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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
外伝 第四章 不思議な村と久遠の世界
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外伝・第二十二話


星と星との衝突、ということを思う。


隕石でも岩石でもない惑星サイズの星。それが地球と触れ合う時に何が見えるのか。それは風景とか光景とかを超越するイベント。


今の水穂たちはそんな眺めの中にいる。天と地はどちらも惑星。本来なら互いの重力で地殻が崩壊するほどの距離。遥かに遠くまで続く地形と雲海の、その隙間にわずかに夜空が見える。


「こんなことになるなんて」


水穂がつぶやく。すでに空気のほとんどない高さである。身につけた腕輪が生存を担保している。


「黒現さんの星から重力を感じない……地球に影響しないように重力を遮断してるんだっけ……」

「水穂、私はあっちの星に行くよ」


え、と水穂が問い返す。希薄な大気でも言葉はやり取りされているが、腕輪の効果か、それとも精神で直接話しているのか、二人は意識していない。


「今から、私の中の晴南ちゃんと美雨ちゃんを切り離す。そして残った私の自我の部分は黒現の星に行く」

「そんな」

「それでいいの。もともと二人は返さなきゃいけなかった」


水穂の手を握る。


「それで元に戻るはず。鉛の巨人も消えて、何もかも元に」



「それは違う!」



音の矢が、二人の少女を突き抜ける感覚。


指向性を持たされた音が真下から来る。草苅の声を黒現が拡大させたものか。二人は並んだまま浮上してくる。4人が並ぶ場所は、すでに電離層よりも高い。


「ちょ、ちょっと、草苅さん危ないよ、浮上の異能がいつ消えるか分からない」

「危ないのはあんたらでしょ。何を自分たちだけで完結しちゃってんの。特に太陽雨ティダ・アミちゃん」

「えっ、私?」

「あなた何かを忘れてるでしょ。それなのに勝手にどんどん話を進めちゃダメよ。自分が消えたら何もかも元に戻る? そんなことヤマカンで決行していいことじゃないでしょ」


黒現はと言えば真下を気にしている。まだ距離はあるが、鉛の巨人はどんどんとその背丈を伸ばしている。

草苅はその巨人を示して言う。


「それと水穂ちゃん。あの巨人は水穂ちゃんと太陽雨ティダ・アミちゃんの異能の格が高すぎることから生まれてるのよ。原因の一つである水穂ちゃんが地球に残る以上、解決しないままかもしれない」

「でも、どうすれば……」

「水穂ちゃん、お父さんと同じになってどうするの」


眼下の眺めは銀の竹林のごとく。


無数の巨人が衛星軌道まで届く背丈となって、天に手を伸ばしている。それは排除なのか捕獲なのか。あの手に捕まれたら何が起こるのか水穂たちにも分からない。そして草苅は、それを一顧だにしない。


「お父さんを連れ戻すんでしょ。それはどこ・・に連れ戻すの。お父さんと同じ場所に行っては駄目なの。あなたに必要なのは自分の位置に踏みとどまる力。お父さんを人間の領域に引き戻す力なの」

「それは、でも、どうすれば」

「あなたたち二人なら、それができる」


水穂と太陽雨ティダ・アミを交互に見る。


「高い場所に登れる人間は、登らないことも選択できる。水穂ちゃんがお父さんを連れ戻すための最大の練習台は自分自身よ。お父さんと同じ道を辿ろうとしてるあなたを、あなた自身が抑制する。それができるなら、いつかお父さんを連れ戻すことができる。人間の領域に、枯滝家に」

「でも、水穂のお父さんは並のことじゃ」

「あなたもやることあるわよ! 太陽雨ティダ・アミ


指を鼻先に突きつける。さしもの異能の少女も気圧されるほどの勢いが出ている。


「あなたが何か大事なことを忘れてるから話がややこしくなってる。自暴自棄になることが解決とは限らない。忘れてることがあるなら、今、思い出しなさい。自分で自分にカツを入れるのよ」

「忘れてる……確かに何か、思い出せない気はするけど」

「カギはやっぱり、水穂ちゃんよ」


二人の少女を観る。やはり似ていると感じる。太陽雨ティダ・アミの中には晴南と美雨と、なぜか枯滝水穂の面影がある。


黒現は背後で合掌したまま、なぜか草苅の様子に柔和な笑みを浮かべている。


「あなたは水穂ちゃんのために生まれた。根乃己の異常存在は誰かの救いとなるために生まれるの。水穂ちゃんが起点であり、水穂ちゃんを救うためにあなたがいる。すべての中心に水穂ちゃんがいるの。頭の中を真っ白にして、水穂ちゃんのことを思って。それで思い出せるかも知れない」

