47 特攻任務
「お兄さーん、さっきから何処に向かってるんですか?」
俺の背後をちょろちょろと動き回りながら、スラジが声をかけてくる。今更になって行き先を気にするとは呑気な奴だ。
「清掃会の支部に行く」
「え、清掃会って掃除屋の元締めですよね? 仕事する気マンマンじゃないですか! もうそろそろ消灯時間ですから一旦家に帰って寝ましょうよー、昼夜逆転は体に毒ですし」
「俺は今はホームレスだ。それと掃除屋に昼夜の概念は無い」
「そうですか……お兄さんも家ないんですね、私と一緒だ」
スラジはまた好き勝手に喋りながらも、大人しく俺の後に着いてくる。……本来であれば俺も清掃会になど行きたくはない。できれば今すぐにでも、はぐれた仲間に会いに行きたい。だが、オルステッドがそれは危険だと言っていた。
あいつの話を鵜呑みにした訳ではないが真偽を確かめるにしても方法がない。例えば実際に会いに行くとして、確実に居場所を割り出すためには監視屋に金を払う必要がある。万が一の事態に備えて用心棒なども雇う必要もあるだろう。とにかく金が必要だ。
──という訳で。俺はいくらかの懐かしさを感じながら清掃会東部支部を訪れた。受付窓口を担当していたのは、いつぞやの陰険な眼鏡男だった。彼は相変わらずフレームの歪んだ眼鏡を弄りながら面倒臭そうに仕事をしている。
「あぁ、アナタは……お久しぶりですねぇ? まだ生きていたとは驚きです」
「どうも。まさか顔を覚えられてるとは」
「イカレた人間は記憶に残りやすいですから。まぁ、あとほんの数日もしたら忘れる所でしたが」
いつものように嫌味なことを言いながら、彼は俺の背後にいるスラジにも目をやる。それは俺がシィを背負って連れてきた時と同じような、軽蔑に満ちた視線だった。
「それにしても、またクセの強そうな人を連れてますねぇ。アナタの選ぶ女性はどうにも趣味が悪いですよぉ?」
「……何でも良いですけど、仕事紹介してくれます?」
俺はここに任務を受けに来たのだ。早く標的の情報だけ貰って、さっさと自分の仕事に取り掛かりたい。
「あぁはいはい、すみませんねぇ。しかし難しい所です。どうやらアナタは以前より強くなっているようですから……そうですね、適当に吸血鬼でも退治してみます?」
「……本気で言ってるんですか?」
「心踊りませんかねぇ? 吸血鬼ですよ、しかも"真祖種"です。やはり中々手強いらしく、討滅会が戦闘屋を派遣してるんですが……成果は芳しくないとか」
「真祖って、冗談でも俺が敵う相手じゃないですけど」
吸血鬼は迷宮ではかなり有り触れたメジャーな魔物だ。その姿はコウモリであったり狼であったり、はたまた人間という事もあるのだが、それらは所詮は"眷属種"である。
眷属種とは真祖によって血と能力を分け与えられた存在、言わば紛い物の吸血鬼だ。そしてその雑魚ですら、そこらの掃除屋なんかは軽く凌駕する戦闘力を持っている。
「討滅会が動いてるなら放っておけば良いでしょう。なんで俺みたいな六級掃除屋を派遣する必要が?」
「眷属の数が多くて、人手が足りないらしいですよぉ」
「討滅会だって腐るほど戦闘屋を抱えている筈では?」
「おや、ご存知ないんですねぇ。討滅会の東部支部は今、居住区で暴れている怪物と戦うので忙しいんですよ」
──居住区の怪物? たしかメトゥがそんな事を言っていたな。
「それって例の"炎上魔女"事件の?」
「あー、それも大変なんですがね……最近また新しい怪物が現れたの知りません? 進化教団の"教祖候補"が脱走して暴れてるって」
全然知らない話だった。居住区はいつでも新しい問題を抱えているな。まぁ、この街が落ち着いた日なんか俺の人生では一度もない気がするが。
「ちなみに炎上魔女に関しては、最近ウワサの硬質工房が独占的に対処に当たるって言い出したらしいですよぉ。なんでも討滅会と正面から喧嘩して、この一件から退かせたとか……そうまでして自分の手で魔女を倒したいんですかねぇ」
硬質工房、奴らは市民の味方なんて言われてるらしいから、きっと好感度でも稼いでいるつもりなのだろう。面倒な連中だ、どうせ奴らだって居住区を騒がせる迷惑の一つに過ぎないといのに。
「それでどうします? 吸血鬼退治、いっときます?」
「報酬は?」
「破格も破格、眷属一匹につき五千ゴルですよぉ。ちなみに真祖は百万」
「五千……破格って程じゃないですね」
眷属種は普通なら六級掃除屋がチームで対応するレベルだ。一匹狩るのに人命が犠牲になってもおかしくない危険度。今回はそれに五千ゴルという値段が付けられている。それは高くもなければ低くもない、まさに適正価格と言った所だった。六級掃除屋の命はちょうど五千ゴルくらいの価値である。
窓口の男もそれを分かっているのだろう。気色の悪い笑みを浮かべて、俺の返事を待っている。
「どうします? 命懸けの五千ゴル。掴みたくありませんか?」
「……やります」
「でしょうねぇ、では通信用の水晶を渡します。いつも言ってますけど、それただの発信機なんで、持ってるだけで良いですよ。偶にそれ使って定期報告してくる真面目な人がいますが、どうせ向こうで死んだら報告なんて無意味ですからねぇ」
「はぁ、もう行きますね」
「お気を付けてぇ」
窓口の男の気だるげな声を背に、俺たちは清掃会の出口を通り抜けた。
「──ぷはぁ!」
後ろでスラジが大きく息を吸う。見ると、その顔は額まで真っ赤に染まり、酸欠を起こしているようだった。
「そんなに緊張したのか?」
「いやいやいや、おかしいでしょ! 何ですかあの窓口の人!? とんでもない改造手術してましたよ!」
「見ただけで分かるのか?」
「腐っても本職ですからね……! あんな頭のおかしい人間は初めて見ました。どんな人生を送ったら、ああいう改造に手を出すのか甚だ疑問ですね」
「そうか……」
スラジが何を感じ取ったのか気になる所だが、知ってもメリットが一つも無さそうなのでそれ以上は聞かなかった。




