55 小競り合い
最近は話数の番号振りをよく間違えます。今回もミスってたので修正しました。
またズレてたらそれはミスなのでバシバシ指摘してください。
「なんだ、あれ」
「なんでしょうね」
俺とスラジは街道の一角で足を止めて、遠くのビル街を眺めている。
そこにはビルよりも遥かに巨大な火柱が上がっていた。余りにも圧倒的すぎて、現実味がないほどの炎、それが周囲の建物を燃やし尽くしながら暴れ回っているようだ。凄まじい熱気の余波がここにまで伝わってくる。
「大規模な魔術だな、この区画一帯を丸ごと灰にするつもりかよ」
「やー、凄いですね。誰かが吸血鬼と戦ってるんでしょうか」
「……行ってみるか」
進行方向を九十度曲げて、俺は一人で路地裏の道に潜って行った。
「──ぉえ? え、え、なんで? 変に首突っ込んだら危ないですよ。どうせ私たちには無関係なんですから、放っておきましょ」
「俺には、関係のある事なんだ。多分」
渋るスラジを置き去りにして俺は進んでいく。清掃会でハバロに言われた言葉が、頭の中で纒わり付くように繰り返される。……いつまでも彼女らを放置していたツケが回ってきたような気分だった。
「ちょっとー! お兄さん、本気で行く気ですかぁ!? 私はまだ死にたくないんですが!」
言葉とは裏腹に、スラジもずいずいと路地裏に入り込んでくる。まだ俺につき纏う必要があるのか?
「お前はさっさと逃げて討滅会にでも保護してもらえよ」
「えー! そんなの薄情ですよ! もう私の事はどーでも良いんです!? どうせならお兄さんが守ってくださいよぉ!」
「……じゃあ勝手に着いて来い。でも期待するなよ。俺は戦うのは苦手だし、守るのはもっと苦手なんだ」
「なーんか頼りないですねぇ。薄々気付いてましたけど、ひょっとしてお兄さんは無能なんです?」
不満げに目を細めるスラジに対して、俺はただ黙ってヘラヘラと笑みだけを返す。──気付くのが遅すぎるだろうに。
─────
俺たちが現場に着く頃にはそこは地獄絵図に変わっていた。熱で崩壊した建物が土砂になって積み上がり、コンクリートの地面が蒸発したように消し飛んでいる。巻き込まれたであろう多くの生き物は、怪物も人間も無関係に、炭へと姿を変えていた。
「うわ、クッサぁ……こりゃ酷いですね。目に見える全部が焼けちゃってる」
スラジが鼻をつまんで呟く。絶句して声も出ない俺よりは、まだ余裕のある態度に思えた。
「──あれれ、まァだ人がいるよ。この惨状を見に来るなんて、野次馬にしては根性あるなぁ」
俺たちが前に進むのを躊躇っていると、上空から男の声が聞こえてくる。見上げると、焼け残った建物の屋上から深緑色の制服を着た肥満の男と、下着姿の女がこちらを見下ろしていた。
男の方が建物から飛び降りて、俺たちの目の前に音も立てずに着地した。体型の割には動けるタイプのようだ。
「やあ、僕はモルガ、三級の警備屋だよ。それと建物の上からこっちをスコープで覗いてるのが、暗殺屋のユミちゃん」
落ち着いた調子で自己紹介をする肥満体。やはり警備屋らしく、市民を安心させる太陽のような笑顔だった。……しかし暗殺屋と通じている警備屋とは、少なくともマトモじゃない事は確かなようだ。
「俺は掃除屋のイチだ。階級は六級」
「スラジです。四級の改造屋です」
「へー、ふーん? 妙だな、クソカスと非戦闘員の二人組なんて。君たちこんな場所に何しに来たの?」
モルガがトボけた様子で脂肪まみれの顎をさする。目的なんて、決まっているだろうに。
