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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
外伝 第一章 雨降りキネマと太陽メガホン
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外伝・第三話



「あなたの映画? 主役やりたいの?」


とは晴南、赤ジャケットのポケットに手を突っ込んでいる。


「私は映画というものに高い価値を見いだしております。しかし、数十万という映画を観てきましたが、この世界の映画はどれも人間を描いたものです。私のように植物を描いたものはありません。私は私のための映画を望んでおります」

「ちょいまち、人間以外が主役の映画だってあるでしょ」


とは美雨、プラタナスの鉢の周りをうろうろ歩く。


「動物が主役のだってあるし、岩とか植物だって実験的映画とかなら無くもない。鉢植えだってあるよきっと」

「いいえ、私の知る限り、私が満足できるような映画は無いのです」

「そんなことないって、世界に映画がいくつあると思ってんの。まだないと思うものはもうある。これ私の格言ね」

「いいえ、残念ながらありません」


鉢植えはかたくなというよりも、当然のことを幼児に説明するような穏やかさで言う。


「ともかく、あなた方には映画を作っていただきたいのです。必要な道具はすべて揃えております。また、ご要望があれば作り出すこともできます」

「それは困るよー、うちら映画祭の選定会議に行かなきゃなんないし」

「そうそう、もうすぐ12時だし」

「ご心配なく、この映画館の日時は固定されています。あれを」


プラタナスが壁を示す。水穂から見てプラタナスは1ミリも動いていないが、なぜか右斜め上を示したと分かった。


デジタル表示の時計である。晴南と美雨が視線を送る先には。


9528/04+2299/016∈18/11:37:06:221981


「なにあれ??」

「最後の方って時刻? 最初の9528って何なの?」

「さあ、ではよろしくお願いいたします」


プラタナスは姿を消す。

その場の人々にはそのように感じられたが、やはり鉢植えは変わらずそこにある。だが、先ほどまでいた何者かがすでにいないと感じる。いま見えているのはただの鉢植えであると。

水穂は後方に控えていた、そっと顎に指をあてる。


(……魂みたいなものが鉢植えに乗り移ってる? それとも鉢植えが複数あって、魂で移動できる? こちらから呼びかけることはできるのかな……)


「しゃあない、とりあえず撮ってみよっか」

「晴南、わたしカメラ取ってくるからそこのプラタナスの鉢植え運んで、スタジオあったでしょ」

「これけっこう重いなあ、他の鉢植えないのかな」


二人はわいわいと騒ぎ、当然のように話が進んでいる。

これもまた術中というものだろうか。二人はすでに異常存在の世界観に飲み込まれているのか。


「黒現さん、この場所って時間の流れはどうなってるの?」

「奇妙なことです。我々の感覚を述べるなら「現在時刻を観測することができない」という状態です」


この美々しい僧は落ち着き払った口調ではあるが、たたずまいに緊張をにじませている。


「私は、あなたがたの理解で言う時計を持っています。それは問題なく動いている。しかし私はその時計を観測することができない。この映画館に入って何秒経ったのか数えることができない。認識の揺らぎ、こんな形での時空間干渉があるとは……」

「……こういう場合、内部に何百年いても年を取らない事が多いの。でも異常現象が終わると一気に老化するというケースもある。REVOLVEはもうないから、老化してしまったら取り返しがつかない」

「我々の肉体にも寿命がないわけではありません。同じ場所に何百年も留まることもできれば避けたい。しかし現在のところは手が出せません」


黒現はかなり率直に焦りを見せている。あるいはそれは、自分を頼るなというジェスチャーのようにも見えた。


「二人とも大丈夫かな……私も動かないと」


支配人室を出ると声高な話し声が聞こえる。声を頼りに歩けば撮影スタジオだった。民家の居間、つまりセットが組まれており、晴南がメガホンを握っている。なぜか顔が半分隠れるほどのサングラスをかけていた。


