38 主従
「──あぁ? えっと、私の聞き間違いかしらね。アンタ今なんて言った?」
「我々が総力を上げて監視しているターゲットが昨夜、ゴミ処理場で完全に捕らえられました」
少し焦ったような様子で黒服の女が詳しく同様の報告をする。それを聞いてニナが心底からイラついたのは勿論、それを報告する女自身も何かしらに怒りを覚えているようだった……その対象は、かなり近くに居るのだが。
「聞きたい事が多すぎるわ。まず何でゴミ処理場なんかにアイツが居るわけ?」
「ニナ様。それは私から説明をば」
生首から再生したオルステッドが、いつの間にやら新しい服を纏って恭しく礼をする。その横で黒服の女が大きな舌打ちをした。それだけでも、これから話される内容におおよその推測がついてしまう。
「まず、ニナ様が御用意されていた例の監禁場所が迷宮の奥深く、機密事項に指定されているほど深い場所にありました事を覚えておいでですね? 帰還の際には同じく機密事項であるワープ装置をも使用致しました。その証拠隠滅の為、このオルステッドが数名の部下を率いて、まずゴミ処理場に向かった次第で御座います」
「……あぁ、あの椅子。便利なんだけど、使い捨てだから一回のワープにそこそこ大金が掛かるのよね」
「ええ。そして私共がゴミ処理場に使用済みの椅子を遺棄し、ワープの副作用で昏睡状態にあるターゲットを安全な場所に移動させようとしました所。不運にもゴミ山の中に紛れていた神性存在に目を付けられてしまいました」
オルステッドが芝居がかった口調で話す内容に、ニナは思わず顔を顰める。
「珍しいわね。神と戦ったの? 一体どこの組織がそんなもん捨てたのよ」
「そこまでは私にも……とにかく、かの闘神は強大でした。何とか討滅は果たしたものの、戦闘能力に特化した部下達は半数が死亡し、私も不死身の肉体が機能しないほど綺麗に存在を抹消されました。残念な事に残された部下たちはゴミ処理場に恐れをなして逃げ帰り……そして、置き去りにされたターゲットが用務員に拾われたものと思われます」
「そう。まぁ、それだけの事があったのにアイツが無事なのは幸運ね、何故かアンタまで生き残ってるようだけど」
自身で存在を抹消されたと語るオルステッドだが、矛盾する事に彼は未だに健在であり、その不可解な事実がニナを余計に腹立たしい気持ちにさせた。そんな事もお構い無しに、オルステッドは愉快そうに肩を震わせて笑う。
「くははは! ニナ様も冗談が上手いですな。不死身を専売特許としている私が、たかが一種類の蘇生手段しか持ち得ないとでも? それこそ、あのゴミ処理場の用務員にも負けず劣らずの高額改造をまだまだ施して御座いますよ」
「そんだけの金があるのに、何でうちの使用人なんかやってんのよ。アンタ普通に中央居住区の一等地でも遊んで暮らせるでしょ」
「ふむ? いえいえ、私の身の上話など有り触れたつまらないもので御座います故、とても素面では話せません。どうしても知りたいのであれば、ニナ様の御両親に聞かれるのが宜しいかと」
無情な態度とは裏腹に、えくぼが浮き彫りになるほど大袈裟に微笑みかけるオルステッド。そのアンバランスな忌々しさに女性陣は本気で辟易した。もはやニナは怒鳴ることもせず頭を抱えて、オルステッドを追い払うように手をヒラヒラと振る。
「もういい、もういいわ。少しでもアンタに興味を持った自分が情けない。それよりも大切なのは、アイツをどうやって救出するかよ」
「ニナ様、それについては私に案が御座います」
オルステッドを押し退けて、黒服の女が凛々しい表情で進言する。ニナは少し安心した様子で彼女と目を合わせた。
「アイリス……アンタはまともで安心するわ」
「──あぁ! そうそう! 貴女はアイリス殿でしたな! いやはやこのオルステッドまだまだ不肖の身、同僚の名前を忘れるなどという失態を犯すなど! 最早どのような罰でも受ける所存で御座います!」
「オルステッドさん、邪魔をしないでくれます?」
黒服の女、アイリスは貫手でオルステッドの心臓を抉り潰すと、遺体を乱暴に放り投げてから改めてニナ向き直る。
「……アンタも大変ね」
「いえ。あんなのでも上司ですし、一応尊敬していますから。そして案というのは彼の事です……非常に癪なのですが、オルステッドさんはとても優秀な方です。ニナ様にお仕えする使用人の中では間違いなく最強ですので、責任を取らせる意味合いも兼ねて彼に救出任務を与えるのが最適かと」
「私もそれは考えてるけど……はぁ。アイツに頼むのが本当に癪ね」
二人が目頭に指を当てて溜め息をついていると、その間にオルステッドが割り込んでくる。
「御二方、何をそんなにも悩んでいるのです?」
「……オルステッド、アンタちょっとゴミ処理場に行ってきなさい。アイツをここまで連れて来て」
「今のニナ様では、彼に会った所で何の解決にも繋がりませぬが?」
意外にも真剣な顔でオルステッドは命令に反発した。ニナはもはや自分でも訳の分からない怒りに震えながら、もう一度命令する。
「いいから、行ってこい! 元はと言えばアンタが私の命令を無視してアイツを監禁場所から連れ出したのが悪いのよ!」
「ふむ、元を正すのであれば根源はニナ様の凶行では?」
「行け! ついでに死ね!」
「……承知致しました」
珍しく不満そうな顔をして、オルステッドはつかつかとその場を立ち去った。残された二人は呆れにも安堵にも似た息をつく。
「……はぁ。ところで、この檻はどうやったら開くのよ。こんなんじゃアイツが来た時にも格好が付かないわ」
ニナはオルステッドの血で汚れた鉄格子に憎たらしそうに触れる。傷一つないそれは、ニナがどれだけ力を込めても歪むことが無い頑強さを誇っていた。
「これはオルステッドさんが個人的に雇った呪術屋が数人がかりで作成した檻です。時間経過以外ではどうやっても開かないらしく、他の使用人達からも反感を買っております」
「呪術屋ぁ? また珍しい奴らの名前が出たわね。しかも複数人って……アイツの人脈どうなってるのよ」
「分かりません。そういえば過去に聞いた話では、オルステッドさんの不死身を支えている寄生虫は呪術によって死者を蘇生させるそうです。魔術ではないため魔力消費が無く、エコだとも話していました」
「他の生物から命を啜って蘇生する術のどこがエコなのよ。聞いてて気分悪いわ」
「……申し訳ごさいません」
本当に心から申し訳なさそうに、アイリスは俯いて謝罪する。──口を滑らせて主人に不快な思いをさせるなど、まるで慇懃無礼な誰かさんのようだという自己嫌悪に、アイリスは押し潰されたのだった。




