28話 ブラックホール2
「船体応力、限界まで上昇!」
ノアの警告が船内に響く。
次の瞬間だった。
ギギギギギ……!
巨大な金属が悲鳴を上げるような音が船内中に響き渡る。
船体全体がきしみ始めた。
「まずい!」
真田が叫ぶ。
「フレームがもたない!」
アレックスは必死に操縦桿を握る。
「舵が……!」
何度切り返しても反応がない。
「舵が効かない!」
推進エンジンも姿勢制御スラスターも全開。
それでも船は、自分たちの意思とは無関係に引き寄せられていく。
「全員聞け!」
アレックスが叫ぶ。
「これ以上操船は無理だ!」
「それぞれ一番近い安全席へ!」
「身体を固定しろ!」
「衝撃に備えろ!」
乗組員たちは走り出した。
遥はブリッジ後方のシートへ飛び込み、四点式ハーネスを締め上げる。
玲奈も隣へ滑り込む。
食堂にいたひかりは、隼人に抱えられるようにして固定席へ。
機関室では真田とイザベル。
船外修理区画ではハッサンが壁に設けられた固定具へ身体を縛り付けた。
リサとジョンは研究室でデータ端末を抱えたまま椅子をロックする。
エレナは医療室で救急キットを手元へ引き寄せ、自らも固定した。
誰も、もう何もできなかった。
ただ耐えるしかない。
船体は激しく振動を続ける。
時計を見る余裕もない。
数分だったのか。
数時間だったのか。
それとも、もっと長かったのか。
誰にも分からなかった。
やがて――
不意に。
静寂が訪れた。
あれほど鳴り響いていた警報も止み、振動も消えていた。
「……終わったのか?」
遥が恐る恐る目を開く。
窓の外を見た乗組員全員が息をのんだ。
「……何だ、ここは。」
そこには星がなかった。
太陽も。
銀河も。
何もない。
漆黒。
どこまでも黒い空間が広がっていた。
光すら存在しないような、静まり返った世界。
アーク・ノヴァだけが、その闇の中にぽつんと浮かんでいた。
「負傷者確認!」
エレナが医療班として動き始める。
「イザベル!」
機関室へ駆けつけると、イザベルは額から血を流しながら壁にもたれていた。
「大丈夫……少し頭をぶつけただけ。」
しかし左腕には深い裂傷ができていた。
ハッサンも整備区画で肩を強く打ち、足を負傷している。
「歩けるか?」
遥が手を貸す。
「なんとか……。」
苦笑いを浮かべながら立ち上がった。
一方、ブリッジでは。
「船長!」
アレックスが操縦席にもたれたまま動かない。
エレナはすぐに瞳孔反応を確認する。
「意識はある。」
「脳震とうね。」
「しばらく安静にして。」
アレックスはゆっくり目を開けた。
「……船は?」
「今のところ安定しています。」
「無理に動かないでください。」
エレナはほっと胸をなで下ろした。
命に別状はない。
それだけが救いだった。
玲奈はすぐにノアのメインコンソールへ向かう。
「ノア。」
「現在位置を特定して。」
『検索中。』
数秒後。
『現在位置、不明。』
玲奈の表情が固まる。
「恒星座標は?」
『一致する天体を確認できません。』
ジョンもモニターを見つめる。
「星図と一致しない……。」
「そんなことが……。」
玲奈は続けて尋ねた。
「ブラックホールから脱出できる可能性は?」
しばらく沈黙が続いた。
そしてノアは、珍しく少し間を置いて答えた。
『回答できません。』
「理由は?」
『前例が存在しません。』
船内が静まり返る。
『人類がブラックホールへ接近し、生還した記録はありません。』
『本艦が現在どのような空間に存在するかも判明していません。』
『したがって、脱出方法を導き出すことはできません。』
玲奈はゆっくり目を閉じた。
ノアが「分からない」と答えることは極めて珍しい。
人類最高性能のAIですら、この状況を理解できない。
つまり――
彼らは今、人類が一度も踏み込んだことのない領域にいるのだった。




