番外編TIPS:集団・組織編:フレムリン士族
バッカス王国建国当時、最も恨まれていたのはヒューマン種である。
そして、その次に恨まれたのはゴブリン種であった。亜人の中でさえ「ゴブリンは裏切り者である」「卑怯者だ」と言われ、蔑まれるほどだった。
フレムリン士族は、この事実に深い関わりのある士族である。
正確にはフレムリンの前身となった士族がバッカス建国後、「恨まれるだけの理由を持つゴブリン種」を数多く受け入れたがゆえに、関わりを持つ事になった。
元々、フレムリン士族はエルフ系士族とゴブリン系の二士族が合併して出来た士族で、後者のゴブリン系士族が最初に問題を抱える事になった士族である。
彼らが受け入れたのは「特別恩赦区に住んでいたゴブリン」であった。自士族に関わりのあるゴブリンもいたが、受け入れた大半が単に同族であるというだけだったのだが、ある意味、この対応は非常にマズいものだった。
特別恩赦区に閉じ込められていた亜人は、憐れまれる者も多い。
しかし、そんな恩赦区にいた亜人の中でも、ゴブリンだけは別の扱いであった。バッカスが出来る以前から恨まれる行動をしていたがゆえに、バッカス建国後も「特別恩赦区にいたゴブリン」というだけで闇討ちされる者さえいたほどである。
フレムリンの前身となったゴブリン系士族は、爪弾きにされていたゴブリンを全面的に受け入れたのだが、これはゴブリン種への恨みを一身に浴びる行為であり、バッカス政府は擁護する側に回っていたが、ヒューマン種に準ずるほどの怨恨を抱かれていた「特別恩赦区のゴブリン」を守り切るのは難しいものがあった。
しかし、ここに一つの救いがやってきた。
それがフレムリン士族の前身の片割れであるエルフ系士族であり、彼らは同種族で無いながらもゴブリン達の庇護を手伝う事を確約していた。
損得勘定による選択が、まったく無かったわけではない。
だが、彼らにとって士族合併による保護は、償いの意味もあった。
自分達が同族の英雄を裏切った事があるために、せめて、同じく「裏切り者」であるゴブリン種の味方になろうと争いの渦中に身を投じたのだ。
現在のフレムリン士族は有力士族に成長し、同時に報道分野で大きな影響力を持っているが調査能力はこういった士族設立の経緯にも関係している。
無神経で恥じらいが無いと言われる事もあるが、彼らもまた生きるのに必死であった。いつまでも先祖の罪を追求されてたまるものか、という意地もあるが。
両足が使えなくなり、片目となったゴブリンの少年も「特別恩赦区のゴブリン」という意味ではフレムリン士族の設立に関わりのある者であった。
怨恨を向けられるだけの理由を持っていた。
しかし彼はその事を半分しか理解していなかった。恨まれるのはわかるが、間違っているのは恨んでくる側であり、自分は正義の使徒であると信じていた。
無邪気に信じるよう、教育されていた。
エルフの少女は少年が騙されている事を知っていたがゆえに、致命傷から救った礼として甲斐甲斐しく足を運んでくる少年を説得しようとしていた。
「だから、貴方は騙されてるのよ……」
「だまされてないっ。何でそんなひどい事を言うんだ?」
「じゃあ、貴方が教会の人間に押し付けられた仕事で重傷を負って、死にかけたのは何で? 片目を無くして、足も動かなくなるような……それこそ酷い事でしょ」
「ぼくは戦士だからな。手傷を負う事ぐらいある。自分から喜んで志願した仕事で死んで文句を言うなんて、ただの馬鹿だろ?」
エルフの少女は溜息と共に目元を揉んでいた。
少年の説得は難航を極めた。それほど強固な教育を施されていた。
「貴方は統覚教会に、都合の良いよう利用されているだけなのよ……?」
