プロローグ
「はじめまして。勇者候補、セレナ=ヴァルハラです」
「元・魔王軍第五軍団長、現・軍師見習いのザガンです」
「ユイ=ノヒメよ。白湯が好きです」
セ「師匠の自己紹介が一番情報量少ないんですよ」
◆
セ「読者様。この物語は、うちの師匠のお話です。前世は戦国とかいう国のお姫様で、女神様の手違いで、とんでもない力を持ったまま転生してしまわれた方です」
セ「そのせいで、毎月のように刺客が来ます」
ユ「来るのよねえ」
セ「ところが師匠、全部解決してしまうんです」
ユ「話し合いで済むなら、そのほうが安いもの」
セ「安いって言い方!」
◆
ザ「見どころは、我が輩が思いますに、攻めてきた敵が順番に村へ就職していくところかと」
セ「あなたのことですよ」
ザ「一号です。誇りに思っております」
セ「魔王軍の軍団長が、気づいたら村で帳簿をつけているんですよ。読者様、これ本編です」
◆
セ「あと、師匠はご自分の力に一番驚いてらっしゃいます」
ユ「怖いのよ、本当に。知らないはずのことを知っている自分って」
セ「毎回『あわわわ』と慌てて、毎回きっちり解決なさいます」
ユ「慌てているのは本当よ。膝も震えているの。赤ん坊だから、誰も気づかないだけで」
◆
セ「そんな師匠の願いは、たった一つです」
ユ「静かにお茶を点てて、のんびり長生きすること」
セ「……叶うといいですね」
ユ「叶わせるのよ」
◆
セ「――というわけで、読者様」
セ「難しい話は出てきません。笑って読める話です。たまに、ちょっといい話もあります」
ザ「プロローグを含めて、全部で15話のお話しです」
ユ「丁度読みやすいのよ」
全員「お暇でしたら、どうぞ」
全員「お暇でなくても、どうぞ」
ユ「村の門で武器を預けていただければ、白湯くらいはお出ししますよ」
セ「結局そこに戻るんですね!?」
ユイ=ノヒメ/セレナ=ヴァルハラ/ザガン
女神は後に、こう証言している。
『四千年この仕事をやってきたけど、測定器が爆発したのは、あの人が初めてだった』
◆ ◆ ◆
天正十年(一五八二年)、六月二日。
濃姫――帰蝶は、安土城の奥座敷で静かに茶を点てていた。
もう何年も、表舞台から遠ざかっていた。信長公の正室として、道三の娘として、政略の駒として生きてきた女。子は成さず、夫は天下を狙い、父は蝮と呼ばれ、従兄妹かもしれない光秀は――今頃、何を思っているのだろう。
その日の夕刻、変報が届いた。
京の本能寺にて、信長公、明智勢の謀反により落命――。
城内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。だが帰蝶は、動じなかった。茶碗を置き、ほっとしたような、諦めのような溜息を一つ吐いただけだった。
「……そう。あの方が、先に逝かれたのね」
それから十三日。
城の者たちは次々と逃げ落ちていった。帰蝶は、残った。逃げる場所も、逃げる理由も、もうこの世のどこにもなかったからだ。
そして六月十五日の夜――安土城が、燃えた。
天下一の名城を呑み込む紅蓮の炎の中、帰蝶はゆっくりと立ち上がり、窓を開けた。煙の切れ間の空に、星が瞬いていた。幼い頃、美濃の山で父と見た星空と同じだった。
「もう、十分に生きたわ」
四十八年の歳月。政略の駒として嫁ぎ、戦国の荒波を、ただ静かに、しかし決して折れずに生き抜いた。誰にも知られず、誰にも褒められず。それでも――。
「父上、信長様……私は、よく頑張りました。……ですから最後くらい、褒めてくださいましね」
その瞬間――
世界が、裂けた。
白い光が視界を埋め尽くし、身体が羽のように軽くなった。痛みはない。気がつけば、帰蝶の魂は真っ白な空間に、ふわふわと漂っていた。
(……あら。ここが、あの世?)
『はいは~い、次の魂の方どうぞ~。えー、帰蝶さんね。では魂の強さを測定しま~す』
どこからか、間の抜けた声。ピッ、という軽い音。
直後――バァン!
