2:三つ目の実績
「――気を付けろ。すでに体は再生済み。しかもご丁寧に、体のあちこちから角みたいな棘を生やしてお待ちかねだ」
馬に乗りエルセと共に先を行くレイフトの懐から、通信機代わりに事前に持たされていたモモンガがはい出して人語で状況を伝えてくる。
生体部分を人間の言葉を話せるよう改造され、小さな体と滑空能力を併せ持ったモモンガの分身は、トーリヤが三人に持たせている通信の手段だ。
このモモンガが一人に一匹ついていることで、レイフト達三人はトーリヤが得た情報をリアルタイムに受け取ることができるし、分身越しにトーリヤに言葉を伝え、あるいは他の二人への伝言を頼むことで四人の間で間接的に言葉を交わすことも可能になっている。
その能力の特殊性ゆえに、現状表立って分身能力を人に見せない方針をとっているトーリヤだったが、普通の動物を偽装した馬や隠し持てるモモンガ、人に見せずに活動させる鳥や人型など、裏や影からの支援には過保護なほどに能力をつぎ込んでいる。
さすがに島にいたころのように分身の数や大きさにものを言わせて攻撃させるような手段はとれないが、こと攻撃手段に関していうならこの場にいる三人とて不足はしていない。
『ヒュルル――』
奇妙な呼吸音と共に駆け寄ってきた鹿の魔物が馬に乗るレイフト達へと接近し、その角の生えた体で体当たりをぶちかます。
枝分かれして決して刺突向きの形状になっていないとはいえ、先端のとがった角が重量と速度を伴って付きこまれるならそれはもう立派な凶器だ。
現に先ほどからの猟兵との戦闘でも、この魔物は多くの人間をこの攻撃によって殺傷しており、今回も馬に乗ったレイフト達を、その馬ごと刺し貫いて餌食とする、はずだった。
「この程度……!!」
体ごと突きこまれた多数の角による刺突が、しかし馬やレイフトの体に触れる寸前、その後ろに乗るエルセの念動力場によって阻まれる。
同時に、術者であるエルセがぶつけられた圧力を受け流すように力をそらし、態勢を崩した魔物がよろめき、晒した隙を、レイフトが剣を振るって斬りつける形で突きに行く。
「さっき同様首を切っても効果なし。生えた角も普通に斬れる。あとは、胴体を切ると再生は胸の側からするのか」
ものの数秒で魔物の体をバラバラに斬り刻み、それでも再生する魔物の体を前にして、それでもレイフトは冷静なままで、淡々と相手の再生の仕方を分析して他の三人と共有していく。
トーリヤの育てた三人の子供らは、トーリアの前世におけるサブカル的な知識にも精通している。
それはある種必然ではあっただろう。
なにしろ娯楽の少ない島暮らしである。トーリヤの語る別世界由来の話はそんな島での生活における貴重な娯楽の一つであり、そしてトーリヤは将来それが必要になると考えて、前世の地球における古の怪物退治の伝承や、現代の漫画やアニメなどに登場した強敵の攻略法など、討伐困難な存在を打倒する方法やそこにいたる考え方などを物語の形で数多く語っていた。
そしてその甲斐あって、レイフト達は魔物相手の実戦経験こそせいぜいこの三か月で数える程度と少ないものの、未知の怪物やその能力を攻略する思考能力についてはそれなり以上のレベルで培われていた。
「――あとこいつ、ぶった切っても血液はおろか内臓すら見当たらない。
固まって角になる体液は大量に出てくるけど、斬った断面がそのまんま液状化して噴き出してるみたいだ」
そうして一通り魔物の体を分割してから、それでも死なない相手から距離を取りつつ再生する相手のその様子を観察する。
とりあえず適当に斬り刻んだくらいでは死なないとわかった以上、同じ攻撃をこれ以上繰り返すことに意味はない。
否、一応無意味ではないかもしれないが、そのあたりを検証する上でも一度話し合いが必要だ。
『殺しても死なない、あるいは致命傷を負わせても再生する、その類の怪物は俺の世界でもポピュラーな存在だった。まあ、こっちはあくまで創作の話だったんだが――。その創作の中で議論されていたこの手の怪物の倒し方として、結局のところ一番わかりやすいやり方は『死ぬまで殺し続ける』ことだ』
そうして分析を進めるレイフト達に対して、分身越しにこちらを補佐するトーリヤがモモンガの言葉でそう助言を述べる。
『なにしろ再生能力に回数やエネルギー的限界があるならそれが尽きるまで殺し続ければ殺せる。そこだけは破壊されちゃいけない弱点部位があるならそこに当たるまで攻撃すれば殺せる。
