46 セクシーな銃口
──無事にゴミ処理場から脱出した俺とオルステッドは人混みの多い街道に入り、ブラブラと歩きながら一息ついていた。
「本当に、最悪だったな。もう二度とあそこには行きたくない」
「ええ、一度の機会にあれほど死んだのは何年ぶりでしょうか……私、軽くトラウマです」
あの後、メトゥが居なくなった隙に俺たちは急いで施設を駆け抜けて逃げ帰った。道中では謎の白い怪物の群れに襲われたりもしたが、それもオルステッドが単独で手早く始末してくれた。
あれも恐らくは廃棄されたゴミの一種なのだろうが……それにしても凄まじい生き物だったと、今になって身震いする。馬鹿げた再生能力を持ち、高い知能と残虐性を誇る怪物。あれを創った組織は何を考えていたのだろうか。もはや俺には関係の無い話だが。
「……時に、イチ様。そろそろニナ様にお目通りする準備が整った頃合ではありませんか?」
「え、嫌だよ。なんで俺からニナに会わなきゃいけないんだ。アイツは俺を殺しかけたんだぞ」
──昔から殺人に躊躇の無いやつだとは思ってたが、俺にまで刃が飛んで来るとは思っていなかった。せっかくトラブルが解決したのに、わざわざ地雷を踏みに行く必要も無いだろう。
「イチ様、あれは何かの間違いなのですよ。ニナ様はずっと貴方様とお会いするのを楽しみになさっておいでです」
「自分から会いに来ないって事は、きっとまだ不安定な状態なんだろ。そっとしとけよ」
俺はオルステッドの話を適当に流しながら、街道を練り歩く。こんな面倒な男が隣に居るわりには、意外にも俺の気分は穏やかだった。久しぶりに何のしがらみもない自由な時間を手に入れたような気がする。シィ達の安否はオルステッドが知らせてくれたし、俺も少し羽を伸ばすとしよう。
「うん、良い機会だ。買い物でもするか。色々なトラブルに巻き込まれてるうちに仕事道具とか軒並み紛失したからな」
「仕事道具と申しますと、武器ですかな?」
「そう! 掃除屋として金を稼ぐなら武器は必須だからな。それでさ、俺は手持ちがないから、オルステッドが金を貸してくれないか?」
「何とも横暴な……しかし宜しいでしょう。イチ様のごとき底辺掃除屋が欲しがる武器など、私からしたら小銭以下の価格に御座います故」
……ん? まさか今、俺は馬鹿にされたのか? まぁ良いか。本当はダメ元で言ったつもりだったが金を出してくれるなら文句は何もない。
「あぁそれと、私の仕事は既に完了していますので、ここらで失礼させて頂きます。ニナ様に報告しなければならない重要事項が幾つかありまして」
「え? あぁ、そうなのか……色々ありがとうな」
「いえいえ。また近いうちにお会いしましょう」
オルステッドは俺に一万ゴル紙幣を二枚ほど握らせると、スタスタとその場を去っていった。せっかちというか、意外に冷めているというか、何だかアッサリとした態度だ。
「……さて。思ったより大金を渡されたし、贅沢に行くか」
俺は適当な露店に目を付けて、カウンターに肘をついた店主に声を掛ける。
「オッサン、適当な武器を見せてくれ。非力な人間でも扱えるのが良いな」
「へぇ? お客さん、そんなナリでウチの武器が欲しいって? 底辺のくせに見栄っ張りなんですねぇ」
「そう、ド底辺の六級掃除屋。そんなカスにピッタリな武器を見繕ってほしい」
「丁度良いタイミングに来たもんですね。ウチの店ね、昨日から"硬質工房"の武器を入荷しまして」
……硬質工房。店主が自慢げに言う割には、俺はちっとも聞いた事がない、そう言えば俺はしばらく俗世から離れた生活をしていたのだった。この居住区ではほんの数週間でも勢力図が大きく入れ替わる、きっと最近になって頭角を現した組織なのだろう。
「その硬質工房ってのは何だ?」
「はぁ、時代の流れに疎い客だこと。そんなんだから底辺なんですぜ? 硬質工房ってのは東部居住区を拠点においてる小規模な組織です。ある腕利きの改造屋を中心に、複数の職人が手を組んで立ち上げたらしいんですが……まぁ一言で表すなら市民の味方ですぜ」
市民の味方……なんとも胡散臭い言葉だ。居住区において本当に市民の味方なのは"警備屋"くらいだろうに。慈善組織や正義のヒーローなんて肩書きの奴らは後を絶たないが、大体は何かしらの事件や事故を起こして消えている。勿論、大勢の死者を出しながら。
