地獄でワルツを-2
リカルドとドメニコたちは銃撃戦の最中にいた。
銃声が鼓膜を突き、鉄筋に火花が散っている。
ドメニコが一人連れていた部下は、すでに空虚な目をして床に転がっていた。ドメニコは倒れた棚の影に身を潜め、リカルドはわずかな鋼材の影に身を縮めて射線を凌ぐ。
リカルドは足元の死体からベレッタを奪い取り、予備のマガジンを確認して影から覗く。銃弾が鋼材に当たり、金属片が頬を掠める。
「おい、リカルド! お前が先に突っ込め!」
「無理に決まってんだろ! これじゃ弾除けにもならねぇよ!」
リカルドは吠えながらも相手の数を確認する。数は三人、それぞれベレッタを持っている。一人は弾切れを起こし、慌てて別のマガジンを込める音がする。
しばらくして銃弾は止み、互いに膠着状態となった。
一瞬の沈黙。リカルドは意を決し、そばにあったH鋼を手に取り、力任せに男たちの隠れるテーブルへ投げつけた。
ストックを込め終わった男は銃を構え、隙をついて飛び出したリカルドに撃ち込む。すばやく横へと躱すが、もう一発の銃弾が肩を撃ち抜いた。リカルドは肩に弾を受けながらも、倒れ込むようにして飛び込み、ストックの底で男の顔面を殴りつけた。
鋼材の下で踠く男たちが這い出る前、ドメニコが一人の男の脳天へ銃弾を撃ち込んだ。
しかし、もう一人の男の銃口がドメニコへ向けられた。
「……ドメニコッ!」
その瞬間、リカルドは反射的にドメニコを押し除け、自身の脇腹のそばで銃弾を受けた。
「ぐぅ……! クソッタレ!」
痛みを隠すように吠えながらも、リカルドは最後の男の首を折るほどの力で殴りつけ、ようやく三人を沈黙させた。
ドメニコはコートの埃を払い、ゆっくりと立ち上がる。
「弾除けご苦労」
「……今あんたに死なれたら、困るのは俺だからな」
「相変わらず減らず口を。しっかりボスの場所まで案内してくれよ」
その時、目の前の階段を駆け降りるジョヴァンニとその部下たちが目に入った。
硝煙と爆風の中でも崩れない完璧なスーツを身に纏うジョヴァンニの姿を見て、ドメニコは忌々しげに睨みつけた。彼は指で眼鏡の縁を持ち上げ、足元に転がるドメニコの部下を、道端に転がるゴミを見るような目で見下ろした。
「リカルド、消えたかと思えば。正気を取り戻して、飼い主を連れて来たか」
二人は壊れ掛けた部屋の扉に身を潜め、廊下に響くジョヴァンニの声を聞いていた。
「あんたのような田舎の小悪党など淘汰されるべき存在だ。これからは暴力ではなく、ネットワークこそがこの国を支配する。あんたが縋っているシチリアの掟なんて、とっくに賞味期限が切れてるんだよ」
ドメニコはリカルドにだけ聞こえるかどうかの小さな声で笑った。
「……講釈垂れてろ、ナポリ野郎。血の匂いも知らねぇ温室育ちが」
埃を払い、コートの内に隠し持った手榴弾を取り出した。安全ピンに指を掛け、冷ややかに笑う。
「あんた、何を……」
「てめぇはあのアート気取りのボスの首を取ってこい。俺はここで、こいつらの気取った城を焼き尽くしてやる」
「死ぬつもりかよ」
「最初から何もかも道連れにするつもりだったんだ、今更シチリアへ戻って、死ぬのを待つつもりはねぇ」
ドメニコはリカルドの肩を強く叩き、窓の方へと突き飛ばした。
「……行け、リカルド。お前はさっさとあのガキを連れて、どこへなりと消えちまえ。……弾除けご苦労だったな」
ドメニコの背中は、死を運ぶ死神のようでいて、どこか晴れやかでさえ見えた。リカルドは血の滲む脇腹を押さえ、割れた窓からハージムの待つ三階の部屋へと向かった。
直後、ジョヴァンニの短い悲鳴が聞こえ、凄まじい爆発音が響いた。時代に取り残された男の放つ、最初で最後の咆哮。その崩落の音が、カラブリアの夜を染め上げた。
◇
リカルドは建物の影を縫い、爆炎と怒号を背に、誰もいない部屋に侵入して階段を駆け上がる。そして、かつて自身が微睡んでいた部屋の扉を蹴り開けた。
外の喧騒を遮断した、静寂の部屋の中央、ベッドの側で一人の人影が月明かりの下で立っていた。返り血が頬に涙のように伝っている。ハンドポークの針を手に、顔から血を流すオリヴィエだった。
「クソガキ……お前、何して」
「リカルドさん」
オリヴィエがゆっくりと、陶酔したように振り返る。
「この人が……あなたの太陽を汚そうとしたから。だから、僕が上書きした。もう、いいでしょう。……僕はもう、あなたと地獄へ堕ちる覚悟はある」
その言葉が、過去の亡霊を呼び覚ます。
──あなたの罪も、全てを受け入れる覚悟はできてる。
かつてエレナが慈母のように囁いた呪いのような言葉。自分の不甲斐なさのせいで、エレナはハージムに殺された。自分と出会ってしまったから、自分が正しい選択ができなかったから。
今再び、目の前の無垢な青年を、自分の汚泥へと引き摺り込もうとしている。
「……クソッタレ! 誰がそんなこと頼んだ! お前は、お前だけは……こっち側に来ちゃいけなかったんだ……!」
リカルドは喉を掻き切らんばかりに吠え、オリヴィエの細い腕を力強く掴む。だが、その背後からハージムが喉を鳴らして笑う。血を流す鎖骨を押さえ、壁を背に這い上がる。
「はは…! 見ろよリカルド、傑作だな。お前が必死になって守ったそいつは、お前のせいで、今や立派な犯罪者だ。……お前という存在は結局、愛するものを全て自分の汚泥に引き摺り込むんだ。エレナの時も……今もなぁ!!」
「黙れッ!!」
リカルドはベレッタを突きつける。だが、指先が情けないほどに震えて止まらなかった。
今ハージムを殺せば、オリヴィエの犯した罪を肯定することになる。それはオリヴィエの魂を、永遠にこちら側に縛り付けることを意味する。
爆発音と銃声が近くで鳴り響き、建物が大きく傾く。頭を失った二匹の蛇、ドメニコとハージムの部下たちの醜い足の引っ張り合い、それがすぐそこまで迫っている。
「リカルドさん、早く!」
オリヴィエの手が、拒絶できないほどに冷たく、強く握られている。
「……早く殺して、ここを出ましょう。二人で、誰にも見つからない場所へ」
オリヴィエの瞳に映るエレナの幻影。
それはかつてリカルドを救う光とは正反対の、狂信的な影を纏った瞳。
リカルドは悟った。自分が踠けば踠くほど、この青年は自ら傷を負い、リカルドの隣という深淵へと落ちていくことを。