問題があるとすれば、特定の条件を満たした攻撃でしか殺せない場合なんてのもあるから、手を変え品を変えていろんな攻撃を試す必要がある訳だが――』
「――んぅ。だったら、焼いてみる?」
そうして会話しながら対応を思案するレイフト達に対して、後方からもう一人の少女の声が巨大な影と共に届いてくる。
見れば、背後では馬から降りたシルファが、その靴を脱いだ素足で付近を流れた川に足を浸して、そこから川の水へと影響力を広げて、制御下に置いた水に龍の形をとらせていた。
「――【水龍】」
その場に川が流れていたのは何も偶然ではない。
もとより鳥の分身を操るトーリヤはその場に川があるのを把握していたし、シルファに魔物を移動させる際にも川に近い位置に落としてシルファの攻撃が届くよう、位置を調整して落下地点を指定していた。
無論、事前に念入りな準備をしていた海竜との戦いのときとは違い、さすがにこの短時間では形成できた水龍の大きさはあれほどのものではなかったが、それでも大量の水という武器を手に入れたシルファはその攻撃能力も段違いだ。
「――分解、――反応、――収束、――発射……!!」
バチバチと、首をもたげた水龍の喉元付近で電気が弾け、電気分解と酸素の操作、二つの方式で分解された水が酸水素ガスへと変換される。
水龍が口を開けて生成されたガスが放出されるその瞬間、水の分解にも使われていた電気が口元で弾け、そして――。
「――【水龍・龍息砲火】……!!」
吐き出された可燃ガスと助燃ガスの混合気体に火がついて、シルファの魔力によって制御された青白い炎が一瞬で地上を横切り鹿の魔物へと直撃する。
哺乳類の毛皮とは明らかに違う、湿り気を帯びてのっぺりとした魔物の体表が一瞬のうちに焼けただれ、炭と化してボロボロと零れ、同時に鹿の体が暴風に殴られたかのように転倒し、倒れこむ。
『相変わらず炎への適性はそこまでじゃないはずなのにえぐい火力してるな……』
「けど、その火力でもあの魔物を焼き尽くせてないみたいだぞ」
モモンガの視点で感嘆するトーリヤに対して、それを肩に乗せたレイフトが冷静に馬上からその様子を眺めて目を細める。
見れば、シルファの【龍息砲火】を受けた鹿の魔物は、最初こそ焼けただれて地面へと転がり、その体表のほとんどを炭に変えられてその体積を減じていたものの、炎の勢いが収まると同時に徐々にその内側から体積を取り戻して元の鹿の形状を取り戻しつつあった。
『――むぅ。火が効かないわけじゃないけど燃えにくい……。これ――、水分が多い?』
シルファのつぶやきを拾ったモモンガの分身がその言葉をそのまま他の二人へと伝えて、その情報をもとに四人は次なる対応を思案する。
「斬っても、燃やして炭にしても再生しているみたいだけど、あの質量はどこから来てるんだ……?」
「多分例の胃袋にため込んでる養分を使ってるんでしょ。他の魔物も自己進化の材料にするために食べた養分をため込んでたし、それを肉体の再生にも使ってるんだと思う」
『だとすれば攻撃し続ければいずれ質量は尽きるんだろうが――、問題はどれだけ削れば枯渇するかがわからないってことだな』
「しかもあれ、たぶんさっきみたいに燃やして炭にするくらいじゃないと意味ないわよ?」
言いながら、エルセが指示した先で再生を終えた鹿の魔物が、付近に転がっていた自身のかつての首を後ろ半身を足で踏みつけ、それによってあっさりと踏み抜かれた肉の塊が形を崩してその足へと吸収されていく。
「斬り飛ばした体の部位が――、あれは液状化して吸収されてるのか……?」
『不死身の肉体の原理はこれかぁ……。切り離した部位も組織としては生きてるから接触すれば回収は可能ってことか……』
『んぅぅ……。斬り刻んでたらいつまでかかるかわからないし、燃やすにしても時間かかりそう……』
彼我の能力の性質が見えてきて、とりあえず何とかなりそうだという確信を持ち始めた四人だったが、同時に想うのは倒せるには倒せるだろうがどれだけかかるかわからないという、そんな予想だ。
この魔物という生き物は、基本的に能力を隠すという思考があまりなく、しいて言うならあの海竜のように行動パターンが変わることがあるくらいだが、現状あの規模の魔物の攻撃であればエルセに念動力場で大体防御できてしまう。
一方でトーリヤ達の方も、ここまでの再生能力を持つ魔物が相手となると殺しきるのに手間がかかりすぎるというのが正直な予想だ。
