87 犯人の供述
──転移門を抜けると、そこは広大な街だった。
「…………は?」
「えぇ?」
俺とシィは、辺りを見回すまでもなく不可解な景色を確認する。そこは明るく、富に満ちていて、叡智に長けているような、一言で表すなら未来的な都市。しかし死んだように暗く硬直した、陰鬱な雰囲気の街だった。
「ここは人間の街か?」
「うわぁ、綺麗……ちょっと引くくらいに」
シィが複雑そうな表情で、街の建物群が発する機械的な光を眺める。その横ではワープの衝撃で意識を取り戻したキュウがスンスンと鼻を鳴らした。
「んー? 変なの。ここの匂い、すごく薄いよ。こんなに大きな街なのに、鉄の錆も、腐った死体も、乾いた血溜まりも無い……まるで本当はあるはずの物が全部消えちゃったみたい」
「キュウちゃんも分かる? なんか生き物の気配が全然しないんだよね、こんなの廃墟だよ。綺麗まま死んだ都市……どうして秘匿されたんだろう」
恐ろしく整備された美しい街、しかしそこに生き物の痕跡は無い。俺達は観光客のような好奇心と、探索者のような緊張を同時に感じながら、道を進んで行く。
「──あっ!」
ビクンっ、と。機械仕掛けの玩具のスイッチが入ったかのようにキュウの身体が直立に強ばる。何かを感じ取ったようだ。
「遠くで知ってる匂いがするよ! 消毒されたみたいに薄いけど、まだ新しい……あれ?」
「どうした?」
「……? うぅん、わかんない。どこかで嗅いだような匂いなんだけど……なんだか、早く向かった方がいい気がする」
「何言ってるんだ? この街で、アベル達の以外に誰の匂いある?」
「急ごう!!」
キュウは全く話を聞かず、俺とシィの手を握る。これはまずい。
「おいちょっと待──ぅあああああっ!?」
「わぎゃああああああっ!!?」
まだ改造手術が残っているんじゃないかと錯覚するほどのパワーでキュウが俺達を引きずる。普通の人間だったら大怪我だ。
「落ち着けよ! お前の勘違いじゃないのか!?」
「急がなきゃ!」
「うひぃぃっ! 話が違う! キュウちゃんの頭のネジは直ったんじゃなかったの!!?」
シィが目尻に涙を浮かべながらされるがままになっている。今の彼女ならキュウにも負けない馬力があるはずなのだが、過去に振り回されたトラウマのせいか全く体が動いていない。
……確かにキュウの頭のネジは直ったが、代わりに脳に別の大怪我を負っている事を伝え忘れていたな。
「あーー! 見付けた、見付けたよ! あそこだよ!」
「早っ! 分かったからちょっと止まれ! おいなんで振りかぶってる? まさか俺を投げたりしない──」
「えぇぇいッ!!!」
景色がぐるんと一回転する。俺は四肢を投げ出すような体勢で空を舞い、派手に地面に叩き付けられた。びたんびたんとバウンドしながら減速し、止まった頃には全身が打撲まみれだった。骨も折れているかもしれない。
「痛たた……嘘だろあいつ、死ぬかと思ったぞ」
「くははっ! ご冗談を! その程度で死ぬなどという事は有り得ません、貴方様に巣食う寄生虫はすこぶる高級品で御座います故!」
──なんだ? この無駄に饒舌で慇懃な言葉使い、そして聞き覚えのある声。これはまさか。
「オルステッドか!?」
「そうですとも! こんなにも眉目秀麗な完璧執事が他におりますか!?」
やけに上機嫌なオルステッドが、倒れている俺に手を差し伸べてくれる。俺はその手を取って立ち上がった。
「な、なんでお前がここに?」
「……仕事です。それ以外の理由が、この働き者な私にあるとでも?」
「そうか。俺の知り合いもこの街に来てるはずなんだけど、何処にいるか知らないか?」
「ふむ? 申し訳ありませんが、居場所は存じ上げません」
「そうか……」
残念だが、知らないものは仕方ない。地道にこの広い街を捜索するしか無さそうだ。
「いやいや嘘でしょ。フツーに考えてこいつが一番怪しいって、しっかりしてよイチ」
「シィ? いつの間に」
凄まじい足の速さで追い付いてきたシィが、俺の横で呆れた顔をしている。遠くからは笑顔のキュウも手を振りながら走って来ていた。
「ねえキュウちゃーん? この胡散臭い男のこと知ってるの? こいつ絶対なにか隠してるよ」
「んー! よく分かんないけど、シィちゃんは絶対、その人と会った方がいいと思うんだ! 何となく!」
「確かにね。これは早めにぶっ殺した方が良さそうだわ」
本人を目の前にして、好き勝手に物騒なことを言う二人。そういえば彼女らはオルステッドとは初対面だったな。