「はいアクション!」


「前からおかしいと思っていたんだ! こんなプラタナスなんかにお前は!」

「やめて! ただの鉢植えじゃないわ! 私にとって大切なものなの!」


居間で演技をしているのはワイシャツ姿のサラリーマン風の男、そして30がらみでエプロンをした主婦。なぜか化粧が濃く、体の線が肉感的に見える。


「……いいわ、別れましょう」

「正気なのか、どうかしてるぞ」

「あなたには分からないのよ、植物にだって心はあるの」


「はいカット!」


メガホンをぱあんと膝に打ち付けて立ち上がる。カメラを回していたのは美雨だった。かなり旧式のカメラであり、ハンドルのようなものを回してテープを巻き取る。


「あ、水穂、どこ行ってたの?」

「こっちのセリフだよ……何してるの」

「何って映画だよ。美雨が脚本ほんを書いて私が演技指導。たまに出演してる」


晴南から脚本を受け取る。8ページほどの薄いもので、タイトルは「昼下がりの剪定せんてい、背徳のプラタナス」とあった。


「あの俳優さんたちは?」

「ロボットみたいなもんらしいよ。指定すればどんな容姿の人でも出せるんだって」


その俳優たちはカットの声がかかってからずっと硬直している。わずかな揺れや呼吸の気配もない。


「どんなお話なの?」

「団地妻とプラタナスが浮気するの。というより、とんでもない人たらしのプラタナスなのね。いろんな人の手を渡り歩いて成り上がってって。最終的にはアメリカ大統領の私室に飾られるの」


ぱらぱらと脚本をめくる。本当にそう書いてある。スタジオでは民家のセットが奥に引っ込んで次が出てくる。


「つまりプラタナスを活躍させるというか……持ち上げる方向なのかな」

「そうだよ、たぶん求めてるのってそういうコトっしょ」


カメラマンの美雨が声を投げる。


「これがダメなら次はアクションもの撮ろうかな。テレキネシスに目覚めたプラタナスが一宿一飯の恩義で村を救うの」

「そうだ、水穂も出演してみたら? 水穂の動いてるとこ撮りたいし」

「遠慮しとく」


水穂はいったんスタジオを出て、建物内部を調べる。

壁に耳を当てるが外の音は聞こえない。模型の部屋、衣装部屋などを覗きつつ建物入口へ。髪をまとめていた白いリボンを引き抜く。


河原端かわばた燕台えんだい折り」


手にあるのは白い折り紙。だが変化はない。


「発動しない。ここの座標が分からないから、かな」


振り返ると黒現はホールの壁際にいて、静かに手を合わせている。街頭で托鉢たくはつをする虚無僧こむそうのようだ。雲水は禅宗の修行僧だが、虚無僧も禅宗だっただろうか。


(黒現さんは積極的に動いてくれないな、やっぱり私が何とかしないと)


またスタジオへ。


「植物界と動物界の対立を描く大河ドラマはどうかな」

「似たようなのはあると思う。というよりストーリー性なんかいらないのかも。ほら、どっかの殺人鬼も言ってた植物の心のような人生ってやつよ。何も起きなくて静かで落ち着いてて」


晴南と美雨が議論を交わしている。その部屋には黒い箱状のものが山積みになっていた。VHSテープである。祖父がいくつか持っていたが、使われてるのを見たことはない。


「二人とも、大丈夫?」

「あー水穂、うん大丈夫よ、スタッフもレベル上がってるし、美雨の脚本ほんもどんどん洗練されてるし」

「晴南ってアクション俳優の素質あるよ。ほら水穂も見なよ、これとかプラタナス抱えたまま滝壺に飛び込んだから」


部屋にはテープが大量に積まれており、二人はその上に座っている。晴南は黄色いメガホンを、美雨はカメラを抱えていた。


「それって、まさか作った映画?」

「そ、もう300本ぐらい作ったかなあ」

「ボツになったやつも編集素材として使えるからね、こっちのノートにリストアップしてるよ」


二人はまるで歳を取っていない。それどころか熱意に燃える顔は若々しさが強く出ており、それでいて熟練の映画職人のような厳しい眼差しもある。


「二人とも、あまり根を詰めない方がいいよ。ここから出る手段を探すほうがいいかも」

「大丈夫だよ水穂、というか私らいまめっちゃ燃えてるから」

「そうそう、モチベーション? 全能感? 何でもできちゃう感じがする」

「よっしゃ晴南、資料室の映画見直そう、うちは古典を見るから晴南はネイチャー系のやつね」

「オッケー、あと鉢植えも新しいの作ろう。大木もいくつか欲しい」


二人は早足で部屋を出てしまう。水穂と黒現が取り残された格好だ。


「少し目を離しただけなのに、物凄い時間が経ってるみたい。二人の精神は大丈夫かな……」

「水穂どの」


黒現が声を発する。何だかこの人物が話すのが久しぶりのような気がする。自覚はないが、水穂の主観時間もおかしくなっているのだろうか。


「どうしたの?」

「プラタナス、個体名があるのか不明ですのでそう呼びますが、水穂どのはプラタナスの求める映画とは何だと思いますか」

「うーん」


水穂は散らばったテープを見渡して考え込む。黒現は水穂の答えを持ちつつ、独白のように言う。


「まだ合格は出ていない様子。鉢植えが話の中心ならいいわけではない。鉢植えしか出てこないような映画でもない。あの二人はかなりの数の映画を作っていますし、プラタナスは数十万の映画を観たとのこと。それに該当しない新しい映画などあるのでしょうか」