無論、相手にもリソース的限界があるのが予想されている以上、やり方さえ間違えなければいつかは殺せるという確信はあるのだが、殺すのに手間取って根競べに陥ってこちらが先に音を上げる間抜けな事態にはなりたくないし、そもそも手間を省けるなら省く方法を考えたいところである。
『さっきこいつ、レイの剣で首と胴を斬られた時、頭からじゃなく胴体の前方、胸側から再生が始まってた』
「ってことは、あいつの胴体胸側のどこかに急所――、あるいは核や、本体的なものが、あるってこと、かっ――!!」
弱点についてそう会話を交わしながら、再生を終えて飛び込んできた鹿の魔物に対してレイフトが再びその両手の剣を振るって迎え撃つ。
感覚器官があるのかよくわからない首を切り離し、続けて馬が側面に回り込んだのに合わせて先ほど同様に胴体を前後で切断、胸と前足だけになった魔物の体を続く剣閃によってバラバラになるまで斬り刻む。
「再生するより早く細切れにして、あとはその破片の中で再生し始める破片を見て本体の位置を特定すれば――、とぁっ――!?」
素早い動きで剣を振るい、魔物の体を斬り刻んでいたレイフトの言葉が、しかし横からの予想外の衝撃に馬がよろめいたことで半ば強引に中断される。
攻撃自体は鹿の魔物の固まる体液を防ぐために念動力場を展開していたため多少の衝撃を受ける程度で済んだわけだが、問題はその攻撃の主だ。
見れば、先ほどレイフトが【来光斬】で切り離した後ろ脚、以前に斬り落とした際には再生の起点とならなかったその部位から、か細いながらも新たな鹿の体の半分が生えて、頭部に生えたその角を突き立てるべく二人のもとへと突きかかってきていた。
「――こいつ、今度は後ろ半分から再生したぞ……」
『まさかこいつ――、核のある位置を体内で移動させられるのかよ……!!』
厄介さを増したことに目をむくレイフト達に対して、さらに魔物の側は四人に対応するような変化が止まらない。
速度優先で再生させたせいか、後ろ半分に対して若干細身だった鹿に似た姿の前半分が徐々に元の体格を取り戻し、さらにその体格が徐々に膨らみ、太く大きくなっていく。
「――さっきにもまして余計に殺しにくくなったわよ……」
『んぅぅ……、これ――、魔物の自己進化が進んだの、かな……?』
機械的に周囲の得物を襲い、通常の生き物ではありえない能力を有する魔物という存在だが、もう一つその特徴を上げるなら、魔物というのは環境や外敵に対応して自己進化を行う怪物だ。
周囲の生き物を襲い喰らってその養分を体内に無尽蔵にため込んで、ぶつかった障害や危険に対抗するように、そうしてため込んだ養分を材料に自身の体を作り替える形で進化を繰り返していく。
今回の場合、防ぎようのない複数の攻撃にさらされたことで、純粋に体積を増やすことで内部の本体を守る道を選んだのだろう。
そして攻撃への対策としてはもちろん、エルセの防御を破るという観点で見ても、自身の体積や質量を増やす巨大化というのは意外に効果的だ。
エルセの念動力場による防御は、強い力に瞬間的に対抗する分にはそうそう負けることはないが、噛みつかれたり踏みつけられる形で継続的に強い力をかけられる局面になると、長時間の力比べに耐えきれず疲労から押し切られてしまう傾向がある。
無論、そうした弱点を突いてくるトーリヤ達との訓練で彼女自身そういう状況に陥らないための立ち回りは身に着けているが、それでも相手の巨大化はエルセにとって戦う上での危険が増える事態に他ならない。
それがたとえ、さすがにあの海竜ほどの脅威にまではならなくとも、だ。
『――仕方ない。これ以上長引いて自己進化が進んでも面倒だ。増援の目を気にして本気を出せなくなっても困るし、逆に今なら他の人間に見られる心配もない。こっちでスキャンするから動きを止めてくれ』
「――それって、電気か? それとも――」
『氷漬けだ』
言った瞬間、上空から川に足を浸したシルファの操る【水龍】が降ってきて、巨大化した鹿のような魔物の体を一気に包み、そしてその水が外周部からみるみるうちに蒸発するように散っていく。
熱しているのではない。熱を水へと移動させることで、水中にいるモノを急速に冷やしているのだ。
水を操るシルファの、その魔力にものを言わせた力技で。
『――ふ、ぅ――、しん、どい……!!』
