51 家出娘の今
「──成程。アナタ方が辿り着いた頃には、吸血鬼の大半は戦闘屋によって掃討されていた。と……それで、そのまま何もせずに帰ってきたんですか?」
窓口の眼鏡男がいつもの嫌味な顔で、失望したような台詞を吐く。元から無茶な任務だったことは分かっていただろうに。
「……何もせず、って事はないですよ。眷属化した泥鼠を何十匹も殺した話をしたじゃないですか」
そんな俺の言い分を、眼鏡男は眉間に指を当てて、首を傾げながら聞いている。
「あのですねぇ、分かってます? 眷属種の掃除を頼んだのは真祖種の討伐に邪魔だからなんですよ。それなのに、そんなカスみたいな成果だけ持ってこられても困ります」
「でも眷属種を殺せば報酬をくれるって話でしたよね?」
「それはまぁ。しかし僕もまさかそんな事態になってるとは知らずに……眷属の数が多いとは聞いていましたが、ここまで無節操だとは」
痛いところを突かれた眼鏡男が、半笑いで目を逸らした。いくら御託を並べた所で規則は規則だ、一度交した条件は守らなければならない。俺の目的のためにも、彼には何がなんでも金を用意してもらう。
「──ハバロさん、少し宜しいでしょうか。今すぐに報告したい事が」
そんな時、俺たちの会話を遮って、カウンターの向こうで彼の同僚らしき女が耳打ちをしている。窓口の男の名前はハバロというのか……初めて知った。
ハバロは面倒くさそうな顔で適当に何度も頷いているが、次第にその表情は暗くなっていく。
「──はい、はい、へえ……ん? はぁ? それってマズくないです? うぇ、僕ですかぁ? いやいやいや、そういうのは警備屋か戦闘屋に……数が? うわ、推定でそれですか? いや確かに僕はそういうの得意ですけどねぇ」
「どうかしたんですか?」
「いえいえ大した事では……ただ例の眷属種が、群れを形成して外縁居住区を襲い始めたらしいんですよねぇ」
どこが大した事ではないと言うのか。魔物が統一した意志を持って居住区に責めてくるなんて前代未聞だ。先行していた戦闘屋が適当な仕事をしたのだろうか。
「困った事に、複数の迷宮領域が丸ごと吸血鬼の眷属種で埋め尽くされてるようです。既に外縁居住区と、東部居住区の一部までもが甚大な被害に遭っていると……まぁ簡単に言えば新しい仕事ですかねぇ」
「……かなりの大事なんじゃ? そういうのは中央居住区の審議会に任せた方が良いと思うんですけど」
「中央の連中はこの程度じゃ動かないですよ。それこそ東部居住区が丸ごと滅んだとして、そこからやっと重い腰を上げるでしょうね」
──それもそうだ。かつて強力な魔物によって北部居住区が陥落させられた時も、中央からの対応はとにかく遅かった。まるで人が無駄死にするのを待っているかのように。
あれは人類のおよそ七分の一が死滅したという大事件だったが、中央が手を付けてからは呆気なく収束した事件でもある。
「中央の人間は、俺たちを虫ケラ程にも思ってないんですか」
「事実として我々は虫ですよ。一級の戦闘屋や掃除屋は中央にしか居ませんしぃ、主に迷宮の探索を進めているのも彼らですから。それ以外の人間なんて滅んでも構わないんでしょう。……それで、アナタはどうするんですかぁ?」
「俺は、現場に行きます。助けたい人達が居る」
「そうですか、助けたいと、あははっ。それはそれは、助けられると良いですねぇ?」
「……どういう意味です?」
──俺とハバロの冷たい視線が正面からかち合う。ついでに、横で黙りこくっていたスラジもおずおずと顔を出してくる。ハバロはゆっくりと施設の外を指さして、僅かに口元を歪めた。
「知ってます? この前、向こうでボヤ騒ぎが起きたんです」
「放火ですか。珍しくもない」
「そうですねぇ、別段これといって珍しくはありません。むしろ最近は炎上魔女のせいで火災が相次いでますから……本当に、小さな事件のひとつに過ぎないんです」
「また炎上魔女、やっぱり何かと名前を聞きますねそいつ」
炎上魔女は最近のトレンドになっているようだ。それほど多くの人を殺したのだろう、しかもまだ処断されていないのは驚異的だ。だからといって、今それが何か関係あるのだろうか?
「炎上魔女はその名前の通り、炎の魔術を操るそうですよ……昔、僕の知り合いにそういう魔術が得意な女性が居ましてねぇ。そこそこ腕の良い方でしたが、最期は呆気なく死にました」
「さっきから要領を得ませんね。何が言いたいんですか」
「いや実はですね、その女性と結婚した男が居るんですがぁ……その人、多分アナタとも知り合いなんですよ。ほら、この前、紹介したでしょう?」
「まさか、ヨシマサ?」
改造屋のヨシマサ。俺が瀕死のキュウを救うために頼った人物だ。その妻という事は、つまりハキリの母親にあたる。制御の難しい魔術を持っていたという母親……。
「例の火事になった現場、あの男の工房なんですよねぇ。最近はなんて名前で活動してたんでしたっけ? えぇぇと、硬質工房? でしたか?」
また、聞いた事のある名前だ……無関係だと思っていた要素が浮き彫りになる。気にも止めていなかった関係が線で繋がる。
「硬質工房って、炎上魔女と戦ってる組織じゃ……」
「知ってたんです? じゃあトボける必要はなかったかなぁ。あの人、最近は珍しく精力的に活動してると思ったら、自分の娘を止める為に頑張ってたみたいですよぉ? いつの間にかお父さんらしくなって、感動ですよねぇ」
「娘? ハキリの事か?」
「……僕が言うのもなんですけど、トボけるのはいい加減にした方が良いと思いますよ。イチさん」
捻くれた瞳で真っ直ぐに俺を見つめるハバロ。俺は思わず、目を逸らしてしまった。
「はぁ、何でも良いですけど、女の子を放置して取っかえ引っ変えするのは程々にしてくださいね」
「……もう行きます」
「お気をつけてぇ」
ハバロの心にもない言葉を背に受けて、俺はその場から逃げるように立ち去った。
前回投稿から少し期間が空いてしまい申し訳ありません。




