88 不死身のエンゲージマン
「えぇぇいっ!」
ブォンと風を切る音がする。キュウが乱雑に振り回した拳は、さながら高速で振り抜かれるハンマーのようだ。オルステッドはそれをひょいひょい躱しながら、いつものように減らず口を叩く。
「おっと、おっとと、これは危ない。一発でも貰えば即死ですね。如何にして機械の力を借りずにここまでのパワーを?」
「愛だよ!」
「それはおかしいですね。もし愛が戦闘能力に関与するのならば、私は迷宮最強の執事となっているはず。そう、ニナ様への献身的な愛によって!」
「さっきから胡散臭いんだよオマエ!」
叫んで、横からシィが突撃する。彼女は目にも止まらぬ速さの回し蹴りをオルステッドの胴体に叩き込み、遠く離れたビルの壁面にまでぶっ飛ばした。壁に叩き付けられたオルステッドは潰れたカエルのようなポーズで固定され脳髄を垂らすが、瞬時に再生して、自分の血溜まりを蹴って走った。
「な、なんという事だ! このオルステッドが、格下の少女にまで殺されてしまうなんて! 腕がなまっている? いや違う! あなた方が強くなっているのですね? 情報よりも! 」
「うるっさい! 嘘つきの人殺し!」
「シィ様! 誤解です、私はまだ貴女様のご友人を殺してはいません! アベル殿も、ハキリ様もスラジ様も! 命は無事です!」
「それ半分以上が他人だわ!」
「これは失敬!」
ビルの壁を走りながら空中で高速戦闘を行う三人。それを俺は、下からぼうっと眺めるしかない。
「何してんだよ、あいつら……おーい! オルステッド! じゃあアベル達は何処に行ったんだ!?」
「申し訳ありませんがそれは本当に存じ上げないのです! あと少しのところで取り逃してしまって……あぁ惜しい! 話を聞いてもらえさえすれば、分かり合えた筈なのに!」
「嘘つき! 死ね!」
シィの腕が鞭のようにしなり、ゴムのように伸びる。その音速にすら近い怪物的な手刀は簡単にオルステッドの首を刎ねた。
「シィ! その能力は使うなって言ったろ!」
「えっバレた!?」
バレるに決まっている。いくら超人的な早業だからって、これだけ離れた距離で俯瞰して見ていれば俺でも気付く。
「もう止めろ! オルステッドと戦っても良い事ないぞ、無駄に時間かかるだけだ! キュウも戻ってこい!」
「うん! わかった!」
意外にも素直に返事をしたキュウは、磁石に引き寄せられる鉄クズのように俺の方に飛び付いてきた。あまりにも速くて目で追えなかった。
「あっズルい! キュウちゃんが先に仕掛けたから私も加勢したのに!!」
「シィ殿、首元がお留守ですよ?」
「がぁぁっ! 人が喋ってる時に殺しに来るな!」
シィは叫びながらオルステッドと揉みくちゃになってビルから落ちてくる。地面に叩き付けられた二人は大きな血痕を残して惨い肉塊になったが、瞬時に再生して元通りになる。
「イチ! こいつどうやったら死ぬの!?」
血塗れの状態でシィが怒鳴り散らす。
「……さあ? なぁ、どうやったら死ぬんだ?」
俺は素直にオルステッドに聞くことにした。すると彼は愛想良く笑って、白手袋に覆われた指を四本立てる。
「私の命のストックは現在残り四個に御座います。つまり四回首を刎ねれば、それでお終い! ちゃんちゃん!」
「は? 四回?」
あまりにも少なすぎる。これまでの彼の不死身はそんな程度ではなかった、なにかの冗談だろうか。オルステッドの命を捨てるような戦いぶりを体験したシィも、やはり俺と同じように不思議そうな顔をしている。
ちなみにキュウは"今なら殺せるよ!"とでも言わんばかりに目を輝かせている。
「何があったんだ? お前がそこまで追い詰められてるなんて」
「実を申しますと、私が考案した画期的な戦法が、あまりにも燃費が悪く……そう、例えば私が十人に分身したとすれば、それは同時に十個のストックを失う事になる。その私達がまたそれぞれ負傷すれば、回復する為に消耗するストックは十倍、更に倍々! ……よくよく考えれば分かる事だというのに、どうして私はあんな無駄な戦い方を!!」
「急にどうした? 頭おかしくなったか?」
オルステッドは頭を抱えて蹲っている。彼はよく自分のことを大袈裟に卑下するが、今回はいつもとは比べ物にならないほど落ち込んでいるようだ。