「く、草苅さん……そんな乱暴な」

「――水穂、やろう」


太陽雨ティダ・アミが手を握る。驚くほどに熱い。彼女の能力のためではなく、通っている血の熱さが意識される。


「私、思い出さなくちゃいけなかった。私がどうして生まれてきたのか。何がしたかったのか。水穂と一緒にいるのが楽しくて、考えないようにしてたかもしれない」

太陽雨ティダ・アミちゃん。でもどうやって思い出すの」

「大きくは変わらないよ。鉛の巨人という事象のきっかけがあの星であることも確か。あの星を遠ざけるべきなのは変わらない」

「遠ざける……うん。巨大な推進力を出すものがいるね、折り紙で折れるかどうか……」

「黒現たちの代表っていうおじいちゃんが言ってた。あの星は恒星がぶつかっても壊れないぐらい頑丈だって」


両手が発光する。

手の中に凄まじい熱量を封じ込め、回転させ自己収束の渦に乗せる。


「だから吹き飛ばしちゃおう、水穂は盾を作って地球を守って。私はありったけのエネルギーをぶつける。その時の衝撃で思い出す」


光の玉が。


太陽雨ティダ・アミの空気が光と熱になぶられる。彼女の周囲に浮かぶのは球体となった熱量。球体は自転して対流して、プラズマと磁界の奔流を内側に押し込める。


「――うん、わかった」


水穂の両手から折り紙が生まれる。それは透明な板となり、六角形となり、複数が蜂の巣のように連結されて壁となる。


そして規模がひたすらに拡大していく。網膜を焼くほどの光量と、それを遮断する透明な壁。壁は野球場ほどの大きさに、さらに広がって一つの市ほど、さらに大陸ほどのおおきさに。


