番外編TIPS:狩猟方法編:水場での戦い
魔物の習性を利用した戦術の中には水場を有効活用するものがある。
神に作られし魔物達は何があっても人を殺そうとする。自分の下半身が切り飛ばされようが、前足と頭があるならズリズリと這いながらでも食らいつきにいき、人を追う際、マグマに遮られようが近場で迂回出来ないのであれば平気で突っ込むという事すらする。対人において自身の生死は埒外、と本能に刻まれている。
そのため、人がいるならびしょ濡れになっても構わず水場へと入ってくる。
この時、魔物自身が泳げるかどうかは重要ではない。
陸地にいる魔物が沖合の船に人が乗っているのを見つけてると殺すために頑張って泳いでくるが、「お前どう考えても泳げねえだろ」といった鉄の塊の如き魔物が、それでも頑張って海中を歩いてきて海水をたらふくに飲んで死ぬというのはよくある事である。
異世界人はこの愚直なまでの殺人本能を「バグってるwwwww」と煽るが、上手く使えば労せず、強力な魔物を殺す手段となる。
例えばブロセリアンド士族は陸棲の魔物を駆除するため、水場まで誘導してから水中戦を繰り広げて殺すという戦法をよく使っている。
これは単に殺しやすいだけではなく、運搬を楽にする意図もある。死体に浮きをつけると解体するまでもなく海にプカプカ浮くので、それを引っ張って都市まで運び込むのだ。道中の安全確保の問題もあるが、海戦が得意であれば有効であろう。
他、ゴブリン種も多く所属しているフレムリン士族ではゴブリンの航空連隊が巨大な魔物の前で「やーいやーい」と小さなお尻を振って煽り、飛んで逃げながら海まで誘導し、溺れさせて殺すという事も行う。
陸棲の魔物の中にはこの手の習性を逆手に取った戦術への対策として、水中でも長く息をせずとも活動出来るものもいるが、海水に阻まれて移動と戦闘の能力が削がれるという事は竜種であってもよくある事である。
魔物の大群に強襲されたイアソン達は包囲の緩い北側――サクラメント群島海域に活路を見出し、そちらに向かって撤退していった。
包囲が緩い、といってもそれは豚面の騒乱者が暗躍し、魔物が大挙して来ている陸地側に比べるとの話であり、そもそもサクラメント側の海域は一年を通して強力な魔物が来やすく、数も多く、海戦に慣れていなければ死地と化す場所である。
しかし、海中を泳いで、あるいは海上を水上歩行の魔術で走って撤退していく討伐隊を水中から襲ってくる魔物はほぼ皆無であった。
「あっちゃぁ……アルゴ隊か。海戦巧者が数人来てたみたいブヒねぇ」
豚面の騒乱者は自らの失策を悟りつつ、冷静に撤退準備を開始していた。
イアソン達の目論見は、討伐隊の本隊から離れて好き勝手にやっているアルゴ隊の面々を交信魔術で呼び寄せ、退路を作っておいてもらうというものであった。
ブロセリアンド士族出身者やアクアゴーレムを使った戦闘に長けた者、海中に猛毒を流し込んで戦わずして魔物達を抹殺していく者もいるアルゴ隊にとっては多少の時間さえ貰えればわけのない事であった。
好き勝手をやりすぎて桜の下で酔っ払って寝ているアルゴ隊も多くいたが、撤退に必要なだけの力を持つ者は撤退支援手当を要求しつつ、手伝いに来ていた。戦後、「保険代を払うよりマシだろ?」と交渉するのは総長の役目である。
さすがにサクラメント群島側の海域を全て、アルゴ隊に制圧したわけではない。あくまで撤退と、この後の戦いに必要な区域だけを一時制圧し、海伝いに別の魔物が来づらい用、広域の消音魔術で音漏れを遮断しての事であった。
騒乱者はさっさと逃げ出していったが、魔物達は逃げる討伐隊を血走った目で追い、そして慣れない海戦で瞬く間に死んでいく事となった。
アクアゴーレムにより海中深くに無理やり引きずり込まれ水死、あるいは水中を高速で泳ぎながら攻撃するオークを追いきれず、海水で傷口を洗われ大量失血で死んでいき、イアソンに煽られながらその命を散らし、全滅へと向かっていった。
赤々と染まる海の中、猪の毛に包まれた身体の中から巨人の腐肉が大量にこぼれ出ているのを見たアルゴ隊の冒険者もいたが、構わずその持ち主を殺していった。
「あー……さすがに野営地に放棄した物資は、メチャクチャになってるな」
「最悪、現地調達しながら帰ればいいわ。目的はほぼ達成したし」
「確かに。だが問題は……向こうにおいでなすった、バケモノ中のバケモノか」
イアソンとメーデイアが視線を向ける先。
そこに、まだ戦闘中の海を静かに見つめている二体の天魔の姿があった。
「おおい総長! 面白えヤツが来てんじゃねえか!!」
「今度こそ殺っちまおうぜ!!」
「ああ、逆襲戦だ。…………さて、この戦力で勝てるかどうか」
討伐部隊の本体は大打撃を受けているものの、アルゴ隊はほぼ無傷。
それでも総長たるイアソンはこの勝負の趨勢を読みきれずにいた。