「なんだか興味を惹かれないな。まぁ製造元はどうでも良いから、実物を見せてくれよ」
「へいへい。これです、硬質印のスティールブレード」
「ステ……えっと、なんだって?」
「スティール、要は鋼なんですがね。高品質な鉄をベースに炭素を含む様々な物質を配合した高級鋼材。錆びもしなけりゃ刃こぼれもない、しかも刀身には魔術刻印が施されてるから強度は更に増幅されてます」
「へぇ、これが量産品なのか? 値段は?」
「税抜き三万五千ゴル」
「高っ!」
出来栄えが良いのは分かったが、それにしても高い。流石にこんな得体の知れない武器にいきなり払える金額ではないぞ。そもそもオルステッドに借りた金額でも足りないじゃないか。
「へぇ、ご不満で? じゃあ特別サービスですぜ? 今ならこの硬質印のナイフと手斧をセットで買えば、全品二割引きにしましょう。合わせて七万二千ゴル」
「だから高いって!」
確かに値引きはされているのだろうが、それが全く気にならない程度には高い。そもそもセット販売って何だ、在庫処分でもしたいのか? 何だか買う気が失せてきた。しかしここで店を去ったらとんでもない冷やかしだ……さて、どう切り抜けるか。
「えっと、その、硬質印の商品で一番安いのは何なんだ?」
「安い? はぁ、そうですね、このスティールアイスピックとかどうでしょ。六千ゴル」
「確かに安いけど……何に使うんだよ」
「そりゃ魔物の殻をぶち破る時でしょう。ま、同じ用途ならこのスティールハンマーの方が良いですけど。お値段たったの三万ゴル」
やはり高い……もし俺が一人で仕事をしたとして、一日辺りの稼ぎは恐らく三千ゴルが良い所だろう。路上生活をしながら飲まず食わずで働いても十日かかる値段と考えると、あまり現実的ではない。
「はぁ……なんだろう、その、普通の武器はあるか?」
「チッ、貧乏人の相手は面倒臭ぇや……普通の直剣も置いてますよ。ほらこれ五千ゴル。しかしどうせすぐ壊れるんだから硬質印のを買った方が良いですぜ」
「放っておいてくれ」
俺が諦めて普通の剣を手に取ろうとした、その時。
「そこのお兄さん、ちょっと待った!」
背後からハツラツとした声が聞こえて来た。振り返ると、淀んだ緑色の髪を肩まで生やした、不潔な風体の少女が手を振っている。
「うっわ出た……お客さん、これは親切心で言うんですが、ソイツの言う事に耳を貸さない方が利口ですぜ」
店主が不快そうに口元を歪めながら、汚い物を見るような目で少女を眺めている……いや、正確には彼女が小脇に抱えている木箱を見ているのだ。
「はいはい商売敵はもう喋らない! ほらほらカッコイイお兄さん、私の店に来てくださいよ! サービスするから! ね?」
「え、ちょっと──力強いな!?」
強引に腕を組まれて、俺は路地裏の方へ連行されていく。俺よりも頭一つ分ほど背の低い少女だが腕力はまるで一介の戦闘屋のようだ。明らかに常人の肉体ではない。しかし見るからに無邪気な彼女は、あまり殺しを経験しているようにも思えなかった。
「……お前もしかして改造屋か?」
「そうですよ。お兄さん良く気付きましたねぇ」
「まぁ、見るからにな」
一見普通の外見をした少女だが、明らかに普通の人間とは違う部分がある。例えば耳だ。鋭利に尖った耳が髪をかき分けて左右に突き出している。一体何の意味がある改造なのかは不明だ。他にも彼女の灰色の眼球にはうっすらとした幾何学模様が浮かび、僅かに蠢いている。これも効果はわからない。とにかく戦闘にはあまり関係の無さそうな手術だ。きっと新商品を自分の肉体で実験するタイプの改造屋なのだろう。結構ありがちだ。
「はい到着! お兄さんもあんまり人のことジロジロ見てないで、商品を見てくださいよ!」
彼女を観察しているうちに、どうやら目的の場所まで来ていたようだ。暗い路地裏の地面に薄汚いボロ布が敷かれている。緑髪の少女はそこへ乞食のように座り込んで、抱えていた木箱を開ける。
中から取り出されたのは、無骨な形状の長い筒だった。材質は恐らく"人間の肉"だ。
「これは……生体武器か? 珍しいな」
生体武器。二百年ほど昔に製作された歴史ある武器だ。製造方法としては、強力な魔物や歴史的偉人の肉体を、生きたまま道具に加工して作る。当然だが高級品である。ただ近年では製法の特許が一般に出回っているのもあり、様々な生体武器が開発されている。しかしその殆どは、適当な一般人を殺して作った粗悪品であることが多い。