「そんなことないっ」
「頭大丈夫?」
「お前の方が頭大丈夫って聞きた――あっ、人が来たかも」
「…………! 隠れてっ!」
少女に言われるまでもなく、少年はゴブリンらしい小さな身体を活かし、素早く隙間に隠れていた。隠れ潜む事は彼の特技であり、仕事に必要な業であった。
少女への来客は治癒希望の患者……ではなく、教会の人間が今後の事に関して話に来ただけで、少年はそれを隠れて黙って聞いていた。
話が終わり、部屋に二人きりになると、少年は笑顔で少女を祝福していた。
「おめでとう! 治癒以外の聖娼もする事になるんだなっ」
「…………」
「直ぐじゃなくて、しばらく先なのは残念だけど、これで今よりもっと、人間様のために働けて、きっと来世は人間にイッテテテッ!? いたい!」
「無神経。最低。クズ! そういう事を言ってると、女の子にモテないわよ」
「えぇぇ……? なんでぇぇぇ……?」
少女は少年の毒され具合と自分の未来に陰鬱そうな表情をしつつも、「せめてこの子は逃してあげないと」と思い直し、説得を続けていった。
「あのね……? 貴方、自分が仕事で死にかけた事は、理解してる?」
「うん? そりゃもちろん」
「例えば……例えばの話よ? 貴方はそれでいいのかもしれないけど、仮に貴方の……貴方の大好きな優しいお母さんが、同じ仕事をさせられたら、どう思う?」
「えっ……」
「同じように致命傷を負って、もう会えなくなっちゃったら……嫌でしょ?」
少年は戸惑っていた。言われた言葉を十分にあり得る事実だと理解しつつ、「でもそれは殉教の戦士として功績を残す事で」としどろもどろになりながらも、母親に会えなくなるのは「嫌だ」とハッキリ思っていた。
思い、悩んだ末に、こう返していた。
「だ、大丈夫だ。ぼくがママの分も戦うから」
「それで貴方が死んでしまったら、もうお母さんと一緒に会えなくなるのよ?」
「大丈夫だ、約束したんだ。来世は同じ人間の家族に生まれようねって……ちゃんと約束したんだ。他の兄弟とは違って、ぼくにはそう言ってくれたんだ」
「…………」
「ぼくはママのために戦う! 教会のために、人間様のために……ママとまた家族になって、しあわせな生活を送るために戦うんだっ!」
「…………」
「ぼく、いまは仕事を貰えなくて……他の兄弟や他のゴブリンに遅れを取ってるけど……でも、大分、身体の調子は良くなったんだ。キミのおかげだ」
「…………」
「一緒に困難に立ち向かおう! そんで、来世も友達になろ? いまは苦しい事もあるけど、真面目に人間様のために生きてれば、来世の安寧は保証される。生まれ変わったら……今度は二人で一緒に、美味しい木苺を探しにいこう!」
少年は屈託のない笑みでそう言い切った。
頑張れば明るい未来がやってくると、純粋な心で信じていた。
少女は笑わなかった。
少年は未来を信じつつも、焦っていた。
大怪我をした事で、前と同じように仕事が出来なくなって、ママや上司である人間様にも仕事を振って貰えず、役に立てずにいる事に焦っていた。
死ぬのは怖くない。
何も出来ずに死んで、またゴブリンとして生まれるのが嫌だった。
だから、少年は少女に一つ、願い事をした。
「頼む! このままじゃ、前みたいにお仕事出来ないんだ」
「…………冗談でしょ」
「ぼくは本気だ。本気だから、この邪魔な重りを切ってくれ」
彼は優しい母のために戦う孝行者であった。
狂信者になるよう、望まれ育った、一つの悪意の結晶だった。
それでもなお――そうだからこそ――少女は彼が救われる事を願った。
願い、説得したが、彼女の願いは少年の想いと寄り添うものでは無かった。
「ぼくはママのために戦うんだ!」