びりびりと、黒現に打ちつける力の余波がある。黒衣の僧侶は複数の防壁でそれに耐える。


「凄まじい……すでに恒星に近いほどの力が出ていますね、それを一枚の板で遮蔽するとは」

「黒現さん、あんたたちのお仲間は星にいるんでしょ。大丈夫なの」

「草苅どの、すでに事態は伝えております。我らの同胞は星の裏側に避難しておりますよ。我々であれば生存は担保されますが……」


黒現は力場でそれとなく草苅を守っている。彼女はどこまで分かっているのだろうか。地球人がこれほどのエネルギーに触れたことはおそらく初めてである。


「いくよ水穂!」

「うん!」


幻視されるのは、光の腕。


解き放たれる。それは実に5.0×10の32乗ジュールという熱量。太陽すら消し飛ばすほどの熱。エネルギー密度のために物理的接触のように星を押す力。


それは時空というルールが制御できるぎりぎりの力。すべてを押し流し、吹き飛ばし、水穂たちの意識もまた、光の中に――。









――宙に。




宙に浮いている。


星の海、その中で水穂は宇宙の広さをおもう。


果てしない意識の広がり。


渺茫びょうぼう、という言葉があるの」


声が聞こえる。水穂の目は開いている。声の主を意識だけで探すと、ふいに現れる人影が、二つ。


「ぼんやりとしていて周りがよく見えないこと、遠くが見通せないこと、転じて先のことが分からない様子」

私たち・・・は不安だったの。水穂がどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって」

「根乃己はきれいな村だけど、水穂はいつも遠くを見てた」

「山の色づきを眺めたり、本の活字を追ってるときも、いつも違う場所を見てた」

「だから頼んだの」


それは誰かの記憶のようだった。事実の記録というより、そのような概念を水穂に見せたがっていると感じた。それは複数、おそらくは三人の人物の会話だった。


【だから、「私」を望むの】


それは声なのだろうか。豊かで大きくて、山脈が数億年かけて姿を変えていく様子のような、大いなるダイナミズムを感じさせる響きである。


「うん、あなた根乃己だよね。水穂ちゃんのこと知ってるよね」

「ずっと昔からだよね。根乃己ってそういう村だったんだね」



【「私」は陰の気であり、地の底の蛇であり、それを制御しようとした人物であり、人の思いに共鳴する楽器のようなものでもある】



「水穂のことが心配なの、力を貸して」

「私たちだけじゃ止められない」



【貸してもいい。だが、あなたたち二人の体を借りても、「私」のすべてを注ぎ込むことはできない。きっと、不完全なものが生まれる】


「じゃあ、駄目なの?」



【いいえ。むしろ完全な姿では、人の前に立つことはできない。互いに認識できないほどおおきさが違うから】


【でもやはり、不完全で生まれるのは、危ういこと】



水穂は、ためらいとも戸惑いともいえる感情を知覚する。これほどに大きく、偉大な存在であっても感情があるのか。


その感情の名は、不安。

そして、それを乗り越えようとする意思。



【何もかも、見通すままにはいかない。渺茫たる不安というものは、すべての意識について回る。それでも、動かねばならない時もある】



「私たちも、あなたも」

「そして水穂も、だよね」



【その通り――】




想念の夢。

誰かが水穂に説明するような夢。それが遠ざかり、二つの意識が水穂に近づく。


「そっか……二人が、願ったんだね」


水穂の問いかけに、二つの意識が肯定を返す。


「水穂ってば、危なっかしいんだもん」

「そうそう、一人だけ遠くに向かってる感じがあった。夏ごろから、それがどんどん明らかになった」

「私たちはそれを止めたかった」

「だからきっと、あの映画館が現れた。光の中で、根乃己に眠るものに会わせてくれた」


晴南と美雨、二人は水穂の手を取る。互いに定まった形はないが、三人がそれぞれ触れ合っていると分かる。


「そして、もう一人だよ」

「もう一人……根乃己だね」


地の底から光が浮上する。

それは光でもあり闇でもあった。最初は大きくて力強いものとしか感じられない。


「根乃己はずっと私たちを見てた。そして根乃己の人の思いに触れて、喜んだり悲しんだりしてた。ときどきは、世界を歪ませて異常存在を生むこともあった」

「水穂のお父さん、枯滝路が遠くに行ってしまったことを悲しんでた。水穂のお父さんはね、根乃己にとっては後悔の記憶なの。その人はあまりにも大きくて、根乃己という枠組みから逸脱してしまった」


だんだんと、力の姿が見えてくる。それは地の底に眠る大きな蛇。

そう感じられる力のうねり。大いなる歪み。


「私たちは戻るね。水穂、あとは根乃己とお話してきなよ」

「私たちの体も戻ってくるみたいだし」

「うん……ありがとう、二人とも」


二人の意識が遠ざかり、かわりに浮上してくるのは、暖かなうねり。


「水穂」

「あなたは太陽雨ティダ・アミちゃん? それとも根乃己?」

「どちらでもいいよ」


やはり姿は見えない。水穂には視覚とか聴覚という感覚もない。ただ大きなものと触れ合ってると感じるだけだ。


「あなたは、人の願いを叶えてたんだね」


根乃己という土地。はるかな太古の昔から、多くの歪みを生み出してきた土地。


不思議な器物、狐狸こり妖怪ようかい、あるいは特異な力を持った人間も。


「そう、私は土地であり、土地に渦巻く陰の気であり、それでいて人のよう・・・・なもの・・・でもある」


太陽雨ティダ・アミの声が聞こえる。そこからは2人の少女の名残が消えている。


しかしやはり少女のような気配もある。水穂はそれが何を意味するのか分からない。友人二人以外にも、誰かが。


「もともとの根乃己という土地は赤子のようなもの。人の願いや怒り、悩みや悲しみに無自覚に共感して、世界を少し歪ませてきた。何人かの・・・・人たちがそれを制御しようとしてきた。でも、あの二人の体を通して生まれて」


根乃己の村が見える。


それは幻覚だろうか。記憶だろうか。春夏秋冬。四季おりおりの姿が同時に見える。太古の昔と、REVOLVEができて以降の姿も同時に。信じがたいほど鮮やかな四季の移ろい、息づく無数の生命、祭りの音、水田の匂い。雲の形までも美しい。


「とてもまぶしくて……楽しくて、お腹がいっぱいで、だからちょっとだけ、使命を忘れてしまったの」


触れる。

それは柔らかく、穏やかな接触だった。親愛の情、古馴染みと会うような安堵、そんなものを覚える。


「水穂、あなたはいつか、お父さんに会いに行って」

「うん」

「そして連れ戻してね。あの子・・・を思っている人もいる。瑛子も、竜興さん・・・・も、複雑な気持ちを抱えてるけど、家族だから、根乃己に生まれた人たちだから、きっと魂で繋がってるから」

太陽雨ティダ・アミちゃんはどうするの」

「私の一部を、あの人たちの星に送った」


空を見る。惑星はまだそこにある。そして暖かな光が、綿毛のように降りていくのが見える。


「生まれてしまった自我は消せないの。でも大きな力は自我を持っていてはいけない。渺茫、ということに耐えられないから。だから黒現さんたちの星に送って、彼らと一緒に穏やかな時間を過ごすことにする」

「渺茫……」

「長大な命になるほど未来が恐ろしくなる。どうなるか分からないことが不安になる。だから、今ここにある自我は黒現さんたちの星に送る。でも大丈夫、根乃己という土地はずっとここにあるから。無意識でも、眠っていても、ずっとみんなを見てるから」

「うん……うん、わかるよ。いつも私を見ててくれた」


大きな力は、また地の底に向かうと感じる。


それを名残惜しく思う。引き留めようとしても、それは滝を手でつかむかのよう。そして水穂は上方へ浮上していく。眠りから覚めるのだ、と自覚できる。


最後に、ひとかけらの言葉が。


音声とも感情ともつかない、わずかな意識の伝達がある。とても懐かしく、愛おしい、宝石のような言葉が。



頑張りなさいちばりよー、水穂」





目を開く。


畳の上。い草の匂い、秋の風の匂い、米の収穫が終わったばかりの土の匂い。


「水穂」


頬を撫でる人物。枯滝瑛子が。


「お母さん、あれから、どうなったの」

「すべて元に戻ったわ」


それは嘘だろう。何もかも元に戻ることはありえない。



流れる涙も、無かったことにはできないのだから。



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