「お兄さん、ただの生体武器じゃありませんよ。これは世にも珍しい生体ライフル銃なんです! 実は私の発明品でしてね、発射すると先端からカルシウム製の弾丸が放たれます。グリップ部分には贅沢に人間の手を使用しているので、握り心地もバツグン。まるで恋人と握手をするようなヌクモリティですよ」
「へぇ、そうか。でもなぁ、銃かぁ……」
俺は知っている、銃というのは不便な物だ、弾丸の消費が早く、大きな発砲音は魔物を寄せ付ける。取り回しも最悪で、頼みの威力はせいぜい"人間の頭蓋骨を貫通する程度"と心許ない。そのくせ値段だけは高いのだ。彼女もきっと制作したのは良いものの、売れずに困っているのだろう。
「銃なんて人を殺す時くらいしか使わないだろ。魔物と戦うには迫力不足だな」
「ふっふっふっ! ところがどっこいしょ、これはそこらの製品とはレベルが違います。掃除屋のお兄さんもきっと気に入るはずですよ」
「……盗み聞きしてたのか」
俺の素性については彼女に教えていない。つまり先程の店主との会話を最初から聞かれていたという事だ。
「耳ざといのは商人の才能ですから」
彼女は悪びれずに笑みを浮かべる。面の皮が厚いのも商人には必要な能力なのだろうか。
「で、その銃は何が特別なんだ」
「なんと弾薬を自作できます」
「……自作?」
「ええ。銃が所有者の血肉を啜って、呪術を込めた弾丸を生成するんですよ。しかもその威力は市販のライフル銃を上回る!」
なるほど、それが本当なら凄いことだ。弾薬を買わずに済むなんて夢のような銃である。他にも多くの問題は抱えていそうだが、最低限の武器としては使えそうだ。
「ちょっとは便利そうだな……血肉って、どのくらい持っていかれるんだ?」
「一発で指一本分くらいです、はい」
「絶妙だな」
ただの一般人からすれば指一本というのは大きな怪我だ。しかし掃除屋や戦闘屋にとっては些細な怪我でもある。身近に治癒魔術を使える人間がいるなら頼れば良いし、改造屋に頼んで再生能力を付与して貰う手もある。他にも方法は色々あるだろう。
要するに、指一本という代償を軽々と踏み倒せる人間はこの迷宮にごまんと居るという事だ。事実として俺も生きた魔物を喰らうことで血肉は補充できる。
「値段は?」
「え?」
「値段、言っておくけど俺の手持ちは二万までだからな。盗み聞きしてたなら俺が貧乏なのも知ってるだろ」
少し購入を検討している俺に対して、彼女は言いづらそうに目を伏せて指先をちょこちょこ遊ばせている。
「実はこれ、まだ試作品でして。試用してくれる人が居ないので完成させられないんですよ。お兄さんが実験体になってくれるのであれば、無料で差しあげるのもやぶさかではありませんが?」
「なんだよ怪しいな……この銃、本当にデメリットは肉を削られるだけなのか?」
「さあ、どうなんでしょうね? なにしろ実験例が少なくて……一応その辺を歩いてる人に無理やり握らせて撃たせた時は、何故か死にましたね」
「死んだ!?」
話が違うぞ、指一本分じゃなかったのか。
「いやあの、多分ですけど、代償として持っていかれた体積量は少なくても、脳や心臓みたいな重要な器官を削られたんだと思います。はい」
「結構な欠陥だな……まぁいいや、取り敢えず試し撃ちさせてくれ」
「え、本当にいきます? やる気ですねぇ! そういう人を待ってたんですよ!」
意気揚々とした様子で、少女はライフル銃を渡してくる。手に取ってみた第一印象としては、グリップ部分に使われた人の手首の感触がとても不快だった。もぞもぞと蠢くピンク色の肉塊を、肌色の生皮で覆った銃身からは、なにやら湿った触手が伸びてきて俺の肘まで巻きついてくる。
「うわっ何だこれ」
「生体武器の利点は武器そのものが生きている事ですからね。ご主人様にピッタリ張り付いて離れない、甘えん坊なライフルちゃんに仕上がってます」
「ライフルちゃん? こいつメスなのか?」
「はい、素材に選んだ人間が女性だったので。ちなみに生殖機能も──」
「もういい聞きたくない」
冗談で言ったつもりだったのだが、本当に性別があるとは想定外だ。俺はなるべくライフルを見ないようにしながら、路地裏の壁に銃口を向けた。
「おいちょっと待て、引き金はどれだ?」
「そこにあるじゃないですか。細くて綺麗な小指をそのままあしらった、白くて美しい引き金が」
