恐怖! ゆっくり閉める女
「やるさ! たとえどんな状況だろうと、あきらめたらそこまでなんだ! 俺は……君とならやれるって、信じてる! いくら闇に落ちたって! 俺は『みゅうぅう』って、やってみせるさ!」
おい、開けろや。そういうノリだろうが。
モチロン開かない天蓋を見上げ、暗闇に包まれた落とし穴の中で立ち尽くす俺。
結構深い穴だな。俺が普通に立てて、まだ余るくらい。頑張って掘りやがって……。
上から聞こえる、シズカの笑いを堪える息づかいが止まらないでいると──。
「ん、ん、おしめしゃま、いらっしゃいましぇ~」
あ、ワルディーだ。おしめ様って。
こちらに走り寄ってくる彼女の足音が穴の中によく響いてくる。
「お邪魔しますワルディー」
笑顔が想像できるトーンでお姫様の声が聞こえた。
「こんなトコで、どないしたレス? リュシロは~?」
「もう少ししたら来ますよ」
理事長室を出てからすぐ、シズカがメールでワルディーに事のあらましを伝えていた。
ワルディーは俺が旧校舎に入居する事を大いに喜んで、【パティー! すぐにパティーのじゅんびを!】と、メール文でも大興奮だったみたいだ。
一足先に住居としている旧校舎に帰っていたワルディーが夕飯を準備して、ささやかなウェルカムパーティーを開いてくれるとの事だった。
──つーか何、「もう少ししたら来ますよ」って。なんで俺ここにいない感じなの?
ワルディーに声を掛けようかと思った矢先の、姫の言葉。
何企んでるのかしら。めんどクサイがとりあえずノってみる事にして、俺は黙っていた。
「それよりワルディー! 見てくださいこれ! この最新鋭の防衛システムに、変な猫がひっかかっていたのです!」
え何言ってんのこの変な姫。そういう無茶ブリはおやめください。
「ん、ねこ! こ! ど、どんなネコこしゃんでしゅか?!」
「黒くて……『みゅうぅうう』って鳴く、おっきいネコでした! やる気の無い感じで……カワイクはないです!」
余計なお世話だよ。俺は先の展開に不安を感じながら固まっていた。
「だ、出して! 出してあげてレス! も、も、ワルディーがセットクしてみましゅ!」
説得を……。
ワルディーの興奮がクライマックスだよ。どうすんのコレ。
「じゃ、この板軽いですから持ち上げてみてください」
「まかせてくだしゃい! ねっこねっこネコしゃ~ん!」
穴を塞いでた板の片側だけが、空箱を開けるかの様に上がっていく。
闇に慣れた俺の瞳に夕焼けの色がゆっくりと差し込んできた。
そして、ワルディーの女神みたいな笑みがそこにはあった。
「ねっこね……こ……」
「みゅ……みゅうぅううう」
寄り目で猫口の俺。
板を両手で持ち上げていたワルディーの笑顔が、少女のモノから大人のモノへと徐々に変わっていった。
「…………はい。ね?」
シズカが小声でそう締め括ると、残念そうな笑みでワルディーの背中に手を添えた。シズカてめぇ……。
天蓋が閉じていく。
──そう。猫への期待度に……俺は負けたんだ。
ワルディー。──ゆっくり閉めんな。