水と空気、そしてそれらに含まれる酸素という三種類の物質に強い親和性を発揮し、それらを操ることで大火力の炎まで行使するシルファだったが、冷凍技術についてはトーリヤの知る知識が中途半端で、かつ親和性のある物質でちょうどよく利用できるものがなかったためシルファの持つ魔法能力にものを言わせて強引に望む現象へとつなげている状態となっている。
例えていうなら、普段の魔法行使が四+五を十にしているものだとすれば、今行っているのは一+一を術者であるシルファの魔法能力によって無理やり十にしているようなものなのだ。
周囲の物質を利用し、かき集めて利用できる数字が普段のものより少なかったために、目標となる数字への差額分を術者であるシルファがその力量で強引に埋めているような状態。
当然術者であるシルファにしてみても負担の大きい魔法行使だが、それでも本人の高い魔法能力によってなされたそれは、トーリヤの望んだ仕事を確実にこなし、完遂する。
『よくやった――』
言葉と同時に、鹿の魔物を包んでいた水の膜が離れて、そこへ向けて馬の背からエルセが、自身についていたモモンガの分身をその念動によって投げつける。
被膜を広げて滑空し、体全体が凍結して動きを止めた魔物の体の上にモモンガが降り立って、そのうえで行使するのはトーリヤが有する、あらゆる生物の体構造情報を読み取る転生特典の能力。
『【生体走査】……!!』
能力発動と同時に、トーリヤの意識に分身の接触面を起点とした魔物の情報が流れ込む。
無論、モモンガの脳の要領では生物の肉体の構造情報など受け止められないが、そこは分身間で意識を共有しているトーリヤにとっては問題にならないものだ。
離れた位置にいる、本体とは別に補助のために潜ませていた人間型の分身がシカに似た魔物の体構造を読み取って、その情報をもう一つの能力、【生体図鑑】に収録された数多の生物の情報と照合して、そして――。
『驚いた、こいつ蝸牛だ』
読み取った情報への衝撃に、思わずトーリヤはレイフトとシルファ、二人に付けたモモンガの分身でそう口走る。
四つ足に人間の背丈を優に超える巨体、首が長く頭頂部に枝分かれした二本の角を持つという、一見するとこの世界にもいる鹿に近い外見を持つこの魔物だが、その実態は液状化した肉で他の生物に擬態し、本体となる殻をその肉体内部で泳がせているという異常な体構造を持った蝸牛というのがこの魔物の正体だった。
「カタツムリ……? 確かに皮膚の色とかには若干似ていなくもないが――」
「言われてみればヌメヌメしている気もするわね。殻が内部にあるの? それが核……?」
「どうやって倒す? 塩でもかけてみるか……?」
そういえば蝸牛の内臓は殻の中に納まっているのだったかと、そんな知識をエルセとレイフトが話し合うその中でも、トーリヤはこの魔物を討伐する手を鈍らせない。
幸いにして、氷漬けにしたことで液状化した肉そのものが凍り付き、内部を泳ぎ回って移動していた弱点部位たる殻は今その体内でとどまっている状態だ。
カタツムリの殻としては大きいものの、それでも子供の拳程度の大きさしかないため、外にいる人間に言葉で位置を伝えて狙うのは難しいが、こちらも幸いにして分身を操るトーリヤならばそのあたりについてもいくらでもやりようはある。
『あのあたりだ。分身ごとやってくれ』
「はい、よ――」
レイフトとエルセの乗る馬の分身を移動させ、分身と馬、そしてカタツムリの本体が直線で結ばれるように位置を調節してやれば、あとは必殺の刃で一突きするだけの、簡単な作業でしかない。
「【来光斬】」
氷漬けにされたうえで体内の殻を光の刃に貫かれ、他のどの部位を斬られても幾度となく再生した魔物は、しかしそのただ一突きで一瞬のうちに絶命する。
魔物の死亡と同時に、その液状の体を支えていた特性としての魔法が消失し、半分以上凍った体が入り混じった液状の肉と共にその場で崩れ、広がっていく。
「これは……。なかなかにグロいな」
「後始末が大変そう」
『――ん、むぅ……』
『ああ、シルファがお眠だ……。おい待て、川のど真ん中で寝るんじゃない……。せめて馬の背中に上ってから――』
かくして、この世界の人間がまともに討伐しようとすれば数日かけて肉体を削らなければならなかっただろうカタツムリの魔物は、しかしこの日、その場に集っていた三十人近い数の猟兵たちの手ではなく、未だ十代前半といった年頃の、たった四人の少年少女たちの手によって討伐された。
三か月ほど前に突如として魔物の討伐によって話題をさらい、【勇者】として人々の話題に上るようになった四人組の、その三例目の活躍の事例として。