「あぁはい見つけた見つけた、確かにこれは女の指だ。悪趣味だな」
俺の人差し指に優しく絡みついてくる白い指。それを俺は手繰り寄せるように引っ張った。──ズガンッ。火薬の弾けるような音と共に、銃弾が発射される。目にも止まらぬ速度で壁面に着弾したそれは、コンクリートブロックを派手に貫いて、拳ほどのクレーターを作った。
「っ、凄い威力だな。しかも反動が少ない」
「そりゃあもう! ライフルちゃんは献身的ですから。お兄さんに負担をかけまいと、健気に反動を押し殺してますよ」
「……えっと、なんか、ありがとう?」
急になんだか負い目を感じて、俺はライフルに労いの言葉を掛けてみた。すると肌色の銃身にボコりと瘤ができて、その中から緑色の膿が吹き出してくる。……やっぱり駄目だ。気色悪い。
「あー喜んでますねぇ、もうラブラブじゃないですか。お兄さん相性良いですよ。さっきの発砲の時も、なんだかお姫様をエスコートするみたいにアツアツでしたし」
「適当な事ばっか言うなよ」
「いやこれホント。現にほら、お兄さん発砲したのに生きてるじゃないですか。重要な器官は持っていかれなかったみたいですね」
「……まぁ、な」
俺は先程から痛みを感じている左腕の袖を捲ってみる。そこには、ちょうど弾丸で抉られたくらいの大きさの傷が残っていた。しかし既に寄生虫によって修復が始まっている。
「あらら? 自己再生してますね。お兄さん貧乏人なのに素敵な改造してるじゃないですか。雰囲気からして寄生虫ですか?」
「なんで見ただけで分かるんだよ」
「強いて言うなら"愛"ですかね? その修復痕から、お兄さんに対する熱烈な愛が感じられます。寄生虫にもモテちゃうなんて、そういうフェロモンがムンムンなんですね」
──嫌な表現の仕方だ。虫に感情なんてある訳ないだろうに。
「そう言えば、寄生虫も生体武器も、呪術に関係が深いんですよね。お兄さんもしかして呪術屋の才能があるのでは?」
「あんな異常者集団と一緒にするなよ。喧嘩売ってるのか?」
──呪術とは魔力を消費しない方法で超常的な現象を起こす行為のことだ。その性質上、魔力操作を苦手とする男性でも習得できるお手軽な技術とされている。しかし魔力に頼らない代わりに、呪術はもっと大きな代償を必要とするのだ。それは例えば自身の肉体であったり、他者の命であったりと。そんなものを当然のように行使できるのはマトモな人間ではない。だから呪術屋は数が少ないのだ。
「まぁ愛とかはともかく、この銃は気に入ったよ。銃声がデカいのが不満だけど、他は概ね満足だ」
「ちょっとお兄さん!レディに銃声がデカいとか言うのはどうかと思いますよ? しかも公衆の面前で! これはセクハラです」
「お前はずっと何を言ってるんだよ」
最後の最後までおかしな奴だ。これ以上の会話は無意味と悟った俺は、彼女に背を向けてそそくさとその場を去るが……。
「待ってくださいよ!」
やはり、呼び止められてしまった。そんな気はしていたが。
「まだ何かあるのか?」
「いやいや、私もお兄さんと一緒に行きますからね? なんで置いて行こうとしてるんですか」
…………は?
「実験体になってくれるって言ったじゃないですか! まさか商品だけ持たせて逃がすとでも?」
「定期的に俺がここに来れば良いだけだろ」
「私はそこまでお兄さんを信用してません。もし逃げられたら大赤字です。どうしても持って行きたいと言うのなら適正な金額を払ってください、製作費諸々から計算して最低でも十万ゴルは頂きますよ!」
話がややこしくなって来たぞ。これ以上おかしな人間には関わりたくないのだが。
「めんどくさ……じゃあこれ返すわ」
「返す!? ライフルちゃんとは遊びだったんですか!? 試しに発砲するだけしたらポイですか! 最低! この卑劣漢!」
少女が大袈裟に騒ぎ立てる。するとライフルがブルブルと震え始め、触手で俺の腕をギチギチと締め上げた。
「ほら! ライフルちゃんもお兄さんと離れたくないって言ってます! こんなに一途な乙女を捨てると!?」
「……もう好きにしろよ」
「はい、最初からそのつもりですが!? 私の名前はスラジです! どうぞよろしくお願いします!」
──若干キレ気味に握手を求めてくるスラジから目を逸らして、俺はとぼとぼと路地裏を後にした。




