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手紙:へらくれすさんへ


 遠征に向かっていたアルゴ隊は第五試練を司る魔物をサクッと倒し、帰路についたところで弔魂祭の日を迎える事となった。


 都市ではささやかに、静かに弔いの火が灯され、遠征中のアルゴ隊の冒険者達も想い綴った手紙を焚き火に投じ、しんみりとした雰囲気の中で野営をしていた。


 弔魂祭が大嫌いなイアソンだけは、皆から離れたところでへそを曲げていた。


 ただ、アルゴ隊に拾われた巨人の少年は皆がそっとしているイアソンのところに――恐る恐るといった様子で――近づき、話しかけていた。


「そうちょ……」


「なんだ、ぼくはいま、忙しいんだ。あっちいけ!」


「ァゥ……」


「…………ま、まあ、お前なら来ていいぞ。弔魂祭に参加しない仲間だからな!」


 その言葉に、少年は困った様子を見せた。


 そして、とても迷った様子でイアソンに一つの手紙を渡していた。


「ぼく……手紙これ、おくりたぃ……」


「は……? 誰にだよ。お前は……弔魂祭で手紙贈る死者あいてなんて……」


「そうちょの、トモダチに……」


「…………」


 驚いた様子で黙るイアソンに対し、少年は自分の書いた手紙を差し出していた。


 そうする事で大好きな総長に怒られ、嫌われるかもしれないと思うと、怖くてたまらなくなったが、それでも自分が「こうしたい」と思った事を実行した。


 イアソンは差し出された手紙を黙って見つめていた。


 だが、やがてそれを受け取り、少年が必死につづった内容を読み始めた。


「へらくれすさんへ……」


 少年が総長の大親友に宛てた手紙は、とても汚らしいものであった。


 まだ喋るのもまごつき、おぼつかない少年の文章はとても読みづらいものだった。そもそも字そのものがお世辞にも「上手」と言えないものだった。


「お前、へったくそな字だなぁ!」


 イアソンは呆れた様子を取り繕い、そんな言葉を吐いた。


「こんなへたくそな字、読めるの、ぼくぐらいだぞ……!」


 しかし、取り繕いきれない心は、震える言葉にあらわれていた。


 読み進めれば読み進めるほど、震えは大きくなっていった。


「おまえ、これ書くためにアイツの話、ねだってきたのかよ……」


 少年の手紙は、イアソンの言葉が詰まっていた。


 嬉しげに楽しげに、誇らしげに語られた英雄譚に耳をかたむけ、覚えた少年は出来る限り、真実を伝えようと自分の拙さを自覚しつつも必死でつづっていた。


総長そうちょが、飛んできた矢、すごいって』


『すごい、ボウケンシャだって』


『いっぱい、いっぱい、ほめてた』


『じまんの、ともだちだって』


「そんなの、ウソに決まってんだろ! あ……アイツは、確かに強かったけど、トモダチなんかじゃないっ! ぼくの……金づるだ! 利用してただけだ!」


 ゴブリンの冒険者は、沢山の嘘を重ねてきた者だった。


 だが、今回ばかりは舌が上手く回らなかった。


 それはもう、無垢な少年にさえも見抜かれるほどの拙い嘘であった。


「…………」


 ゴブリンの冒険者は悪態をつきつつも、最後まで手紙を読み進めた。


 そして、最後の一文を呆然とした様子で読み上げた。


「…………総長は、へらくれすさんのこと、だいすきです。いっしょ、ボウケン行く約束のためにも、はやく……帰って、きてください……」


「んっ…………はやく、帰ってくる……いーね!」


「おまえな」


「?」


「アイツはな。もう、帰ってこないんだよ」


「…………? なん、で?」


「いや、そりゃ……わかる、だろ?」


「へらくれすさん、しんだ」


「…………」


「しんだら、蘇生まじゅつ……つかえばいい。そうちょと、おなじ。そうちょも、よくしぬけど……蘇生で、かえってくる。すごい。ね?」


「……ぼくとは事情が違うんだよ」


「そー……なの……?」


 少年は致命的な勘違いをしていた。理解出来ていなかった。


 バッカスでは当たり前のことを知らず、孤独に生きてきた子供だった。


「アイツは、寿命で死んだんだ。寿命で死ぬってのは……」


「ゥ……?」


「…………」


 その後に続く言葉はもう、絞り出す事さえ出来なかった。


 千より先から矢を射た射手が、千より遠くへ逝ったがゆえに。


 手紙は燃やされる事になった。


 少年の手のひらに乗ったアルゴ隊の総長が震える手で焚き火に手紙を投じたが、しめってぐしゃぐしゃになったそれは、直ぐには燃えなかった。


 弔魂祭の夜がふけていく中、死を理解出来ていない少年は、大好きな総長に寄り添っていた。やがて真に理解する日が来る事を知らず、ただ……寄り添い続けた。




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