70 老いたるはかつての少年
酒場の裏にある清潔な倉庫の奥に、不潔な雰囲気の老いた男と、ハキリが並んで座っている。ハキリは腕の代わりに生えた両翼を不器用に使い、異臭を放つ不気味な肉を持ち上げて、嬉しそうに頬張っている。それを見て、老いた男は元から皺だらけ眉間に更に力を入れた。
「培養肉がそんなに美味いのか? 見た目も中身も変わった女だな、オメェは」
「私、変わってる? こんなに美味しいのに……昔はよく、お父さんと一緒に食べたんだ」
「父親ねぇ? ……俺様のダチも、気付けばみんな親になっちまったな、ガキなんかの為に自分の生活を捨てる奴ばっかりだ。そんで、そういう奴に限って簡単に死ぬのさ」
男は何かを思い出すように目を瞑ると、ケモノのようにギラついた眼光を、少しだけ穏やかなものに変えた。
「……昔、お前によく似た女が居た。特別な才能を持った魔術屋でな、神々しく煌めく焔を纏うんだよ。まるで伝承にある太陽そのものだった」
「太陽?」
「知らねぇか? でっけぇ火の玉だよ。迷宮の外にある、宇宙とかいう場所に浮かんでるらしい。あまりにも火力が強すぎて肉眼で見ようとすると失明するそうだ……その女も、同じだった」
男の目線が、ハキリの顔を真っ直ぐに捉えるが……数秒もしないうちに自分から目を逸らした。
「初めて目を合わせた時は立ち眩みがしたよ、あまりにも美人なんでな。それこそ目が潰れるかと思ったが、やっぱり目が離せねぇんだ。当時の俺様は自分の頭がおかしくなったと思ったが、惚れてたんだろうな……まぁ最後にはあの女も、クソくだらねぇ男とくっ付いて、くだらねぇ死に方をしたけどよ」
男は乱雑に酒瓶を掴むと、飲み口を喉奥にまで突っ込んで、流し込むように嚥下する。アルコールさえあれば味はどうでも良いらしい。そんな男の姿を、ハキリは興味深そうに眺めていた。
「……どんな、男の人だったの? その相手」
「熱心な男だった。実力もねぇのに無茶な仕事を引き受けては、無償で成果を提供するような馬鹿だよ。それでも最後にはそこそこの地位についてたがな……たしか三級だったか。いずれにしろ、この騒動に巻き込まれて死んでるだろうさ」
ニチャニチャと気色の悪い笑みを浮かべる男。それに対して、ハキリは不満そうに眉をひそめた。
「"そこそこ"なんだね」
「あ?」
「三級って、凄いんでしょ? お父さんはそう言ってた。なのにそこそこ?」
「あぁ、そこそこすげぇよ。掃除屋でも、改造屋でも、なんでも良いが三級ってのは真っ当な人類の限界で、一つの到達点だからな。それ以上を求めるって事は人間を辞めるって事だ。……だからあの女も、俺も、人間を辞めたんだ」
男は酒焼けした喉でボソボソと呟くと、左手に握った直剣を恨めしそうに睨む。古ぼけた剣は薄汚い鞘に納められたまま、ただの一度も男の手から離れずに傍に置かれている。その頑固さはまるで掌と接着剤でくっ付いたような雰囲気を醸し出しており、この剣を男から取り上げるのはどうやっても不可能なようにさえ思わせた。
「……ちょいと喋りすぎたか。なんでか、オメェを見てると色々と緩むな。厄介な女だぜ。さっさと仲間のとこに戻れよ」
「うん。そうするけど、お爺ちゃんも来れば?」
「お爺ちゃんじゃねぇって! 俺様はまだ六十だ、それにな……」
男が、右手に持った酒瓶を投げ捨てる。割れたガラス瓶がキラキラと地面に散らばった。
「俺様には"アベル"っていう立派な名前があるんだぜ」
煌めくガラス片をぐしゃりと踏み付けて、"アベル"はまた気色の悪い笑みを浮かべた。
70話です。せっかくのキリ番なのにいつもより短い話を投稿してしまって申し訳ないです。
申し訳ないついでで恐縮ですが出来れば評価、感想を投げて下さると有難いです。




