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39 ヘッドハント

 

「ふむ……どうしたものですかねぇ」


 人通りの多い昼の往来でオルステッドは立ち尽くして頭を悩ませる。彼は今回の任務が本気で嫌だった。理由は二つ。一つは、今回も成功した所でニナの為にならないであろう無意味な仕事である事。

 もう一つは、個人的にはゴミ処理場に行くのはしばらく御免だと思っている事だ。


「くぅ、ニナ様も鬼畜でいらっしゃる。このオルステッドが再び復活するのにどれだけ苦労し、どれだけの無駄金を使ったかをご存知でないのでしょうか……しかも、今回はあの怪物のような用務員とも戦うことになる。これは考えれば考えるほど憂鬱です。何方(どなた)か、私に代わってくださる方は居ないものでしょうか」


 オルステッドの思考は既にどうやって仕事から逃げるかに移っていた。

 誰かに代行させるのは難しい、まずニナ直属の部下では駄目だ。彼らは実力こそあるものの、ニナの勅命でもない任務に命を賭ける連中ではない。とりわけ今回はニナの為にはならない任務、余計に断られる可能性が高かった。

 赤の他人を金で雇うのも駄目だ。どんな大金を積まれた所で、まともな思考をしていたらゴミ処理場に行こうなどとは考えないし、行こうと思う奴は大抵の場合は救えない馬鹿だからだ。中途半端な命知らずなど役には立たず、そして何より金がかかる。


 他に何か方法は無いものか。そうオルステッドは暫しの思考に(ふけ)り──そして、辿り着く。

 ニナが大いに満足し、しかも自身の危険は少なく、尚且つ更なる"メリット"を期待できる革新的な方法が。


「ククッ。これはこれは、やはり私の崩れかけの脳細胞も捨てたものではない。名案だぞオルステッド」


 人混みの中でブツブツと独りごちるオルステッド。彼のその不気味な姿を、居住区の誰もが興味無さげにスルーした。

 彼らは本能的に悟ったのだろう。"コイツと関わるとロクな事にはならない"と。



 ──────



 古びた電気照明が照らすビルのオフィス。人相の悪い男女が規則正しく起立し、肩を並べている。今日はこの、"ロロクシ暗殺事務所"が一ヶ月の業績を確認する定例会であった。

 嫌味な顔をした痩せぎすの男、組織のボスであるロロクシが、満面の笑みで部下に語り掛ける。


「皆さん! 一ヶ月間お疲れ様でした! 今月は特に大変な月でしたね! ねぇ皆さん! どんな風に大変でしたか?」


「はい、ボス。今月は東部居住区において多数の問題が起きていました。厄介な営利組織である"ローン社"が多くの企業を襲撃し、我々の顧客の一部が死にました。また複数の改造屋が手を組み"硬質工房"なる組合を立ち上げ、市民に強力な武器が流通しました」


 スキンヘッドの男が一歩踏み出して早口で語った。ロロクシは満足気な表情をして、パタパタと拍手する。


「そうですね、ハオ君! 特に硬質工房は見過ごせません! 民間人が無駄に力を付けると我々の仕事がやりづらくて仕方ありませんからね、厄介な事です! ねぇマグ君! 他にも大変な事はありましたね!」


「えっ、あ、俺!? そ、そっすね、"炎上魔女"の事件なんかヤバかったと思います。顧客が大勢死んだのは勿論、俺たちが狙ってた標的も勝手に焼け死んだりして、事後処理が面倒でした」


 唐突に話を振られたオールバックの男、マグが冷や汗を垂らしながら捲し立てる。またもやロロクシは感激したように拍手した。


「えぇ、えぇ、事後処理が大変なのはいけないことです。なにせ我々は頭が悪いですから、書類仕事が増えるとお尻が擦り切れるまで椅子に縛り付けられてしまいます! 身体がなまって仕方ありません! そうですよねサイノ君!」