「……ここに炎上魔女が居たんだろ。俺はアレの知り合いなんだ、話したい事がある」
「あっそう。残念だけど炎上魔女は今さっき倒されたよ。死体は確認してないけど、瀕死みたいだったから、その辺の路地裏でゴミみたいに死んでるんじゃない?」
「倒された? お前らが倒したんじゃないのか?」
「あははっ! そうしようと思ったんだけどね、なんか別のバケモノと喧嘩して共倒れしてくれたんだ」
モルガが腹を揺らして笑う。バケモノとやらが何を指しているのか知らないが、この居住区にまだ魔女と吸血鬼以外の驚異が潜んでいたとは、考えたくない事態だ。
「魔女の行方は分かるか?」
「まさか追い掛ける気かい? 嫌だなぁ、瀕死とは言えあれは怪物だよ? 僕ですら深追いはしないのに、六級掃除屋のカスが調子に乗っちゃ駄目だって」
モルガはにこやかな表情のまま、侮蔑と嘲笑を込めた声色で俺を諭してくる。──いつもこうだ。こういう手合いは、俺がカスだからと言って僅かな会話ですら面倒臭そうに済ます。とっくに慣れたものと思っていたが、今回ばかりは焦っているのもあって少し腹に据えかねた。
「……勿体ぶってないで、知ってる事をさっさと教えろ。」
俺は愛銃をモルガの顔に向けて、声を極力低くして脅す。相手は明らかに格上なので、実のところは声の震えを抑えるのに必死だ。
「へ? もしかして僕を脅してる? ん? ん? ん? 薄汚い掃除屋ふぜいが? そんな銃で?」
「二度は言わないぞ。お前を殺しても、もう一人の女に聞けば良いんだからな」
「あはっ、あはははははっ! ねぇユミちゃん今の聞いたぁ!? 僕こいつに殺されちゃうってぇ! ぅははははははははぁっ!」
──良く響くモルガの笑い声をフィオナの銃声がかき消す。馬鹿でかい発砲音もこういう時だけは便利だ。数秒間の接射によって数十発の弾丸がモルガの顔面を貫き、首から上は跡形もなく消失する……と、思っていたのだが。
「がぐぅ! あ痛たたぁ、まさか本当に撃つなんて、イカれてるんじゃないの? そうまでして死にかけの魔女なんかに会いたいかなぁ?」
──モルガの顔には、かすり傷すら付けられていなかった。
「……硬すぎるだろ」
目の前にある結果は俺の中の常識では到底受け入れられなかった。弾丸を回避したのなら分かる、そのくらいはやってのけても不思議ではない相手だ。細切れになった頭部が再生したのならまだ分かる、そんな奴を俺は何人も見てきた。しかしまさか銃弾で傷を負わないなんて、考えてもみなかった。
「あー、ビックリしてる? 警備屋と戦ったのは初めてかな? でも考えたら分かる事だと思うけどね。僕ら警備屋の仕事は居住区の平和を守ることだ、必然的に人間と戦うケースも多くなる……銃なんて対策してて当然だろう?」
モルガの太い指が、俺の首をガッシリと掴む。
「っ、ぐぇぁっ! ぐ、そぉ……!」
「喧嘩を売る相手は間違えない方が良いよ。自慢じゃないけど、僕らは対人戦のスペシャリストなんだ」
俺の首を締め上げる力が段々と強くなる。呼吸は完全にせき止められ、脊椎がミシミシと軋む。意識が遠のき、モルガの言葉と、スラジの悲鳴が頭の中で反響する。
「──あぁ、そっちの、スラジちゃん? だっけ? 君は殺さないから安心して良いよ、僕は善良な市民の味方だからさ……こっちのゴミだけサクッと縊り殺して、ササッと帰るね。ほいっ」
ゴギッ、と小気味良い音がして、ぐるりと景色が回転する。酸欠で薄れかけていた俺の意識は、そこで完全に遮断された。




