表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/81

閑話 帝都の人々

 その日、帝都に住む者で「空を見上げなかった者」は、ひとりもいなかった。


 天を裂き、女神の光が降り注ぎ、大聖堂を包み込んだその瞬間――

 すべての鼓動が、ひとつに重なったかのように高鳴った。


 誰もが足を止め、言葉を失い、ただ空を仰いだのだ。


「聖女さまが……戻られたんだ……」


 市井の老婆は震える手を胸に当て、涙をこぼした。

 二十五年前、まだ若かりし日に目にした伝説の姿。その記憶と同じ光が、再び空を覆っていた。


「俺、見たぞ! 黒い服の奴らが光に弾き飛ばされるのを!」


 露店の若者が興奮して叫ぶ。


「やっぱり教会の中に、怪しい奴らがいたんだ……!」

「女神が、選んだってことか……!」


 ざわめきは広がり、やがて形を変えていく。


 恐怖ではなく、安堵へと。


 光が悪を拒んだのなら――真実は、そこにある。


 やがて大聖堂から報せが広まる。


 ――教皇猊下が目を覚まされた。

 ――聖女が偽りを暴き、女神の御声が再び地上に満ちた。


 その知らせは、瞬く間に帝都を駆け巡った。


 最初に変化を感じたのは、街角の人々だった。


 暗い顔で市場に立っていた商人は、ふと顔を上げる。

 街路樹の枝先に、小さな花が咲いているのに気づいたのだ。


「……春が来たな」


 誰にともなく、そう呟いた。


 病で伏していた子どもが、かすかに笑った。

 母はその小さな手を握りしめ、声を上げて泣いた。


 兵士たちは剣を掲げる。


「この国は、まだ終わっていない」


 その言葉に、誰もが頷いた。


 やがてその噂は、早馬に、旅人に、商隊に乗って帝国全土へと広がっていく。


 北方の鉱山の村。


 長く陽の差さなかった土地に、黄金の光が降りる。

 岩肌の隙間から、かすかな緑が芽吹いた。


 老いた鉱夫は膝をつき、空へ向かって何度も繰り返す。


「……ありがとう……ありがとう……」


 南の漁村。


 荒れていた海が、ふいに静まった。

 舟を出した若者が、大漁の網を引き上げる。


 歓声が上がり、人々は互いに抱き合った。


 西の大草原。


 空には、絹布のような光の帳がたなびく。

 病んでいた馬が、再び大地を駆けた。


 遊牧民たちは輪をつくり、焚火の前で女神の名を歌い上げる。


 東の辺境。


 盗賊に荒らされ、祈ることしかできなかった小村に、帝国兵が駆けつけた。


「聖女様が戻られた。もう恐れることはない」


 その言葉に、村人たちは膝を折り、土に額を押しつけて感謝を捧げた。


 ――こうして人々は知ったのだ。


 女神は、そして聖女は。


 確かに、この国を見ているのだと。


 長き闇に覆われていた帝国は、再び光を取り戻し始めた。


 やがてこの出来事は「聖女再降臨の奇跡」と呼ばれ、吟遊詩人の歌に、学者の記録に、そして子どもたちの夢に刻まれていく。


 ――あの日、国に光を戻したのは、確かに聖女だった、と。


 だが。


 当の聖女本人は――


(え? 誰の話?? なんかすごく壮大な話になってない?)


 と、後でひっそり驚いていたという。


 ――それはまた、別のお話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