 次に目を付けられたのはドレッドヘアーの巨漢だった。サイノと呼ばれた彼はあたふたしながら、包帯の巻かれた腕をガシガシと引っ掻く。


「お、おお、そう思う、俺も。同じ意見だ……で、ででも、まだ思い付く、大変だった事。変な、白い服を着た奴ら……あいつら、仕事の邪魔ばっかり、しやがる」


「その通り! あの白服のゴミ共、"進化教団"の事ですね! 馬鹿は馬鹿らしく迷宮にだけ潜っていれば良いものを、最近は民間人を誘拐しまくり、殺しまくり! しかも腹に一物のある悪ぅい人間ばかりを狙って攫っていくものですから、我々の仕事も奪われています! これじゃ商売あがったり!」


 ロロクシのテンションは留まる所を知らず、反応は段々とオーバーになっていく。とても上機嫌だ。しかしそれに反比例するように部下たちの表情は暗い。もし今ロロクシの機嫌を損ねるような事をすれば、一体どんな"躾"が待っているのか、考えるだけでも震えが来た。


「さて、仕事の愚痴はここまでにしてそろそろ業績の確認といきましょう! 皆さんの前で、自分の働きぶりを発表してください! まずマグ君!」


「おっす、俺は今月は四人殺しました。クズを二人と野良を二人です。今年の残り殺害許容数は、クズを五人までですね」


 マグは何でもない事のように殺人の成果を伝える。そして法律上許されている殺害数の残りを計算し、正確に報告した。


「素晴らしい! そう言えばマグ君は既に"名前持ち"のターゲットを殺していましたね? アレは一年に一人までしか殺しちゃいけませんから、皆さんはあまりマグ君に仕事を押し付けないように! 良いですね? 次は、ライタちゃん!」


「は、はい!」


 顔に深い傷のある女が声をうわずらせて返事する。彼女は言葉を詰まらせながらも、マグと同様に仕事の成果を伝え切った。その後も代わる代わる部下たちの報告は終わり、最後に残ったのは長い白髪を血と廃油塗れにした少女、キュウだった。


「──さて、次はキュウちゃんですね! アナタには期待していますよ! 一体、誰をどんな風に殺したんですか?」


「は、はいっ、えっと、私は……あの、怖い顔をした人を、一人、殺したよ……」


 キュウは青い顔を俯かせて、うじうじと指先を弄りながら震えた声で話した。

 どうやらロロクシはその答えに満足しなかったようで、ゴキリと首を傾げてキュウと目線を合わせた。


「ふむ? そうですか。で、その一人というのは、クズですか? 野良ですか? それとも名前持ち? 皆が聞きたいのはその部分なんですよ」


 事務所の空気が一気に冷え込む。今の会話でロロクシが少なからず機嫌を損ねたのは明らかだった。

 キュウは肩をビクリと震わせて、焦点の合わない右目と、ゴロゴロとした義眼の左目をロロクシに向ける。


「その、よく分かんない、けど……普通の人だったと思う。」


「普通ぅ? 何を意味の無いコトを言ってるんですか? 頭のネジがまた緩んだんですか? 一度分解した方が良いですかね? ねぇ、どう思いますかマグ君」


 底冷えするほど低い声でロロクシはマグを呼び付ける。その場に居る全員が、キュウとマグに対する"躾"を予感した。


「えっと、あの、ボス。キュウは多分、俺たちの使ってる用語を知らないんだと思います……」


「おぉ! そうなんですか! それで、アナタはキュウちゃんが殺した相手を知っていますか?」


「はい、チームを組んでの仕事でしたから。キュウが殺ったのはヤーロクって名前の奴です」


「なるほど。では名前が四文字以上なので"名前持ち"ですね。お手柄です。では皆さん、来年までキュウちゃんに強敵を担当させるのは止めましょうね」


 ロロクシはこれまでと同じように拍手をするが、その声色は冷酷なままだ。彼は──突然マグの頬を殴り付けた。


「ぅぐぁっ!? ぼ、ボスっ!?」


「さて。キュウちゃんの新人教育を任されたのは、誰でしたか?」


 二度、三度と、マグの顔面に拳が浴びせられる。


「ハオっ、ハオです! 俺じゃない!」


「そうですか。ではハオ君に聞きます。何故キュウちゃんにしっかりと説明をしなかったのですか?」


「はい、ボス。十分な教育はしましたが、キュウは物覚えが悪く、何度教えても忘れます。今朝も定例会に備えて一通りの解説をしましたが、どうやら忘れてしまったようです」


「うーむ何とも酷い言い訳ですねぇ、自分の無能を他人のせいにしてはいけませんよ。それはそれとして、キュウちゃんも間抜けが過ぎますね……二人とも、私と一緒に来てください」


