28 ファミリーを大切に
──人類生活圏東部居住区某所。
真っ昼間からブラインドを締め切った古いビルの一室で、ダボダボのワイシャツを着た男が長方形の水晶版を耳に当てて話し込んでいる。
「はは! あははは! いや、いえ、はい。それはもう、はいっ、はいはい! それはモチロンです。お任せ下さい!」
男は通信用の水晶にハイテンションで声を吹き込む。まるで相手が目の前にいるかのように作り込んだ笑顔で応対していた。──彼の名はロロクシ。職業は"暗殺屋"だ。
暗殺屋とはその名の通り、依頼された対象を密かに殺害するのが仕事な訳だが……その対象は"人間"に限られる。つまり人殺しを生業とした職業なのだ。
だがそれは居住区の行政機関に認められた職業ではない。理由は、迷宮の踏破には一切関係の無い仕事だからだ。要するに彼らはただの民間企業なのである。
中央居住区で管理された清掃会に所属する掃除屋とは違い、六つの階級なども存在しない。
「それでは改めて、ターゲットさんの情報をしっかり確認しましょうか! えぇ、"クズ"が三人、"名前持ち"が一人、"野良"が五匹。相手方の増援に応じて追加報酬も頂きます! 宜しいですか?」
ロロクシは談笑でもするように軽々しく、人の命を指折り数える。どこかふざけているようにも聞こえる会話だが、これは極めて重要な情報交換であった。
無法地帯のように思える居住区にも実はルールはある。その一つが"殺人の許容量"だ。例えば外縁居住区において、道端で起きたトラブルで人間の首が飛ぶのは日常茶飯事だが、同じ人間が連日で殺人を起こす事は稀である。殺人には細かい規則があるからだ。破れば当然、重い罰が下る。
まず戸籍のある人間を殺す場合、一年の間に十五名までと決まっている。それ以上は犯罪となる。更に、"戸籍に登録された名前が四文字以上の人間"は一年に一名までしか殺害してはならない。そして……戸籍の無い人間に対する殺害限度は設けられていない。
奇妙な規則のようにも思えるが、だからと言って軽視するべきではない。居住区の各地は常に監視屋が見張っており、違反が見付かれば直通で警備屋、及び執行屋に連絡が飛ぶ。そして必ず罰が執行されるのだ。だからこそ処罰されないギリギリを見極めて、効率的に人を殺す。それが暗殺屋の仕事である。
「これは大仕事になりそうですね! はっははは! ええ、それではウチの優秀な社員を向かわせます! とっても良い新人が入ったんですよ! 期待していてください!」
ロロクシは依頼主との通話を切ると、軽やかな足取りで部屋を出て、意気揚々と階段を下った。
三階建ての古いビルを丸ごと買い取って作った彼の事務所には総勢十九名の暗殺屋が所属しており、その多くが戦闘屋にも引けを取らない腕利きだ。そして全員がロロクシに拾われた孤児でもある。
「優秀な社員の皆さん! 新しい案件が入りましたよ! さて、今日出勤しているのは?」
ビルの二階に降りたロロクシが、よく通る声で部下を呼び集める。独特な刺青を入れたスキンヘッドの男が礼儀正しい態度で声を上げた。
「動けるのは俺を含めて五人です。ボス」
「なるほど! それは誰と誰と誰のコトですか?」
「サイノ、ライタ、ロル、マグ、最後に俺で五人です。マグの奴は二十分ほど前に一階の便所に行ったきり戻って来ません」
「はい、はいはい! 良く分かりました! ハオ君はいつもピシッとしてて好印象ですね! お客様もきっと、アナタのそんな所を気に入ってくれます!」
ロロクシは顔筋が引き攣るくらいの笑顔を浮かべて、スキンヘッドの男ハオに近付く。そしてハオの喉仏に長い針を突き刺した。
「──っぎ!? ごぁぁっ!」
「ハオ君、アナタがとっても仲間想いなのは知っています。だからこそ私は悲しい。一人、大事な仲間を忘れていませんか?」
「ぐぁッ! は、はい、ボスっ……もゥ、一人……新人、が」
「あぁ、無理に喋らないでください。アナタは頑張り屋ですね、苦しければ自分で針を抜いても良いんですよ?」
ロロクシは悲しげに眉を歪めて、部下を労りながら針を押し込んだ。ハオの気道が溢れる血液で少しずつ詰まっていく。
「ごはっ! ぐ、ぼぉッ……ボ、ス……ろグ、名……でずっ……」
「そうですね! では、さっき名前が挙がらなかったのは誰でしたっけ?」
「新じン、のッ……キュウ、です」
「そう! 知っているじゃないですか! 仲間は大切ですからね! たとえ新人のカスでも、ぞんざいに扱ってはいけませんよ?」
ロロクシは優しい口調でそう諭して、そっと針を手放す。それを"許しが出た"と解釈したハオは、落ち着いた手つきで針を引き抜いた。
「うん、うん。痛くても声を上げないのは良い事ですよ。私たちは暗殺屋ですからね! ねぇキュウちゃん! アナタも見習うべきではないですか?」
