44 はろーわーるど
ゴミ処理場の最下層に設けられた制御室。厚い鉄扉で施錠されたそこにキュウは辿り着いた。彼女はゴミ山で拾った光り輝く剣を使い、鉄扉をバターのように切り裂いて侵入する。
「見つけた」
制御室と銘打つだけあって、室内には難解に点滅するコンピュータが並び立っていたが、最も目を引いたのは部屋の中央に鎮座する巨大なカプセルだった。緑色の液体で満たされたその内部では、見覚えのある女が浮かんでいる。
「──寂しい、寂しいよ。ボクの所に戻って来ておくれよ。ボクを置いて行かないで」
カプセルの中からだろうか、響くような女の声が聞こえる。しかしキュウの事は認識していないようだった。
「分からないよ。この状況で、誰をそんなに呼んでるの?」
「……イチ」
「え? それは、えぇと? ……いや、違うっ! 大丈夫。まだ覚えてる、から……ッ!」
キュウは一瞬だけ頭を抱えて怯えたような顔をしたが、すぐに前に向き直って、剣を振り下ろした。
強固な魔術補強が施された樹脂製のカプセルが真っ二つに割れて、内から女が転がり落ちる。
キュウはそれを見下ろして、冷たい表情で女に剣先を向ける。
「もう、終わりだよ」
「邪魔を、しないでくれるかい? ボクは今、忙しくてね……初めてなんだ。ここまで本気で、去る者を追うのは」
「そうなんだ。でも、殺すよ」
「あぁ。さっさとキミを殺さないと、彼に逃げられてしまうな」
二人の間に短い沈黙が流れる。──先に動いたのはメトゥだった。素早い手刀がキュウの首に突き刺さり、幾つかのケーブルと動脈を切断する。
「痛いよ?」
明らかな致命傷を受けながらもキュウは鬱陶しそうに眉を歪めて、反撃とばかりにメトゥの腕を掴んで引きちぎった。メトゥはその場から飛び退いて、血をドボドボと流す傷口を残った左手で押さえる。
「ぐぅっ! や、やるじゃないか。ボクの腕を、落とすなんて」
「次は頭を落とすからね」
「そうかい……キミは、ボクに勝つつもりでいるんだね? たった一人で」
激痛に汗を流したメトゥが笑う。するとキュウの四方から複数のコピーメトゥが現れ、一目散に飛び掛った。
「邪魔だよ」
キュウが右腕を軽く振るうと、その手に握られた煌びやかな刃によってコピー達の首が一瞬で落ちた。
キュウは正面に向き直って、美しい刀身を構える。メトゥは何がおかしいのか愉快そうにヘラヘラとした笑みを浮かべた。
「ひ、ひひっ……キミ、良い物を持ってるじゃないか。それは魔剣かな? 素晴らしい性能だ。それを造った組織はさぞ金持ちなんだろうね」
「往生際が悪いよ」
「まさか魔剣を持っているのが、キミだけだとでも思っているのかい?」
メトゥが指を鳴らすと、彼女の両隣に新しくコピーメトゥが現れ、中央のメトゥに恭しく傅いてから豪華な剣を手渡した。
一本は白水晶のように鈍く輝く白濁とした直剣。もう一本は光を吸い込むような漆黒の大剣だ。
「これはボクがゴミ山で拾った中でも最上級の魔力を誇る武器だ。神を殺す時なんかに重宝しているんだよ」
「どうでも良いよ。私は早く敵を殺して、褒めてもらうの」
「へぇ、誰にだい?」
「…………そ、それはっ」
キュウが言い淀んだその時、彼女の心臓部を背後から歪な形状をした刺剣が穿いた。コピーメトゥの不意打ちだ。
捻れた赤色の刺剣は、ズクズクという痛みを伴いながらキュウの生命を啜っている。
「ふひっ! 隙を見せたね? 魔剣は三本あるのさ!」
「……そう、なんだ」
キュウは背後にいたメトゥの頭部を肘打ちで粉々に破壊してから、正面から襲い来る三人組のメトゥの首を、あっさりと魔剣で切断した。
真ん中のメトゥが握っていた二本の魔剣が、音を立てて地面に落ちる──そう、二本の魔剣だ。
キュウはメトゥの腕を、既に一本落としている。
「……ぁ」
忘れていた。メトゥが余りにも簡単に蘇生するものだから失念していたのだ。メトゥは何度でも復活はするが、負った傷を瞬時に修復する能力は持っていない。
さっき中央にいたメトゥは偽物、ひけらかした魔剣は囮、本物の姿は既に無い。
──あの時だ。最初にコピーメトゥの集団が襲って来た時、キュウが僅かに目を離した隙に本物はコピーと入れ替わっていたのだ。
「うそ、逃げられちゃった」
キュウはすぐに己の失態に気付き、踵を返して部屋の外へ出ようとするが、足が思うように動かず地面に倒れ込んでしまった。
「え? ど、どうして……! なんで動かないの? ちゃんと修理したのに!」
動かないのは足だけではない、全身から力が抜けていっている。キュウは地面に手を着いて這いつくばるが、少しも体を持ち上げる事ができない。──キュウの心臓に刺さった魔剣が怪しい輝きを放つ。
魔剣が彼女の魂を吸っているのだ。しかしキュウがそれに気付くことは無い。
普通の人間であれば、生命を啜られる激痛によって気付けただろう。だがキュウはあまりにも痛みと共に生き過ぎた。本来であれば危険信号である筈の痛みを常日頃から感じていた為に、本当の危機に鈍感になってしまったのだ。
前提としてキュウは既に瀕死の肉体に鞭打ってここまで来ている。そこからメトゥとの戦闘で首を切断されかけ、心臓はとっくに鼓動を止めてしまった。魔剣など無くとも、キュウの死は決まったようなものだったのだ。
それでも前に進もうとする彼女に偶然、最期の追い討ちを掛けたのが、この魔剣だったというだけの話だ。
「ぃ、意識が、薄れる……? 駄目だよ、まだ、まだ眠っちゃ駄目。私が、助けなきゃ……ぁ、あれ? 私は、何処に行こうと、してるんだっけ?」
脳の片隅に追いやられた記憶が、遂に完全に消え失せようとしている。これまでキュウが戦ってきた意味、危険な手術を利用してまで強くなった理由、命を賭けてこんな場所にまで来た動機……全てが、曖昧で、
「っ、あれ? なんで? どうして? 忘れちゃ駄目なのに、私の、大切な──なん、だっけ?」
キュウの義眼ではない方の瞳から、徐々に光が消えていく。動かない四肢が人形のようにだらりと垂れ、ちぎれ掛けの首はもはや赤子のそれよりも不安定だった。
「私は……何の為に……」
もはや瞼すら閉じて動かなくなったキュウは、最後まで記憶を探り、そしてついぞ思い出す事はなかった。
『──くるるるぐ? くぐく』
消えゆく意識の中で、キュウは最後に、聞き覚えのない不気味な声を聞いた。




