7:渦中への侵入
(ひとまずはここまでは到着したか……)
四日後、先行して撃破されたGの後を追う形で、トーリヤ達四人は国境の町にまで到着していた。
最初に偵察として到着していたGが消滅させられた後、トーリヤは自分たちに先行する形で二人ほどの分身をこの地に派遣していたのだが、結局あの後も植物の領域へと足を踏み入れようとした分身はその段階で同じような末路を遂げる事態となっていた。
そしてそれは、どうやら問題の地域の近隣住民、および事態の収束に動いた猟兵や近隣の警察・軍隊も同じだったらしい。
遠方から観察していて分かったことだが、問題の植物の領域、城のごとき中心の森とそれを取り囲む背の高い草むらはこの地域にあった村などを丸ごと飲み込む形で展開されたらしく、生い茂る草原の各所には逃げ遅れたのか踏み込んだのか、何らかの形で植物に飲み込まれた者たちの痕跡がそこかしこに残されていた。
恐らくは、運良く逃げ切れた者以外、人はおろか家畜や家屋に潜むネズミの一匹にいたるまで、あの場所にいた動物は植物の形作る領域によって完膚なきまでに殺しつくされたと見ていいだろう。
そう確信させられるくらいには、現場で展開する分身たちの潜入工作はことごとく死亡という形で阻まれてきたし、逆にあの植物の領域から外へと脱出してきた生き物は、人間はもちろんネズミ一匹たりとも見たことがなかった。
(切り替えろ……。今はこの目のまえの状況にどう対応するか、だ)
国境の町へと到着し、目にしたその状況は、四日前にGの視界を通してみた時や、それ以降に差し向けた二体の分身を通してみた時よりもさらに混乱に拍車がかかっていた。
騒ぎを生き延びて流入した避難民に壊走した猟兵が幾人も混じり、加えて普段からこの地域を行き来している商人などが足止めを喰らってあちこちで手の付けられない混乱が起こっている。
負傷者も少なくない数が流入しているらしく、それらと国境を守る兵士やこの町に住む人間たちとの衝突が発生して、治安の悪化に駐留している兵士たちがかなり神経をとがらせている様子が見られた。
こんな場所に、傍から見れば子供の集団でしかないトーリヤ達が足を踏み入れたとしても、混乱の中に飲まれてよけいなトラブルに巻き込まれるだけだろう。
分身として生み出した鳥の視界を通して状況を俯瞰し、その程度のことはトーリヤにもすぐに分かった。
しかし。
「……なあ、国境の町が混乱してるってのはここからでもわかったからよ、だったらもうわざわざ関所の通過なんかしないで、どっか別のところから問題の地域に入っちまった方がいいんじゃないか?」
「うちの子の順法意識が思いのほか乏しい……」
何ら悪びれることなく関所破りを提案してくる義理の息子に、曲がりなりにもそんな子供を四年間育てた自負のあるトーリヤは複雑な気分になって顔をしかめる。
いやまあ、この世界における法律というものについて、トーリヤも別にそこまで重要視しているわけではない。
権利意識や制度設計がしっかりしていた前世の法律と違い、この世界の法律はまだまだ権力者側の都合だけで成り立っているような側面が大きく、この世界の人間たちの人権意識や倫理観の低さという問題も相まって、正直律儀に守っていたら生きていくうえで足かせにしかならないような厄介な法律というものも存在しているのだ。
加えて言うなら、レイフト達は幼少期のある時点から人類社会と切り離されて生きてきた島育ちの人間だ。
そうなった経緯についても、人類社会の方から一方的に切り捨てられたに等しい事情であるし、そうした事情も考えれば順法意識というものが身につかなかったことも問題ではあれど不自然といえるようなことではない。
とはいえ、だ。
仮にも育ての親を自認するトーリヤとしてはあまりにも他人というものを排除した、身内だけで完結した人間関係で終わっている今の状態にも懸念を覚える部分はある訳で――。
「――いや、ダメだ。徹頭徹尾秘密主義を貫いて隠密行動できるならいざ知らず、名を上げつつあるお前らが問題の地域に入って戦闘をしたら、その派手な手の内で関所破りが確実にバレる」
「今この先の地域に人間なんているのかよ?」
「――いえ、それはいるんじゃない? これだけの大事件、どこの勢力も情報を求めて人を出してはいるだろうし……。
けどたぶん、トーさんが問題視してるのはそっちじゃないでしょ」
「……」
「――んぅ。多分、いつもの過保護」
エルセの言葉に黙り込んだトーリヤを、馬上でぬいぐるみのように抱えたシルファが答えを言い当てるような口調で耳元でそう発言する。
それに対してレイフトが見せるのは、他の二人にも少なからず浮かぶ『またか』とでも言いたげな反応。
「トーちゃんって俺たちに強くなれって言うくせに、実際に戦わせることには結構怖気づいて自分一人で対応しようとするよな……」
「そういえば島で修行しているときも、分身とは戦わせてくれるくせに獣相手の実戦はなかなか許可してくれなかったわね」
「んぅ……。海竜と戦うときも、たぶん最初は自分だけで倒すつもりだった」