『……爆発した。測定器が爆発したんだけど!? 四千年で初めてなんだけど!?』
(……この声、大丈夫かしら。私、閻魔様の裁きを待っているのだけれど)
『え、ええと、測定不能ってことは規定により超特A級! 転生先は【人魔大戦世界・アーステラ】! 特典は魂の強さに応じて自動付与されるから、慌てなくても大丈夫――』
その時、白い空間に、別の澄んだ音声が鳴り響いた。感情のない、鈴のような声だった。
《特典ヲ自動付与シマス――【絶対魔法適性】。 【無限魔力炉】。【概念武装解放】。【運命改変権限】。【超身体能力】。【異世界知識自動理解】。 【自動防御結界】。【――》
『ちょっ、待って待って!? 多い多い多い! 普通は一個なの! 一個! 止まって! ……止まらない!? 何この魂、まだ特典増えてるんだけど!?』
《――付与完了。合計、十七件》
『十七!?』
(あの……どなたか、状況を説明していただける?)
『ご、ごめんなさい帰蝶さん! もう転生の光が来ちゃったので、細かいことは向こうで! それでは、良い転生を~!』
(ちょっと。「じゅうななけん」って何。説明なさい。ちょっと――)
彼女の抗議は、白い光に呑み込まれた。
そして――彼女は、生まれ変わった。
◆ ◆ ◆
新世界、アーステラ暦一二七年。
人間と魔族が千年戦争を続ける大陸「ミッドガルド」の辺境。王都から遠く離れた小さな村「リーフェ」。
「う、うわあああああああああああああ!?」
村の広場で、生後三ヶ月の乳児が――突然、地面に這い蹲って絶叫した。前世の記憶が、たった今、一気に蘇ったのである。
周囲の村人たちが凍りつく。
「ひ、ひゃああああ! こ、この子、急に喋った!?」
「しかも、妙に落ち着いた声……!」
赤ん坊(元・帰蝶)は、自分の小さな手をじっと見つめていた。
白くて、柔らかくて、ちっちゃい。
握ってみる。
――魔力が、体内で渦巻いている。太陽を一つ呑み込んだような、膨大な魔力が。
(……いえ、待って。「まりょく」って何? 私、戦国の女よ? 火縄銃と鉄甲船までしか知らないのよ? なのに今、当たり前のように「魔力が渦巻いてるわね」って思ったわよね? なんで分かるの!?)
そう。彼女の頭の中には、生まれた覚えのない知識が、最初から「常識」として鎮座していた。
(……ああ、思い出したわ。あの鈴の声が読み上げていた特典、確か【異世界知識自動理解】とか言っていたわね。それのせいね。……便利だけど、怖い! 知らないはずのことを知っている自分が怖い!)
混乱したまま、試しに、指先で空をなぞってみた。
パァン!
空間が歪み、直径五メートルの巨大なクレーターが村の広場に穿たれた。爆風で干し草が吹き飛び、鶏が一斉に空高く舞い上がる。
「……あわわわわわわわわわ」
赤ん坊は、這い這いの体勢で後ずさった。
「な、何、今の!? 大筒!? ――いえ、違うわね。今のは無詠唱の空間干渉魔法。……ほら、また分かった! 誰よ頭の中で解説してるの! 私よ! 怖い!」
村人たちが震えながら近づいてくる。
「神……神の子だ……!」
「勇者様の生まれ変わりじゃ……!」
赤ん坊・帰蝶(この世界での名・ユイ=ノヒメ)は、必死に手を振った。
「ち、違うの! みんな離れて! 私、自分でも何が起きてるか……いえ、起きてることは分かるのよ、特典のせいで! 分かるけど心が追いつかないの! あわわわ、魔力が漏れ――」
ビカアアアアアアア!
光の柱が、天を貫いた。
遠く離れた王都の魔導士たちが一斉に感知器を鳴らし、大陸中の古代竜が「なんだこの化け物は……」と目を覚ますレベルだった。
「止まりなさい! ……あら、止まった」
念じたら、ぴたりと止まった。
「……止まったわ」
村は、静まり返っていた。
クレーターの縁で、赤ん坊がちょこんと座っている。
こうして、世界最強の元戦国姫の、困った異世界生活が始まった。
彼女はまだ知らない。
自分の中で渦巻くこの力が、この世界の魔王を一撃で倒せる規模だということを。
そして、天を貫いたあの光の柱を、魔王軍の幹部たちが「新手の勇者か!?」と、しっかり観測していたことを。
ただ一つ、彼女が心に決めたこと。
「……とにかく、目立たないようにしましょう。私はもう政略とか戦とかうんざりなの。今度こそ、静かに、のんびり、長生きするのよ」
その決意表明の直後、興奮した村人たちによる
「神の子誕生祭」の開催が満場一致で決定した。
「目立たないようにって言ったそばからあああ! あわわわわわ!」
こうして、史上最も目立ちたくない最強勇者の、壮絶かつコミカルな伝説が幕を開けたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
プロローグを含めて、全部で15話のお話しです。
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