「おや、そちらの美しい青い髪の女性は……シィ様ですか。お初にお目にかかります、私はニナ様の下僕。誠実にして忠実かつ精錬で剛健、勤勉でありながら独創性に溢れた執事。ローゼン・アルデラド・オルステッドと申す者に御座います」
またオルステッドお得意の早口自己紹介が始まった。シィはうんざりした顔で耳を塞いでいる。
「うっさ……ねえイチ、こいつホントに殺して良い? 話聞く価値も無いと思うんだけど」
「オルステッドはこれでも頼もしい人だぞ。本人も言ってるけどニナに仕えてる執事だから凄く強いし」
「ニナの部下って、私達の敵って事じゃないの? あいつが気絶したイチを攫っていったんだよ?」
「それはまあ、そうなんだけど」
少なくとも敵では無い、とは言い切れないのが辛いところだ。俺自身あの時ニナに殺されかけたのも事実だし。
──どうやってシィに説明しようかと、俺が頭を悩ませていると、オルステッドはまたもや声を上げた。
「あぁキュウ様! ご無事でしたか、私はもう貴方様が心配で心配で!」
「んー? えっとね、誰だっけ?」
「私ですとも! 貴方様をかの冷酷な暗殺屋から救出した潔白な男! 正直者のオルステッド!」
「あー、うーん? 匂いは知ってるんだけど……やっぱり忘れちゃったかも。ごめんね?」
「いえいえ滅相も無い! ただ私が貴方様を救ったという純然たる事実だけを知ってくださるならそれで結構! そう、私は無実、無罪、無根の男なのですよ! 分かって頂けますか!」
縋るようにキュウに言葉を浴びせかけるオルステッド。既に面識があったとは驚きだ。
「いつ知り合ったんだ? キュウの口からオルステッドの話なんか聞いた事ないぞ」
「ふむ? 知り合ったのはごく最近、としか申し上げられませんが……まぁとにかく! 私が信頼に足る人物という事は承知して頂きたい! 私はニナ様の部下であり、キュウ様の救い主であり、イチ様と共同戦線を張った戦友なのです! どうぞ、シィ様も存分に私をお使い下さい!」
「いや欠片も信用できないし。それにさっきからお前の体内に変な気配があるんだけど、なんか寄生虫飼ってるよね? 私のイチに変な雌虫を埋め込んだのもお前でしょ」
「シィ様には全てがお見通しですな! しかしあれは事故による不可抗力というものでして! むしろ私の懸命な処置によってイチ様は息を吹き返したのですよ?」
「やけに口が回るのが余計に怪しい……」
シィはいつまでもオルステッドを訝しむ。やはり初対面で彼を信用するのは無理があるかもしれない。
「シィ、気持ちは分かるけどオルステッドが俺達を騙す理由なんて無いだろうし、今は放っておいて良いんじゃないか? それよりアベル達を探さなきゃいけないだろ」
「……騙す理由、あると思うんだけど。イチがそう言うなら見逃してあげる」
分かってくれたようで良かった。
「ねぇねぇ、ちょっといい? 私も話したい事あるんだけど!」
「……お前も?」
ようやく落ち着いたと思ったら、今度はキュウが手を上げた。恐らく大した話ではないので早めに終わらせて欲しい所だ。
「オルステッドさん! さっきから鈍感なイチ君と、嗅覚はあんまり鋭くないシィちゃんは気付いてないみたいだけど、君の手にアベルおじいちゃんの匂いがこびり付いてるよ?」
「はい? ……申し訳ありません、貴方様が何を仰っているのか愚鈍な私には分かりかねま──」
「しかも! しかもね、それ血の匂いだよ! "痕跡"は上手く隠してるけど、消臭まで考えが及ばなかったのかな? おっちょこちょいだね!」
「はあ、なるほど。キュウ様、頭の機械が取れてから随分と賢くなられましたね? あの時は、あんなにも単純でしたのに」
まるで人が変わったように、オルステッドは冷徹な雰囲気を持って話す。危機を察知したシィが俺を守るように前に出た。完全に臨戦態勢だ。
「あぁイチ様、一つ勘違いしないで頂きたいのは、私は決してあなた方を欺こうとしたのではありません。ただ冷静な話し合いの為に邪魔な情報を一時的に伏せていただけなのです。しかしもはや、いくら説明しても無駄な様子……致し方ありません。このオルステッド、誠に不本意ながら刃を混じえることも辞さない構えで──」
話の途中で、オルステッドの首が飛ぶ。
ついにシィが我慢できずに殺した……のではない。キュウが無言で右フックを繰り出して、容赦無く彼の頭部をぶっ飛ばしたのだ。
「──さては、敵だね!」
拳を血に染めながら、キュウは張り付いたような笑顔を浮かべた。