本心を見抜いたかのように、ズバズバと過去の心中を当ててくる三人の言葉に、トーリヤは内心で『仕方ないだろ』と言い訳のように独り言ちる。
魔王襲来による危険と混乱を見据え、自衛のために三人にも力をつけさせる選択をしたトーリヤだったが、かといって別に進んで危険に飛び込んで欲しいという訳ではないのだ。
今でこそ、実力を示して名を上げ、どこかの国家勢力に仕官させる道を考慮しているトーリヤだったが、それとて国など人間社会の大きな組織の支援を受けた方が生き延びやすいだろうという計算が根底にあるからに他ならない。
(本当はこんな明らかに危険な場所までは連れてきたくなかったくらいなんだ)
トーリヤ自身魔王なる存在の打倒を目標とし、その実現のために力をつけてきた身の上ではあるが、それはあくまでそれはトーリヤの目標であり、もっと言うならトーリヤが転生に際して請け負った仕事のようなものだ。
五年間父を名乗り、我が子として育てた三人にとっては水臭いと感じる話かもしれないが、少なくともトーリヤは自身の仕事に子供たちを巻き込むつもりはない。
ないというのに。
「とりあえず、ここにいてもらちが明かねぇんだ。どっか国境を越えられるところを探して問題の場所まで行ってみようぜ」
「それなら、できるだけ三人とも私のそばを離れないで。例のトーさんが食らったっていう攻撃、いつどのタイミングで来るかわからないならここから先常に守りの内にいてもらったほうがいい」
「……んぅ。相手が植物なら、やっぱり火を使うのが確実、かな……。近くに水場があれば――、それとも伐採――、枯らす……、ううん。あんまり手間と時間と負担が大きいのは――」
三者三様、すっかりやる気になった三人が、トーリヤの躊躇など置き去りにして勝手に決めた方針を行動に移しだす。
四年が経過したことで三人とも年齢は十代前半。
自立心が芽生え、代わりに親の言うことに従うだけではなくなる、ぶっちぎりの反抗期だった。
ほとんど機能していない国境を越え、トーリヤ達がそれが見える場所までやってきたのはそれから半日ほどしてのことだった。
とはいえ、その道筋は馬に乗ったまままっすぐに、のこのこと人目をはばからずに進んだわけではない。
無論体力の温存も考えてある程度は馬も使ったが、途中からは人目を避けて森へと入り、その先に潜む二十代半ばくらいの青年、モヒカン頭に傷のある顔をしたトーリヤの分身の一人と合流を果たしたのだ。
「――えっと、この顔……、たしかYだったか?」
「正解。最初にここに派遣したGがやられた後付近にいた分身をなん体かこっちに回してたんだ」
「ちなみに、最初にこの辺りに駆け付けたのはこのYの他SとOの計三人だ。途中人手が必要になって十人くらい増やしたんだが――、派手にやられてな、このYのボディも新しく生成したものだったりする」
強面の外見に合わせた若干ぶっきらぼうな口調で、普段の黒いものではなく、どこか迷彩服を思わせる色合いの鱗皮服に身を固めたYが三人の子供らに対してそう報告する。
実際この分身たちが挙げてくるような報告は記憶や認識を共有しているトーリヤにとっては既知の情報だったが、三人に共有した情報の中に漏れがないかを確認するべく、念のため、といったところだ。
「現状生き残ってる分身は俺を入れて五人。最初にやられたGを含め、何度か分身を派遣して侵入を試みたりしたんだが――、どの分身も侵入と同時に何らかの方法で迎撃されて、一人残らず死亡してる」
「それも死亡状況の七割くらいがほぼ即死。気づいたら死んでたくらいのひどい死に方だ。
幸い侵入を試みた分身の様子は遠くから別の分身で観察してたし、普通の人間と違って死んだときの記憶が俺たちに共有されてるから死因についてもある程度推測できなくはないんだが――」
Yからの説明を本体が引き継ぎ、あるいは分身たちの死に方を話したら子供らも思いとどまってくれないかとわずかに期待しながらその先を話そうとしていたトーリヤは、ふと意識を共有する分身たち、その中でも上空からの視点で周囲の状況を探っていた一体からの映像に危機感を募らせることとなる。
「――おいおい」
「こいつぁ……、まずいな」
「……? どうしたの?」
二人のトーリヤがそれぞれの顔で、同じ方角を向いて眉を顰める中、それに気づいたシルファが首をかしげてそう問いかける。
それは目のまえにいる三人以上に止めるのが困難でありながら、ある意味では三人以上には止めなくてはまずいと思われるそんな光景。
「まずいことになった……。この植物の領域の、ちょうど反対側あたりか。
恐らくはこの辺りの領主――、いや、連合国なら所属は国になるのか……?」
そこまで言えば、どうやら目の前の三人もある程度状況を察することはできたらしい。
「これまでの、事態に対抗しようと散発的な攻撃に出ていた猟兵や斥候部隊なんて比じゃない。
数百、どうかすると千人以上の軍隊が、この事態を収束させるために出張ってきたんだよ」




