鉄壁の名を持つもの
演習場は前とは違い、おれら以外は誰も居ない。
人が居ないとかなり広く見える。
そしてやっぱり懐かしく感じ、あの初めてここに来た時のことが思い出される。
「さて、どういう風に試合をする」
「そうだな、初めは一対一でその後一人ずつ増やしていこうか」
「面白い。なら最初はおれが行くよ。夏屶の攻めを見てみたいしね」
最初は亮がくるのか。
亮は聖天使の中でも防御能力が高く、『鉄壁』の名を持っている。
「じゃあその次は私ね。亮で疲れたところを叩いてあげる」
いやいや、恐いって。
麻美は防御の亮に対して完全に攻めだ。
防御より攻めを優先する。まさに攻撃が最大の防御という言葉を象徴している。
「なら俺は最後だな。果たして俺の時まで堪えられるかな」
惇が最後か。
スピード、力、判断力、全てに於いて郡を抜いていると言っても過言じゃない。
今までのおれではやり合えるなんて思いもしなかったが、今は何となくでもやれる気がする。
凛を追いかけた時も身体が軽く感じた。
全ては試合をすれば分かることか。
「じゃあ始めよう」
おれと亮は演習場の真ん中へ移動する。
亮の使う武器は小太刀。
それを二本扱っている。
伸也も二刀流だったが、亮の場合は刀より少し短い小太刀での二刀流。
防御に適した武器だろうな。
おれも刀を出す為にイメージを抱く。
今までとは違う、今まではなかったイメージを…
今のおれには出せる筈だ…
そして、おれの手に現れたのは、かつての愛刀。
やはり力は戻っている。
今まで見たことが無い武器に三人は驚いているようだ。
「噂でしか聞いたことなかったけど、実際に見てみるとその長刀、ヤバい力を秘めてるね」
刀の力は使用者の意思の強さに比例すると聞いている。
この刀を出せたということは…
おれは完全に自信を持てた。
刀を持つ手に力を入れて構え直す。
「亮、行くぜ」
言葉と同時に亮の背後をとり、横に薙払う。
もちろん亮にとってはおれの動く速さが速すぎるなんてこともなく、簡単に止めてくる。
刀身の真ん中ほどで刀が交わっているから、そこから刃を滑らせて亮の動きを抑えたままにする。
刃先まで滑りきるとすぐにその場で身体を回転させ、その勢いを利用して長刀を振り下ろす。
至近距離でしかも勢いをつけた長刀は一本で止めるには無理があり、亮は二本を交差させそこにおれの刃を挟ませた。
だが、おれの狙いは次にある。
距離が近とこから振り下ろしたために、受け止められているのは柄に近いところだ。
おれは、そのまま勢いを殺さないように後ろに一歩下がりながら身体を落とし、再び刃を滑らせていく。
刃が完全に滑りきった時、おれの体制は自然とかなりの至近距離で突きを繰り出せる体制になっている。
即座に退いていた右足を踏み出し、刀を突き出す。
完璧なタイミングだと思っていたのに、紙一重のとこで相手の左側へ流された。
こうなると体制は完全に不利だ。
おれは無防備に身体の正面を相手に向けている。
いつまでもこのままの体制でいるのは自殺行為だ。
おれは踏み出した右足に力を入れ直し、手首を返して刃を上向きにしながら斬り上げる。
相手は回転をし始めていて、その勢いで刀は弾かれた。
逆にそれを利用して相手とは逆回転の運動をし、遠心力を利用して横に斬る。
が、今度は刀が空を切った。
(どこだ…)
刀身の長いこの刀を間合いをとって避けるなどあの時間じゃ不可能――
つまり…
(上か)
そう思ったちょうどその時に、頭上を影が通る。
その着地を狙って振り向き座間に横に薙払う。
が、やはりそれも防がれた。
さすが『鉄壁』と呼ばれるだけはある。
しばらくの間おれは攻撃しかしてなかった。
だが亮は全てを受け止め、避け、一撃も与えることができないでいた。
そして、演習場にベルが鳴り響く。
一人追加の合図だ。
結局一撃も入れることができないなんて。
結構自信はあったんだがな…
そして、これからが面倒だ。
「よっしゃ〜!勝負だ夏屶!」
夏「かぁ〜、結局一撃も入れられないのかよ」
亮「おれの守りは甘くないよ」
夏「しかも一回も攻撃してこなかったしよ」
亮「おれは夏屶の攻撃力を調べる為だからね(実際は攻撃する隙が無かったんだが)」
夏「さすが『鉄壁』だな」
亮「だろ」
夏「(うわっ、いきなり自信家になった)」
麻「隙あり〜」
亮「いてぇぇ〜!」
夏「(後頭部を迷い無く強打って…)」
麻「アンタの出番は終わり。さっさと引っ込む」
亮「出てくるの早すぎるんだよ」
麻「黙れ『鉄板』!」
亮「誰が鉄板だ」
麻「間違えた。鉄板焼だったね」
夏「(食べ物だよ…)」