「私はマヌケだ……! オルステッドめ、この大馬鹿者! 私なんぞはニナ様に仕えるに相応しくない、ひいては彼女のお父上であらせられる当主様にも!! 独断で特攻した挙句に成果はゼロ、先程の"小競り合い"でも防戦一方! あぁもう死ぬしかないのか! 」
「……なんかごめんな? お前がいつも通りすぎて、そんなに大変な状態だと思わなかったから」
今の軽い戦闘でもオルステッドは数回死んでいる。いつもの事なので俺も気にしなかったが、もっと真剣に止めるべきだった。
「おいシィ、キュウ。一応オルステッドに謝っとけ」
「ごめんね! おじさん!」
「いや、私は悪くないでしょ。先に手出したのキュウちゃんだし、元はと言えばその男が挑発的なことを──」
「ああぁぁぁぁ私はもう駄目だぁ! ニナ様の為に何一つとしてお役に立てない!!」
大声をあげて泣き崩れるオルステッド。情けなさすぎて正直ドン引きだ。俺は再度、シィに目配せして謝罪を促す。
「うっ……わかったから! わ、私も、殺しちゃって、ごめん……!」
「いえ、いえいえいえ! お気にならさず! 全ては私が至らぬ故のこと! ニナ様への贈り物として、せめてもの手助けになればと思っての行動が……こうも裏目に出るとは」
ん? どういう事だ? 意味が分からない。彼の一連の行動で、何がニナの手助けになるのだろう。
「お前、具体的に何がしたかったんだ?」
オルステッドはいつも慌ただしげにしているが、彼が普段から何をしているのか全くもって分からない。この際だから聞いておこう。……正直あまり関わりたくないけど。
「ええ、もはや私の計画もこれまで。潔く白状しましょう。ずばり私は、ニナ様の"ライバル"を滅殺したかったのです」
「……えっ?」
「シィ様、キュウ様、ハキリ様、それにスラジ様。兎にも角にもイチ様に関連する女性陣を根絶やしにするのが、恋のキューピットたる私にできる事。それにも関わらず、私は何度も失敗して! あぁなんと口惜しい!」
「は? どういう事だ、殺そうとしてたのか? 俺の仲間を?」
「はい。イチ様のお仲間……それはつまり、ニナ様の敵にもなり得ますので」
──ちょっと事情が変わってきた。なんでこいつは被害者ヅラができるんだ? めちゃくちゃ最悪な事してるじゃないか。
「私の最大の失敗はハキリ様を襲撃してアッサリと返り討ちに遭ったこと……その結果として、私は戦闘機能の七割を失うことになったのです。もはや以前のような無敵のオルステッドではありません」
「襲撃したのか!? ハキリを!?」
「ええ、炎上魔女とまで呼ばれたハキリ様の暴走は凄まじく、とても私のかなう相手では御座いませんでした……あとキュウ様をそそのかしてゴミ処理場での戦闘に巻き込んだりもしました。現在の彼女の記憶喪失は、その過程でなんやかんやあって起きた事故かと思われます」
「なになになに? え? なんて? 何言ってんだお前? はぁ??」
「そしてイチ様が離れている隙に、ハキリ様とスラジ様をブチ殺そうとしたのですが、惜しくも元一級掃除屋のアベルに横槍を入れられ、あえなく失敗! なんにも上手くいかない! もうたくさんだ!」
「?????」
情報量が多くて脳がついていかない。俺は今、なにを聞かされているんだ?
「……では、私はこれで」
「行かせないよ?」
俺が混乱してるのを良いことに、そそくさと逃げ出そうとするオルステッドをキュウが捕まえた。万力のような握力が彼の首根っこを握り潰さんとしている。
「おやキュウ様? 何をするのですか? もしや私を許せないとでも? 命があるなら十分ではないですか、今更この絞りカスを断罪して何になると言うのです?」
「私、イチ君と一緒に外に出たいの! 協力してくれるよね?」
「話が通じていませんね? 冷静に考えてください、私など戦力になりませんよ。ハキリ様に魂を燃やし尽くされ、アベル殿に命のストックを削られた私に、何ができると??」
「手伝って? ね?」
「ぐぉ……脊椎を締め上げるのはおやめくださ──ぐぼぁっ!?」
首をへし折られたオルステッドは血を吐いて倒れる。そしていつものように一瞬で再生──する事はなかった。彼の肉体はビクンビクンと危険な痙攣を繰り返し、白目を向いた状態で舌を垂らしている。まるで瀕死の虫だ。とても醜い。
「これは……本当に死にかけてるな。少しずつ回復してるみたいだけど、もう俺と同じくらいの治癒速度じゃないか?」
「どうする? イチ、こいつ殺しとく?」
「え、いや……えぇ?」
どうしよう?




