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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
三章 酔メイドと僕の変化

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たばこと塩の博物館

 次の休みの日。


 僕たちは以前の約束を果たすため、墨田区の「たばこと塩の博物館」を訪れていた。

 この辺りは、たまに榊(さかき)さんと一緒にザリガニ釣りをする川の近くである。


 榊さんは今日、僕が買った無地のシャツとジーンズを着用している。伊達眼鏡は今日はしていない。

 メイド服ではない彼女と外を歩くのは、未だに慣れない。

 僕の中で、榊さんがメイド服を着ることが日常になりすぎているようだ。

 ……いや、普通の服を着ていることに違和感を覚えるってなんなんだ。


 建物を前にし、僕はこんなことを榊さんに尋ねる。

「他の服も着たくなったりします?」

「今んとこはねぇけど、あたしがファッションに目覚めたらありえるのかもな」

「そんなことありますかね」

「……んー」


 そこで彼女はフッと頬の力を緩め。


「喜ぶお前を見るの結構楽しいから、あるかもな」

 冗談めかしたかのような声のトーンで、そう言い放つのであった。


「僕がお金を払って榊さんに好きな服を着てもらって、僕が喜ぶ……。凄い、需要と供給が成り立ってる……」

「お馬鹿。お前が払ってどーすんだ。興味出たらあたしも金くらい自分で出すっつーの」


 そんなこんなで博物館の中へと入っていった。

 建物の中はどこか厳粛な空気をはらんでおり、榊さんに普通の恰好できてもらって正解だったかもしれない。


 博物館なんて、学校の行事とかでしかきたことがない。そんな場所に自分の意思でくることになるなんて、なんだか文化的というか、本当の意味での大学生っぽい。


「おい、公太郎(こうたろう)。いきなりおみやげコーナーあるぜ」

 入った瞬間、榊さんは右手側のおみやげコーナーにいきなり吸い込まれていった。初手からおみやげを物色する気か? この人。


 榊さんに腕を掴まれ、僕はなすすべもなく彼女についていくことになってしまう。

 おみやげコーナーには塩と煙草に関する歴史の本や、珍しい煙草や葉巻、キセルなども売っていた。これは、榊さんが喜びそうだ。


「うわ、渋(しび)ぃ~~。なぁ公太郎、あたしが葉巻吸ってたらウケるか?」

「面白さとかっこよさが拮抗して、ギリ面白さが勝ちますかね」

「じゃあ、買うか」

「判断が速い」

 さすがは榊さん。いつでもオモシロに全力だ。


「まあ、別に買うのはいいんですけど、おみやげはあとにしませんか? 博物館見にきたんですから」

「ちぇー」

 唇を尖らせながらも、榊さんは渋々その場をあとにするのだった。


   〇


 博物館内は実際の資料とともに明瞭なテキストが配置されており、かなり勉強になった。


 僕は、塩も煙草もそこまで詳しくないし、詳しくなりたいとも思っていなかったが、自分の専門外の事象に触れることなんて普段ないから、見識が広がったように感じて楽しかった。


 榊さんはというと。

「うお、すっげ。女の顔したパイプとかあんぞ。エロくね?」

 と、ガラスの向こうに並べられた珍しいパイプに大興奮していた。


「うわっ。あんなのもう武器だろ……」

 次に榊さんが指さしたのは、中央ヨーロッパで使われていたというパイプ。人の全長ほどもある縦長のパイプだ。確かにこれは、パイプというよりは弓のように見える。


「公太郎が家帰ってきてさ、あたしがあれで吸ってたら、めちゃくちゃ面白いだろうな」

 さすがに爆笑する自信がある。


 榊さんは歴史にはあまり興味がないようだが、こういったわかりやすい資料には興味深々であった。

 なんだか小学生みたいでかわいいなと、ちょっと失礼なことを思ってしまった僕なのであった。


   〇


 塩の展示も含め、一通り博物館の中を見終わった僕たちは、博物館内にある喫煙所におもむいていた。

 ……いや、なんでそうなる? 

 しかも、なんで博物館内に喫煙所があるんだ。そりゃ、あるか。「たばこと塩の博物館」なんだから。


 ちなみに榊さんは。


 ──うお!? 博物館内に堂々と喫煙所があるぞ!?


 と、見つけた瞬間大興奮して喫煙所に直行していた。

 珍しいのかな。僕も榊さんも、あまり博物館にいった経験がないからわからない。

 そんなことを思いながら、僕は煙草とライターを準備する榊さんの横顔をじっと眺めていた。

 喫煙所内だが僕は煙草を吸わない。というか、吸えない。付き添いで榊さんの隣に立っているだけだ。


 この密室の中、他に人はいない。

 静かな、二人だけの時間。

 ……喫煙所じゃなかったら、もっと雰囲気があったかもだ。


 榊さんは、手慣れた手つきで煙草に火をつける。

 なんらいつもと変わらぬ流麗な動作なのだが、今の榊さんはメイド服姿ではない。私服だ。私服で煙草を吸っている。しかも、シャツとジーンズという超ラフな姿で。


 メイド服姿で煙草を吸うシーンも勿論麗(うるわ)しいのだが、こう、普通の恰好で煙草を吸われると、飛び道具に頼らないシンプルな榊さんの美の暴力性が更に際立つ気がして、ガツンとくらってしまう。


「榊さんって綺麗ですよね」

「ショイキ、ショイキ」

 ついに普通にキショいとも言わなくなっちゃった。


 一本目を吸い終わったあと、榊さんは満面の笑みを浮かべた。

「ここ、結構楽しかったな。喫煙所もあるし、最高だ。またこようぜ」

「あはは。いいですよ。博物館ってそんな何度もくる場所じゃないかもですけど」

「次くるときにゃー、展示とか変わってってかもしんねーじゃんよ」

「それもそうですね」

「それに、塩の展示も結構面白かったしな」


 榊さんは、二本目の煙草に火をつけることなく満足げな顔で喫煙所を後にした。

 彼女に次いで僕も部屋を出ると、榊さんが顔だけでこちらを振り返った。


「よっしゃ! 最後におみやげ見て帰ろ~ぜ」

 見たこともないほどに爽やかなその笑顔に、僕も思わず笑みが漏れてしまった。


   〇


 お土産屋にて、榊さんは珍しい煙草や葉巻を手に取っていた。

 僕は、なんだか煙草について勉強したくなったので、煙草の歴史書を一冊購入した。あと、マッチのような箱に入った謎の海外のお茶も購入した。


 じっと煙草を見ている僕の頬を、榊さんの声が打つ。

「お前さ」

「はい」

「早く二十(はたち)なれよな」

「無茶言わないでください」

 でも、それを望む気持ちは榊さんよりも僕の方が強いと思う。


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