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第16話:ビーフステーキ

 夕食はビーフステーキだった。付け合わせ野菜と赤ワインソース、白パン。


 ステーキの断面がピンク色で、フォークを入れると肉汁が染み出した。昨日のハンバーグも衝撃だったが、ステーキはもっと直接的だった。なぜならこれは、肉の塊を焼いただけだ。なのに、こんなにも美味しい。赤ワインソースをつけると、さらに味が深くなる。百年間、干し肉を齧っていた自分が馬鹿らしくなる。


 いつものように二人と一羽で食事をしていると、レオンが不意に言った。


「アリア殿。今朝、シルヴィア殿の隣に座られたのは」


「何? 何か文句でも?」


「いえ。単純に、嬉しかったんです」


「何であなたが嬉しいのよ」


「あの方が一人で食事をされているのが、見ていて辛かったので」


 レオンの碧い瞳が、穏やかにアリアを見ていた。この騎士は人が苦しんでいることに敏感なのだ。


 食堂でレオンと別れ自室に戻る途中、廊下で王立図書館司書長のエレーナとすれ違った。


「あ、大賢者殿。ちょうど良かった」


 銀縁の眼鏡に、きっちりまとめた黒髪のエレーナは、先日会った時よりも眉間のしわが深い。


「ちょっといいですか?」


 エレーナが声を落とした。周囲に人がいないことを確認してから、そっと耳打ちする。


「封印の術式が変わっています」


「え?」


「閉館後に聖典の間を確認したんです。そしたら、旧約ゼポルディア原理福音大聖典にかけられていた封印の術式が変化してたんです」


「変化?」


「四重構造から七重構造に強化されています」


 七重? 四重でも普通の解析で五日かかる見積もりだった。奥の手でなんとか一日に短縮できるかもと思っていた矢先だ。


「ジーク副院長にも確認しました。そしたら、『セキュリティの強化』だそうで」


「ーーシルヴィアの報告を受けて?」


 アリアが言うと、エレーナが首を振る。


「シルヴィアさんの報告がジーク副院長に届いたのは今朝の午前です。ですが封印の強化は、それよりも前に行われていました」


「え?」


 時系列が合わない。シルヴィアの報告より前に、ジークが動いていた?


「大賢者様が聖典を守るために封印を強化した、というわけじゃないですよね?」


 エレーナがアリアに確認するような眼差しを向けた。何で私が、と言いかけたが、彼女にはアリアが聖典を消滅させようとする狙いはバレていないはずだ。アリアはただ、静かに微笑むだけにしておいた。


 満足したのか、エレーナは一礼して去っていった。


 アリアは廊下に立ったまま考えた。シルヴィアの報告とは無関係に、ジークはアリアの動きを察知していた可能性がある。昨夜のヘルマン・アルトマンの話も気になる。災害を事前に知っていた情報屋。それに、封印を強化したジーク。


「ゾディ」


「聞いてた」


 ゾディが肩の上で言った。


「誰かが、お前の動きを読んでるな」


 部屋に戻り、ベッドの壁際に座り込んだ。


 大祭典まであと二日。封印は七重になった。事態は悪くなる一方だ。ジークはアリアの動きを読んでいるのかもしれない。


 壁に背中をつける。冷たい。背中の紋様が消えた箇所が、少しだけ敏感になっていた。

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