 早足に部屋を出ていくロロクシに、ハオは何一つ逆らうことなく黙って着いて行く。

 キュウは薄手の服の裾を握り締めたまま動かない。


「キュウちゃん? これ以上、私に部下を叱らさないでください。さぁアナタもハオ君を見習って」


「い、嫌だよ……! ボスはまた、私に酷いことする気だから……!」


「酷いこと? はぁぁぁ、それは誤解ですよキュウちゃん。私がやっているのは躾。そしてケジメです。私達のような人間には、それが何よりも大切なのです。足らない人間は苦痛を持ってして埋め合わせをする、それが道理なんですよ」


「ふむ、一理ありますな」


 ──何処からともなく、調子の良さそうな男の声が聞こえてくる。その場にいる全員が一瞬お互いの顔を見合わせた。

 そんな事はお構い無しに、謎の声は喋り続ける。


「しかし、しかしです。ケジメというのはそう安売りするものでは御座いません。人間は痛みによって失敗を覚えますが、余りにも多くの痛みを感じすぎては反省する感覚すら麻痺するものです。そう、私のようにね」


 事務所の面々が困惑した顔で辺りを見回す中、ロロクシだけが懐から鋭い針を取り出して部屋の天井を睨み付けた。

 天井の隅には、人間の頭ほどの大きさの物体……いや、人間の頭部そのものが繭のように張り付いていた。


「何者ですか? この私の事務所に、無断で入り込んだ泥鼠は」


「フッ、名乗るほどの者では御座いません。私の事など、ただの泥鼠で結構」


 品のない金髪を逆立てた、まるでチンピラのような風貌の生首は、どこか気品のある眼差しでロロクシを見下ろす。


「金の匂いがしますね……その身体、一体どれだけの財産を注ぎ込んだんです?」


「ははは! 身体などと! 今の私は生首だけの状態にも関わらず、そのような物言いをするとは! さては見掛けによらずお茶目さんですな?」


「おかしいですね。喉が半ばで切断されていて、肺も失っているのに喋れるだなんて、とても暗殺が大変そうです。ねぇ皆さん?」


 ロロクシの気さくな問い掛け、それは強制的な命令に近い。彼によく調教された事務所の暗殺屋たちは瞬時にその意図を理解した。──即ち、対象の速やかな殺害である。


「ブッ殺す!」


 事務所の最年少であるライタが、誰よりも素早くサプレッサー付きの拳銃を抜いて生首に向けて発砲した。三発がその脳髄に命中したが、生首は構わず話し続ける。


「ほぉ、拳銃ですか。それは良い物です。迷宮の魔物を殺傷するにはとても威力不足ですが、ただ人を殺すだけならば、これ以上に最適な武器は無いでしょうな……欠点を挙げるとすれば凄まじく維持費が掛かる事でしょうか」