「……プラタナスにも正解は分からない。つまり、そんな映画は事実上、存在しない。メーテルリンクの青い鳥」

「そう、それは第一にありそうな答えです」


黒現の顔に感情は見えない。読経のさなかであるように目を閉じている。


「他には……本当は満足できるレベルの映画は作れてる。でも1本じゃ物足りないから、二人にたくさん作らせてる」

「いささか小狡こずるい話ですが、その可能性もあるでしょう」

「その二つぐらいかな……。私がまだ思いついてない、とても斬新な映画が答えって可能性もあるけど、それならいつかはあの二人がたどり着くはず……」


ふと、沈黙が降りる。

水穂は人差し指の腹を噛む。眼球に力が入るような感覚。


「違う……心配すべきはそんなことじゃない。この事態はどこに向かうのか。最悪では何が起きるのか。私たちが一気に年を取って老人になるというケースは想定しても仕方ない。それ以外では……」

「私は、あのプラタナスという御仁に疑問を感じています」


黒現が、よく見なければ分からないほどわずかに、目の端をしかめる。


「これほどの映画館を用意できる知的存在が、なぜ人間に映画を作らせるのでしょうか。自分で好きなように作れば良いのに」

「それは……自分で作った映画を見ても面白くないから、とか」

「そうかも知れません。ですが水穂どの、お分かりですか。その程度の・・・・・理由であれば警戒など必要ないのです」

「それは……そうだね」


水穂は深い思考に沈む。黒現は独り言のようなつぶやきを繰り返しているが、それは意味のある言葉として聞こえない。水穂はしゃがみ込み、浮かんでくるさまざまな思考を凝視する。


「人間……猿から進化した知的存在、腕で道具を使う、長く歩ける、言葉でコミュニケーションを取る、たくさんの個体で協力する、万物の霊長……」


やがて、独白のような言葉が。


「……そう、すべての映画は人間が撮ったもの。知性を獲得したプラタナスは想定してない。人間以外の知的存在が出てくるSFも、人間が撮影した、話を考えたという呪縛から抜けられない」


推理を述べると言うより、まとまりのない単語を並べているような言葉である。声が自分自身に刺激を与え、また言葉が紡がれる。


「だから最初からすべて作る。プラタナスだけが知的存在である星の歴史、プラタナスが進化して文明を持ち、映画まで生み出すような世界の話。人間が関わったものは一切存在しない、最初から最後までプラタナスだけが星の頂点にいる世界」


仮にそんなものを撮るとして、どれほどの思索が必要なのか。

星の歴史を一から作り上げるような、無限の旅。


「その通りでございます」


はっと気づく。テープを積み上げたタワーの上に、プラタナスの鉢植えが乗っている。


「あなた……そんなもの二人に撮らせたいの。それは人間に作り出せるものなの」

「ここでは時の流れは固定され、生み出せる道具に際限はない。人間の脳についても同じ、情熱とか記憶の容量も無限に近いのです。知的存在は・・・・・自分・・たちの・・・存在・・しない・・・世界・・ですらも・・・・創造・・できる・・・のです」

「馬鹿げてる。その映画に何の意味があるっていうの」

「意味など必要でしょうか。映画はただこの世に生まれればいい。それに、私が必要としているのも本当ですよ」

「……二人はどこ」

「第2スタジオの奥に温室があります。今はそこです」


水穂は大股で部屋を出ていく。

残されたプラタナスはふと、部屋の隅にいる雲水に意識を向けた。


だが何も言わず、鉢植えだけを残して意識を移動させる。互いに察するものがあるのか、関わるまいとしているようだ。


「……星の歴史を一から編みなおす、壮大にして遠大なる旅、それは確かに凄まじい映画となることでしょう」


その禿頭の下は瞑目を続けている。組み合わされた手は、祈りを込めるかのように強くしっかりと合わされていた。


「知的存在は、自分たちの存在しない世界ですらも創造できる……」


プラタナスの発した言葉、それを口中でつぶやく。



「お分かりですか地球の皆さま、その言葉の示唆する、おそるべき可能性を……」


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