ガシャッ、と金属の摺れる音がロロクシの背後から響く。彼が振り向くと、そこには全身を機械パーツで覆われた長身の少女が立っていた。
「はは! キュウちゃん、また暗い顔をしていますね!」
「……ねぇボス。私、人を殺すの?」
「そうですとも! キュウちゃんは新人ですし、前科も少ないですからね! ここは気張ってもらわないと!」
「でも、イチ君が……殺しだけは止めた方が良いって」
俯いてぽつぽつと話すキュウに、ロロクシは溜め息をつきながら近付いて──その横面を拳骨で素早く殴った。
ガンッ! 鉄と鉄がぶつかり合うような音がして、キュウの首から上が少しだけ傾く。
「キュウちゃん! アナタはまた、そのイチ君とかいう……ええと、死人? 行方不明? みたいな人の事を引きずって。駄目ですよ! そういうのは切り替えなきゃ! 昔の人間の言い付けなんて、一々守ってたらキリがありません!」
「イチ君が居なくなったのは、そんなに昔じゃないよ。一週間と一日前だもん。私、覚えてる。イチ君と会えなかった日数だけは、一度も忘れたことないもん」
「はぁぁぁぁぁ……キュウちゃん、歯を食いしばって下さいね!」
ロロクシは呆れ顔でキュウを殴り抜き、振り戻す動作で二発目の裏拳を食らわせた。キュウの頬にじくりと血が滲む。
「良いですか、キュウちゃん? 大体の人間はですね、一週間も会わなかったら死んでるものと考えて下さい。だってそうでしょう? 迷宮には突然死する要因なんて沢山あるんです! 危険な魔物に殺されたかもしれないし、おかしな組織の実験や事故に巻き込まれたかもしれない。私たちのような暗殺屋に殺されたかもしれないし、ただ金が無くて飢え死にしたかもしれないんです。いや、他にも死因は考えられますね……」
キュウの耳元で、ロロクシは鬱屈とした可能性の数々を説く。彼が舌をねちねちと動かす度にキュウの青アザだらけの顔が更に青くなっていき、ついにはガタガタと震えだした。
ロロクシはそんなキュウの側頭部に優しく手を添えると、コンクリートの壁面に勢いよく打ち付けた。激しい衝突音と共に金属パーツがひしゃげる音がした。
「うぅっ! い、痛いよぉ」
「思い出して下さいキュウちゃん。一週間前に、居住区の道端で倒れていた薄汚いアナタを助けやったのは誰でしたか? 気味の悪い改造ばかり施されて、正気も失い、心臓の鼓動すら止まりかけていたアナタを拾って、決して少なくない金を掛けて復活させてあげたのは誰ですか? 今アナタか生きているのは誰のおかげですか? 誰だ? 誰だ? 誰だ? 誰だ?」
ガン、ガン、ガン、ガンッ。ロロクシはキュウの頭部をボールのように鷲掴みにし、何度も振りかぶって壁に叩き付ける。辺りには血と金属片が散乱し、一緒にオイルのような汚らしい液体が壁と床を汚していた。
「誰だ? 誰だ? 誰だ? 誰だ?」
「う、あぅ……ボ、ボスだよ、ボスのおかげだよ」
「はい! そうですね! でもまだ不十分です。正確には、私と、私の優秀な部下であるマグ君のおかげですね! 彼が元五級の改造屋だったからギリギリ助かったんです! 仲間は大切です、その仲間の功績を忘れてはいけませんよ! ほら、マグ君に謝って! 謝れ! 謝れ!謝れ! 謝れよ!」
「いっ! 痛い、痛いよぉ!」
ロロクシは今度はキュウの顔を床に叩き付けると、しゃがみ込んでまた殴り始めた。
「ほら謝罪はぁ!?」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「そう! 偉いですよ! そんなに反省してる人を叱るのは心が苦しいですね! でも、肝心のマグ君は何処に行ったんですか? 本人が居ないんじゃ意味がありませんね」
「──ボス。マグは便所です。二十五分ほど前から戻って来ていません」
トボけた顔をするロロクシの背後で、ハオが平然とした態度で報告する。
「ああ! そうでしたね! しかしトイレが長いのは暗殺屋として致命的です。マグ君も後で叱る必要がありますね! ほらキュウちゃん、マグ君が戻って来るまで謝るのを止めてはいけませんよ! さあ頑張って! 折檻する私の手だって疲れるんですよ! アナタも頑張って! 謝れ! ほら!」
「ひっ、いだっ、ごめんなさい! やめて、あっ、ごめんなさい! ごめんなさい!」
──ロロクシの暗殺事務所からは、今日も厳しい"躾"の音が響き続ける。
やっとタグにある"ブラック企業"が登場しましたね。
出そう出そうと思いながらも機会がなくて困っていたのですが、やっとスッキリしました。
これで心置き無く読者の皆様からも評価を頂けますね! え? くれない? そんな事言わずにちょっとスクロールして星を押──[この先は酷く掠れていて読めない]




