわからない。
でも、あの子を――自分の命を助けてくれたエルフの少女を助けたい。
いまはどこにいるのかわからずとも、助けたいと、少年は叫んでいた。
誰に命じられたわけでもない、少年自身が抱いた願いだった。
蘇生待ちの夢の中、まどろみ、目覚めようとしている男の抱いた願いだった。