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プロローグ:国宝の聖典、それ私の日記です

 私は、失われた古代語を解読した魔女である。


 禁呪も読める。神代文字も読める。封印碑文も、呪詛暗号も、滅亡した王国の祭祀文も読める。


 けれど、この日ほど思ったことはなかった。


 ——そんな特殊な文字なんて、読めなければよかった。


 大聖堂の天井近くに、光の文字が浮かんでいた。


 祭壇の上の聖典から魔術で抽出された古代語の文字列が、金色の光となって空中に投影されている。神聖な輝きを纏った文字が、ステンドグラスの光の中をゆっくりと流れていく。


 参列者は数百人。騎士、文官、魔術師、十二の神殿の代表者。王国の要人がこぞって頭を垂れ、光の文字を仰ぎ見ている。誰一人として、その文字を読むことはできない。失われた古代語だ。だからこそ神聖なのだ。崇高なのだ。人知を超えた叡智の結晶なのだ。


 読めるのは、この世でただ一人。私だけだ。


 投影されているのは、旧約ゼポルディア原理福音大聖典。王国で最も神聖な書物。古代語で記された、人類最後の文献。


 私の、日記帳だ。


 百年間、洞窟でひとりぼっちで書いた日記。友達がほしい。恋人がほしい。誰かと手を繋いで歩きたい。——そんな、恥ずかしい願望を古代語で綴ったポエム帳が、いつの間にか国宝級の聖典になっていた。


 光の文字が流れていく。私にだけ読める、百年前の自分の言葉が。


——恋がしたい。恋がしたい。恋がしたい。何で私はこんな陰気な洞窟で、フクロウと一緒にいるんだろう。いつか、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるかな。


 やめて。


——けど、本当に来てくれたら私、どうしたらいいんだろう。こっちからいって安い女だと思われても嫌だし、逆に無言で愛想ないと思われても嫌だし。


 やめてください。


——強引に連れて行ってくれるくらいが、私にはちょうどいいかな。ああ、早く私の王子様現れないかなー。


 お願いだから、やめて。シヌ……。


 隣の席で、金髪の騎士が感動の涙を流していた。


「象形だけで、美しい祈りの言葉だとわかります。古代の賢者様は、これほどまでに深い慈愛を持って人類の未来を祈っていたのですね」


 違う。全然違う。それは百年前の私の恋愛妄想だ。


「お前、顔が死んでるぞ」


 肩の上の白いフクロウが、金色の瞳を細めて言った。


「黙って」


「そんなにヤバいことが書いてあるのか?」


「黙れって言ってるでしょ」


 私はアリア。百年を一人で生きてきた、解読魔女。


 禁呪の呪いか、十年に一歳ほどしか年を取らなくなった。齢は百を優に超えるが、見た目は十六の姿のままだ。


 古代語なら何でも読める。禁呪だって使える。世界を滅ぼす魔獣だって封じられる。


 けれど、自分の黒歴史だけは、どうにもできない。


——これは、百年分の黒歴史を取り返すため、一人の魔女が王国に挑んだ物語である。

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