「し、しし、死ね!」


 よそ見をしている生首に向かってサイノが跳躍する。そして硬く握った拳を、真っ直ぐに叩き付けた。

 風船が破裂するような音が空気を震わせ、生首は見事に潰れて血液のスプリンクラーとなる。ロロクシはその血を浴びながら拍手喝采を上げた。


「良くやりましたサイノ君! お手柄ですね、金持ちを殺しましたよ。とても気分が良いですね!」


「き、き気持ち良い。か、勝ち組を、殺すのは楽しいな……」


 サイノは不気味に口角を歪めて、自分の拳にへばりついたグチャグチャの血肉を眺める。そして気付く。それが手の上でモゾモゾと蠢いている事に。


「ひ、ひぃっ!?」


 サイノが悲鳴をあげて血塗れの手を振り払う。ロロクシはまだ異変を察知できず、不思議そうに眉を顰めるが……すぐにその顔は驚愕に塗り潰された。


「──ふむ、貴方の武器はその肉体ですか。これは素晴らしい。居住区には銃弾では死なない人間も多いですからね、最後に頼れるのは圧倒的なパワーという訳ですね」


 地面に撒き散らされた生首の残骸が当然の権利のように喋る。その場の誰もが、おぞましい不快感に凍りつき、当の生首はそんな事に構いもせずに凄まじいスピードで復活を果たした。

 ほんの数秒にして、彼は最初には無かった胴体や手足までもが再生し、高価そうな執事服すら身に付けていた。


「さて、これで私を殺そうとする行為が無意味だとご理解頂けたでしょうか? 暗殺屋のロロクシ殿?」


「……そうですね。暗殺屋として、ここまでの屈辱は初めてです。あまりの事態に怒る気力も湧きません。なので私は煮えた腸を抑えて、アナタの話を聞こうかと思います。こんな場所に忍び込んだ目的は何だと言うんですか? お金持ちさん?」


「ずばり、この事務所に在籍する新人の引き抜きです。そちらで先程から私の事を睨み付けている機械まみれの少女を、私に引き渡して頂きたい」


「そんな事を許すとでも? キュウちゃんは既に我々の家族です。そして家族は命に替えても守るものですよ」


 ロロクシが額に血管を浮き上がらせて奥歯を噛み締める。普段から冷静でにこやかな暗殺屋を気取っている彼にしては珍しく、激情を表に出している様子だ。それ程までに家族という言葉に誇りを持っているのだろう。

 そんな彼を後目に、キュウは自分から前に歩み出た。


「……イチ君の匂いがする。もしかして、イチ君の居場所を知ってるの?」


「流石で御座います、話が早くて大変結構。貴女様には私の仕事を手伝って頂きたいのです。そう、イチ様の救出任務を!」


「なら行く。今すぐに行くよ。私がイチ君を助けるんだから、絶対邪魔しないでね」


 つい先程まで壊れた玩具のように小刻みに震え、纏まらない思考と怯えきった言動に支配されていたキュウは、まるで別人のように強い意志と自我を言葉に宿し、それでいて機械のように冷静な瞳を持ってして、その慇懃な男を見据えた。


「ちょっとキュウちゃん! 何を言っているんですか! アナタは既に暗殺屋としての道を歩んでいるんです! 人を殺したでしょう! もう後戻りは出来ないんですよ、ねぇハオ君!」


「はい、ボス。人殺しに人を助ける事など出来ません。キュウには既に暗殺屋として生きるしか道は残されていないでしょう」


 ロロクシの呼び掛けに応じるべく、暗殺屋たちはそれぞれの武器を手に取り、キュウを取り囲む。

 彼らは家族(ファミリー)を殺さない。しかし時として"躾"は必要なものだ。今がその時だと、彼らは確信していた。


「ふむ。キュウ様、如何致します? 貴女様の保護者気取りは、どうやら行く手を阻むつもりのようですが?」


「……邪魔する人は、全員殺すよ」


「素晴らしい! 恋は盲目とは言いますが、それが行き過ぎれば、もはや刃を握った手の感覚すら無くなるのですね!」


 調子付いたオルステッドの言葉を聞いている者は、もはや誰一人としてこの場には居なかった。

 事務所は即座に戦場と化し、キュウに対して十数名の暗殺屋が一斉に飛び掛るが、暗殺屋たちは一瞬にして吹き飛ばされた。

 ……勝負は一方的なものになるだろう。何故なら、恋する乙女は無敵だからだ。


「だからこそ、キュウ様。その刃が貴女様自身を傷付けぬよう、精々お気を付けくださいませ。と言っても、無駄でしょうがね」


 ──喧騒の片隅で、誰にも相手にされない男はただ静かに口を滑らせた。


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[良い点] オルステッドさん登場かっこいいい
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